artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

風間健介遺作展

会期:2023/02/02~2023/03/05

東川町文化ギャラリー[北海道]

風間健介は1960年、三重県津市出身の写真家。1989年に北海道・夕張に移住し、閉山後に放置されていた「炭鉱遺産」を撮影し始めた。遺棄され、朽ち果てていこうとしていた住宅、選炭施設、発電所などを、長時間露光の手法で、むしろ生々しい息遣いを感じさせるように緻密に撮影した写真群は高く評価され、2005年に刊行した写真集『夕張』で、日本写真協会賞新人賞、写真の会賞を受賞した。2008年に新天地を求めて埼玉県狭山市に移住、さらに14年には千葉県館山市に移って制作活動を続けた。だが、2017年に体調が悪化して死去する。2002年に第18回東川賞特別賞を受賞するなど、かかわりが深かった東川町文化ギャラリーで開催された今回の遺作展には、生前から彼の写真をコレクションしていた幸村千佳良氏が所蔵するプリント、232点が展示されていた。

定評のある「夕張」シリーズは、むろん堂々たる出来栄えの作品なのだが、むしろ注目したのは、風間が埼玉、千葉に移ってから制作した写真群である。それらを見ると、「夕張」のドキュメンタリー写真家というイメージを払拭し、新たな方向に踏み出そうともがいていたその軌跡が、生々しく刻みつけられているように感じる。ソテツや岩を撮影し、風景にあらためて向き合ったシリーズだけでなく、「ドローイング」と自ら称した、ボンドや食材を使ったフォトグラムの手法による純粋抽象作品まである。残念なことに、その試みの多くは彼の逝去によって未完に終わってしまったのだが、まさに自己凝視、自己表現の意欲がみなぎり、噴出しようとしていたことが伝わってきた。それらの「レイト・スタイル」の作品群も含めて、風間健介の作品世界をあらためて見直していく時期に来ているのではないだろうか。東京などでの展示もぜひ実現してほしいものだ。



会場風景[写真提供:東川町文化ギャラリー]



公式サイト:https://higashikawa-town.jp/bunkagallery/topics/128

2023/03/04(土)(飯沢耕太郎)

深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ

会期:2023/03/03~2023/06/04

東京都写真美術館2F展示室[東京都]

本展を見て、深瀬昌久の写真家としての凄みをあらためて感じることができた。深瀬の回顧展は、15年程前から企画されていたのだという。だが、2012年に深瀬が亡くなるなど、さまざまな事情が重なり、ようやく開催に漕ぎつけることができた。

東京都写真美術館の所蔵作を中心に、クオリティの高いプリントがほぼ年代順にならぶ展示構成は揺るぎなく、オーソドックスなものだった。「遊戯」「洋子」「家族」「烏(鴉)」「サスケ」「歩く眼」「私景」「ブクブク」の8部構成で全114点、ほかに資料・書籍15点が加わる。「洋子」「家族」「烏(鴉)」など、既に評価の高いシリーズの素晴らしさはいうまでもないが、愛猫を撮影した「サスケ」、自分の足跡を改めて辿り直したスナップ作品「歩く眼」など、これまであまり取り上げられてこなかった作品も紹介されている。特に最後のパートの、8×10インチのサイズに引き伸ばしたプリント100枚余りを壁に直接貼り付けた「ブクブク」のインスタレーションの迫真性は比類のないものだった。

ほぼ過不足のない展示なのだが、それでもまだ多面的な広がりを持つ深瀬の写真の世界を全面展開できていたとはいえない。深瀬には、1962年に『カメラ毎日』に連載した「カラー・アプローチ」シリーズに明らかに感じられるシュルレアリスムの影響、1992年の「事故」後も続けていたというドローイングの仕事など、写真という表現メディアをはみ出し、乗り越えていこうとする側面もあった。そのあたりにまで目配りした、より大きな規模の展覧会も、充分に考えられるのではないだろうか。


公式サイト:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4274.html

2023/03/02(木)(飯沢耕太郎)

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鄒楠「帰らない私たち」

会期:2023/02/17~2023/03/02

ソニーイメージングギャラリー銀座[東京都]

鄒楠(すう・なん)は1989年、中国江蘇省に生まれ、2012年に来日して九州産業大学で写真を学んだ。現在は大学院芸術研究科博士後期に在学中である。2022年に「燕郊物語―中国の白血病村」で名取洋之助写真賞奨励賞を受賞するなど、ドキュメンタリー写真の分野で頭角を現わしつつあるが、本展ではより身近なテーマを取り上げている。

33点の写真で紹介されているのは、福岡を中心とした在日中国人たちの生活ぶりである。むろん鄒自身もそのひとりであることはいうまでもない。2020年以来のコロナ禍で入出国が制限されたため、彼らのなかには帰国できなくなる者もあった。だが鄒が撮影した人たちの多くは、あえて「帰らない」ことを選んでいる。在日10年、20年という者もおり、日本に定住して、地域社会に溶け込んで生活しているからだ。写真を見て気づいたのは、一昔前と違って、彼らの多くが、立派な部屋で豊かな暮らしを享受しているように見えることである。在日中国人のライフスタイルの変化を、丁寧に描写したドキュメンタリーともいえるだろう。

