2023年03月15日号
次回4月3日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

欠片(かけら)~キンスキ・イムレ 写真の世界〜

会期:2021/12/07〜~2022/03/31

リスト・ハンガリー文化センター[東京都]

おそらく多くの人にとっては、初めて聞く名前だろう。筆者も、キンスキ・イムレ(ハンガリーの名前の表記は姓―名の順)という写真家については、東京・麻布十番のリスト・ハンガリー文化センターでの展示を見るまでは、まったく知らなかった。

キンスキは1901年にハンガリー・ブダペストで、ユダヤ系の知識人の家に生まれた。大学中退後、ハンガリー繊維業協会で文書管理の職に就くが、熱心なアマチュア写真家として知られるようになる。だが、いくつかの写真家団体の会員として活動し、雑誌などにも寄稿していたが、結局写真家として大成することはなかった。ユダヤ人への迫害により、1945年に強制労働に招集されて移動中に44歳という若さで亡くなってしまったからだ。彼が残したネガは、遺族によって管理され、苛烈な戦後の時期をくぐり抜けて、近年になってようやく陽の目を見ることになる。今回の展覧会には、ブダペストのバラッシ・インスティテュートで2019年に開催された回顧展の出品作、55点から抜粋された20点の作品が展示されていた。

展示作を見ると、キンスキの写真家としての能力の高さがよくわかる。街頭スナップ、建築、人物、抽象的な影の写真など、被写体の幅は広いが、どれも瞬間の表情を的確な構図、シャープな描写で捉えている。何よりも素晴らしいのは、ブダペストにおける両大戦間のつかの間の都市生活の輝きが、いきいきと写しとられていることだろう。もうひとつ興味深いのは、彼が同時代のモダニズム写真の文法や美意識を積極的に取り入れていることだ。上から見下ろした俯瞰構図、光と影のコントラスト、長時間露光によるブレの効果、クローズアップなどの視覚的効果への着目は、同時期の日本の「新興写真」の作り手たちとも重なり合う。もし、彼が第二次世界大戦後も生きていたら、さらにスケールの大きな作品世界をつくり上げていったのではないだろうか。

ラースロー・モホイ=ナジ、アンドレ・ケルテス、マーティン・ムンカッチ、ロバート・キャパなど、海外で活動したハンガリー出身の写真家たちについては、日本でもよく知られているが、キンスキのように国内にとどまった写真家たちについてはほとんど情報がない。本展をきっかけに、ハンガリー写真の流れがよりクリアに見えてくることを期待したい。

2022/03/04(金)(飯沢耕太郎)

西野壮平「線をなぞる "tracing lines"」

会期:2022/01/20(木)~2022/03/07(月)

キヤノンギャラリーS[東京都]

西野壮平の写真世界は、このところ大きく拡張し、多面的に展開しつつある。今回のキヤノンギャラリーSでの個展に出品されたのは、5つのプロジェクトによる約100点の作品だった。

イタリアのポー川の流域、650キロを移動して撮影した写真をコラージュと単写真を組み合わせて提示した「IL PO」(2018)、北海道の知床半島とロシアのマガダンを繋いで、流氷の起源を探る「A Journey of Drifting Ice」(2019)、大和絵や「400年前の絵図」を下敷きに富士山を再構築する「Mountain line “Mt Fuji”」(2021)、同様の手法でエベレスト山に向かうトレッキングのルートを辿った「Mountain line Mt. “Everest”」(2019)、西伊豆・戸田の港で船のロープの光跡を追った連作に、波を撮影した写真によるコラージュ作品を加えた「WAVES, Study of Anchorage」(2020-)の5作品とも、充実した内容であり、西野の表現のスケール感がより増してきていることがわかる。

