artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

真月洋子「a priori」

会期:2023/03/13~2023/03/18

巷房・1[東京都]

先に本欄で紹介した初芝涼子「Consciousness」もそうなのだが、東京・銀座の巷房では、いい仕事をしているのだが、これまであまり見る機会がなかった写真家の作品が展示されることがある。今回の真月洋子展も、とてもクオリティが高く見応えのある展覧会だった。

真月は1998年~2004年に「a priori」と題した写真シリーズを制作し、2013年には同名の写真集を蒼穹舎から刊行している。今回の展示作品は、その続編というべきだろう。だが、同じく身体(ヌード)と植物(花)というテーマを扱っていても、旧作と新作ではかなり肌合いが違ってきている。以前は身体に直接、植物の画像を投影して撮影していたのだが、今回は複数の画像を合成してプリントした。そのことで、視覚的な要素よりも「皮膚から皮膚へと直接語りかける」触覚的な要素がより強調されるようになり、画像の緊密度が上がってきた。

また、真月がなぜ身体と植物との関係性にこだわるのかが、丁寧に仕上げられたコロタイプによる緻密な画像によって、説得力をもって表現できるようになった。真月は、植物を媒介にすることで、「時間の経過がひとの体にもたらすもの」をくっきりと浮かびあがらせることができると考えているようだ。今後は、ひとつの画面に収束するのではなく、複数の写真を組み合わせて並置することで、大判プリントによる、より広がりのあるインスタレーションも可能になるのではないだろうか。

なお、今回も展覧会に合わせて写真集『a priori』(蒼穹舎)が刊行された。印刷に気を配った丁寧な造本の写真集である。

2023/03/15(水)(飯沢耕太郎)

大須賀薫「label」

会期:2023/02/28~2023/03/12

TOTEM POLE PHOTO GALLERY[東京都]

大須賀薫は1998年生まれ、2021年に日本写真芸術専門学校を卒業し、同年からTOTEM POLE PHOTO GALLERYのメンバーとして活動するようになった。以後、同ギャラリーを舞台に意欲的な展示を展開している。

今回の「label」では、日常の事物を撮影した画像を印画紙にコラージュ的にプリントし、その一部を捲りあげたり、色味、あるいはネガ・ポジを転換したりするような操作を加えている。画面処理そのものに新味はないが、画像の選択が的確なのと、触覚的な要素を強調していることで、われわれが現実世界に「無意識のうちにラベルを貼り」、それらを「平たく、薄っぺらなもの」として認識しているのではないかという彼の疑問によく応えた作品として成立していた。大きく引き伸ばしたプリントの裏から、重ね合わせるようにセルフポートレートと思しき画像を投影するインスタレーションも並置されていて、トータルな会場構成もうまくいっていたのではないかと思う。

次に必要なのは、より深く「無意識」の領域に探りを入れ、自分にとって何が重要なのかをつかみとり、それをしっかりと形にしていくことだろう。被写体の幅をもう少し絞り込んでいくことも考えられそうだ。写真集の刊行や、TOTEM POLE PHOTO GALLERY以外の場所での展示も模索していってほしいものだ。


公式サイト:https://tppg.jp/label/

2023/03/09(日)(飯沢耕太郎)

山上新平「liminal(eyes)」

会期:2023/03/04~2023/04/09

POETIC SCAPE[東京都]

海、あるいは波は写真の被写体としてとても魅力的であり、多くの表現の可能性を秘めていると思う。神話的といえそうなシンボリックな対象であるだけでなく、写真家に個別的、具体的な視覚的経験を与え、千変万化するその姿は尽きせぬ興味を喚起する。今回、POETIC SCAPEで展示され、bookshop Mから同名の写真集も刊行された山上新平の新作もまた、その海、あるいは波をテーマとしていた。

コントラストの強い黒白の画面は、張りつめた緊張感を湛え、山上が「見る」ことに集中していることが伝わってくる。彼の中心的な関心は、海面の複雑で微妙に変化する光と影の交錯に向けられているようだが、それだけでなく、海そのものの物質感をモノクロームに還元して捉え切ることを目指している。そのもくろみは、高度な構想力と技術力によって、ほぼ完璧に実現していた。