鄒は撮影にあたって、被写体となる人たちが「自分自身を演じるようにアレンジ」し、「実生活を再現」してもらったという。つまり非演出のスナップというよりは、鄒の指示によってポーズをとった写真ということだ。とはいえ、そこにわざとらしさはあまり感じられず、演出と自発的な動きのバランスがよく取れていた。家具などのインテリアもしっかりと写し込んでおり、彼らの生活ぶりが浮かび上がるように配慮されている。最初と最後にセルフポートレートをおいた展示構成も、とてもうまくいっていた。何点か、時間をおいて撮影した写真を並置したパートがあったが、さらに撮り続けていけば、より厚みのあるシリーズになっていくのではないだろうか。


公式サイト:https://www.sony.co.jp/united/imaging/gallery/detail/230217/

2023/03/02(木)(飯沢耕太郎)

下川晋平「Neon Calligraphy」

会期:2023/02/24~2023/03/12

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

下川晋平は2021年に34歳で夭折した。2020年に銀座ニコンサロンで開催した個展「Neon Calligraphy」が好評で、これからの活躍が期待されていた矢先の急死は、ニコンサロンの選考委員を務めていた筆者にとっても大きな衝撃だった。それから2年余りを経て、下川が師事していた東京綜合写真専門学校校長の伊奈英次をはじめとする関係者の尽力で、遺作集『Neon Calligraphy』(東京綜合写真専門学校出版局)が刊行されることになった。本展はそれにあわせて開催された展覧会である。

「Neon Calligraphy」の被写体になっているのは、イランを中心としたアラブ諸国の商店やホテルなどに掲げられたネオンサインである。イスラム教の世界では、文字を書きあらわすカリグラフィーは「霊魂の幾何学」と称されており、アッラーの言葉を視覚化するという重要な役目を担っている。下川はアラビア語の読み書きができたので、ネオンサインを通じて光と闇、無と有とを併せ持つ大いなる神の存在を顕現しようとしていたことは間違いない。だが同時に、ハンバーガー、レバー、アイスクリームなどのネオンサインも含む本作は、イスラム世界の人々の生の輝きもまた写しとっており、聖と俗とが入り混じる独特の眺めを見ることができた。

このユニークな作品だけでなく、下川はアイスランドや北海道を撮影した、静謐だが力強い風景写真も残している。遺作となったのは、どこか「末期の眼」を感じざるを得ない、故郷の長野県大町近郊のリンゴ園の写真群だった。それらを含めて、彼の作品世界の全体を、さらに大きな規模で辿り直す機会があるといいと思う。写真家というよりは哲学者、あるいは詩人のような雰囲気だったという下川と、その仕事の記憶を、これから先も長く受け継いでいきたいものだ。


公式サイト:https://fugensha.jp/events/230224shimokawa/

2023/02/25(土)(飯沢耕太郎)

潜在景色

会期:2022/11/19~2023/03/05

アーツ前橋[群馬県]

本展はコロナ禍もあって、開催が1年延期された。だが、そのことがむしろいい方向に働いたのではないだろうか。時間をかけて準備できたことが、個々の作家たちの出品作にも、展覧会全体のキュレーションにもプラスになったように思えるからだ。アーツ前橋の学芸員、北澤ひろみが企画・構成した本展に参加したのは、石塚元太良、片山真理、下道基行、鈴木のぞみ、西野壮平、村越としやの6名である。それぞれ実績のある作家たちだが、実は彼らのような「中堅作家」の作品をじっくり見ることができる機会は、特に公立の文化施設では意外に少ない。その意味でも、時宜を得た好企画といえるだろう。

石塚元太良はアラスカの石油パイプラインを撮影した旧作に加えて、廃業後に放置されたガソリンスタンドにカメラを向けた新作「GS_」を出品した。石油産業に支えられたモータリゼーションの社会構造が浮かび上がってくる。片山真理は2014、15年にアーツ前橋のレジデンス施設、堅町スタジオに滞在して制作した作品を中心に発表している。現在の彼女の仕事に直接つながる意欲作である。

下道基行は東日本大震災後に集中して撮影した、仮設の「橋」の作品群と、街を散策して得られた情報を参加者が書き記し、それらを重ね合わせて「見えない風景」を浮かび上がらせていく新シリーズを出品していた。鈴木のぞみの出品作は、前橋市内の廃業した理容店の扉、窓、鏡などからの眺めを感光乳剤で定着し、再構築したインスタレーションである。物質と映像の複合体というべきオブジェが、独特の魅力を発していた。

西野壮平は、都市や川をテーマにした旧作のコラージュ作品だけでなく、利根川を撮り下ろした新作を出品した。水面の様子を捉えた抽象的な作品など、新たな画面構成のスタイルを模索している。村越としやは、前橋市内の建物、倉庫、古墳などを撮影した新作「神鳴り、山を赤く染める」を発表した。モノクローム作品だが、潜在意識に浮かび上がる「赤」という色を引き出そうと試みている。

「潜在景色」すなわち「その場所に潜む見えない何か」をとらえるという写真の特性を踏まえた彼らの作品が、皆同じ方向を向いているわけではない。かなりバラバラな印象を与える展示だが、作品が相互に干渉し合うことによって、気持ちのよいハーモニーが生み出されていた。前橋を中心とした群馬県各地を巡る変奏曲という趣もあり、よく練り上げられた展示空間を楽しむことができた。なお、萩原朔太郎が撮影した前橋市内の写真に、それらに共鳴する萩原朔美、吉増剛造、木暮伸也の作品を加えた「萩原朔太郎大全2022 ─朔太郎と写真─」展も、同時期に併催されていた。


公式サイト:https://www.artsmaebashi.jp/?p=17949

2023/02/24(金)(飯沢耕太郎)

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