完成度の高いシリーズだが、逆にそのすっきり整えられたたたずまいにやや違和感も覚えた。写真集の裏表紙に、今回のシリーズとはまるで対極というべき、飛翔する蝶を捉えたカラー写真が掲載されている。山上は今回の「liminal(eyes)」シリーズの前に、蝶を集中して撮影していた時期があり、そこでは「触れるだけの眼」のあり方が探求されていたのだという。山上が写真を通じて世界を「見る」ことを、幅広く捉えることのできる写真家であることが、このエピソードからもよくわかる。次は一点集中ではなく、彼の多面的な眼差しが同居しているような作品を見てみたい。


公式サイト:http://www.poetic-scape.com

2023/03/09(日)(飯沢耕太郎)

GELATIN SILVER SESSION SPIN-OFF PROJECT 写真への手紙

会期:2023/03/03~2023/03/08

アクシスギャラリー[東京都]

「GELATIN SILVER SESSION」は、広川泰士、平間至、上田義彦、瀧本幹也らによって2006年からスタートした企画展である。デジタル化によって危機的な状況に陥りつつあった銀塩写真のプリント(ゼラチン・シルバー・プリント)の素晴らしさを継承していくという趣旨で、2019年の第10回まで続いた。その後、休止状態にあったのだが、今回は東京工芸大学写真学科との共同企画で、スピン・オフ・プロジェクトが実現することになった。出品者は、井津建郎、勝倉峻太、小林紀晴、瀧本幹也、田中仁、ハービー・山口、広川泰士、それに東京工芸大学の学生、17名が加わっている。展示には写真のほかに、それぞれの銀塩写真に対する思いを綴った「手紙」が添えられていた。

50年前の1970年に撮影した、学生運動のデモなどの写真をあらためてプリントしたハービー・山口のように、作品はやや懐古的な雰囲気のものが多い。そんななかで、富士写真フイルム製品137個のパッケージをモノクロームで撮影した勝倉峻太「137FILMS」の、意欲的な試みが目についた。東京工芸大学の学生たちの写真は、別な意味で面白かった。彼らは、まさにデジタル・ネイティブ世代であり、アナログカメラやフィルムに本格的に触れたのは大学入学後のはずだ。にもかかわらず、その魅力、可能性を強く認識し、かなり集中して作品制作に取り組んでいる。「父が保管していた使用期限を20年以上超えたフィルム」で撮影したという石井裕子の「アンソニー」、「4×5Filmで車を4分割に撮影をして、約7メートルのロールの印画紙にプリント」した町田海の「JAYS-His son」、「空間ごと切り取るフィルム」でヌード写真に挑んだ渡邊結愛の「自然美」など、さらなる展開が期待できそうな作品が並んでいた。一度きりで終わるのではなく、ぜひ今後も続けてほしい企画だ。


公式サイト:http://gss-film.com/en/exhibition/2023

2023/03/08(水)(飯沢耕太郎)

赤瀬川原平『1985-1990 赤瀬川原平のまなざしから』

発行所:りぼん舎

発行日:2023/02/01

赤瀬川原平の仕事は多岐にわたるが、その「写真家」としての側面は、まだ充分に解明されているとはいえない。彼は引き出し16段にぎっしりと詰まったポジフィルムを遺していたという。本書はそのうちの1段目、1985~1990年までを整理し、そこからピックアップした写真127点に、著書から引用した言葉を添えた写真集である。ということは、まだ15段分の写真が残っているということで、それらがすべて明るみに出たならば、「写真家・赤瀬川原平」の恐るべき全体像が姿を現わすことになるだろう。

1985~1990年といえば、彼が『写真時代』に「超芸術トマソン」を連載(1983年1月号~1985年4月号)して、多くの読者に衝撃を与えていった時期にあたる。1986年の路上観察学会の結成につながるこの時期には、役に立たない階段、壁に塗り込められた窓、植物が風に揺らいで壁に残した軌跡など、さまざまな「トマソン物件」が、赤瀬川らによって発見され、その面白さが認められていった。本書にも、その成果が多数おさめられている。だが、それだけでなく、展覧会や調査などで訪れたイギリス(オックスフォード)、中国、韓国などの写真を含む日常スナップに、むしろ赤瀬川の「写真家」としての眼差しの質がよく表われているのではないだろうか。天性の観察力、尽きることのない好奇心、物事の成り立ち本質的に捉え直す力を存分に発揮したそれらの写真群は、赤瀬川の「写真力」の産物といえるだろう。ぜひ続編を期待したい。

2023/03/05(日)(飯沢耕太郎)