これらの作品に絵空事ではない厚みと必然性を感じるのは、どれも西野自身の身体性にしっかりと根を下ろしているからだろう。ヴァーチャルなネット空間ではなく、光と熱と手触りを備えたリアルな現実世界を、生身の身体で移動し、シャッターを切り、現像・プリントした写真を、これまた長い時間をかけ、全身全霊を傾けて大画面に貼り付けていく──それらの行為の実感が作品の隅々から感じられるところに、西野の仕事の魅力がある。今回の展示に関しては、メイキング・ビデオを含めて、その制作のプロセスを開示していく姿勢が徹底していた。いわば西野と一緒に、生々しい作品制作の現場に立ち会っているような感覚を味わうことができるのがとてもよかった。

2022/03/04(金)(飯沢耕太郎)

池崎一世・佐藤麻優子・染井冴香展「whereissheus」

会期:2022/02/08~2022/03/19

ガーディアン・ガーデン[東京都]

チラシや広報ページを見た限りでは、企画意図がうまくつかめない展覧会だと思っていたのだが、実際に展示を見ると、じわじわと面白さが伝わってきた。

池崎一世、佐藤麻優子、染井冴香の3人は、ガーディアン・ガーデンで開催されている公募展、写真「1_WALL」でグランプリ、あるいはファイナリストに選出されており、今回の展示は、「公募展の入選者たちの、その後の活躍を紹介する」という「The Second Stage at GG」の枠で開催されている。世代も作風も完全に重なっているわけではないが、3人とも自らの生活を起点として、日常的な事物に目を向けることが多いこと、あらかじめ明確なコンセプトを打ち出すよりは、まずは撮影することから認識を組み上げようとしていること、画像の加工はほとんど行なわず、ストレートな描写を心がけていることなどが共通している。その3人の指向性がうまく絡み合って、既視感と脱力感を感じさせるユニークな写真の世界が成立していた。カラフルなつけ鼻や角を付けたり、顔を黒く塗ったり、クリスマスツリーのような姿になったりといった、パフォーマンス的な要素を取り入れた作品も多いのだが、自然体であっさりと処理されているので、見る者に余分な負担を強いない。にもかかわらず、日常に潜む無意識レベルの不気味さが、しっかりとあぶり出されてきているのが興味深かった。

この3人のユニットでの活動が、これから先も続くのかどうかはわからない。だが、まだいろいろな可能性を孕んでいるようにも見える。ソロ活動とうまく絡めていくと、何か思いがけない世界が開けてくるのではないだろうか。

2022/03/03(木)(飯沢耕太郎)

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写真発祥地の原風景 幕末明治のはこだて

会期:2022/03/02~2022/05/08

東京都写真美術館 3階展示室[東京都]

東京都写真美術館は2007年から2017年にかけて「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史」展を5回にわたって開催し、2018年からは「写真発祥地の原風景」と題する新たな連続展をスタートさせた。本展は「長崎」編に続くその第2弾である。

幕末から明治にかけて、「箱館」から「函館」に表記が変わった北海道南部の港湾都市「はこだて」には、長崎や横浜といったほかの「写真発祥地」とは異なる特徴がある。写真術の渡来、伝承において、初代ロシア領事のゴスケーヴィチ、同領事館付属病院の医師ザレスキー(ゼレンスキー)など、ロシア人がかなり深く関与しているのだ。彼らから技術を学んだ、横山松三郎、木津幸吉、田本研造をはじめとして、独自の写真文化が花開いていった。また、札幌に北海道開拓使が設立された明治以降は、田本、ライムント・フォン・シュティルフリート、武林盛一らが、その命を受けて開拓の状況を克明に記録していった。今回の展示では、それら草創期の写真、絵画、印刷物などを中心に、「はこだて」が視覚メディアにおいて、どのように扱われていったかを、多面的に提示している。

展示の内容は、さまざまな媒体をちりばめつつ、観客のイマジネーションを大きく膨らませるものになっており、あらためて「初期写真」の可能性の大きな広がりを感じた。写真帖『Esso Album』で、アイヌ人の生活を撮影した野口源之助の仕事のような、新たな発見もあった。ただ、これまでの展示活動の蓄積を踏まえると、そろそろ幕末~明治初期の日本の写真のあり方について、総体的、包括的な枠組みを明確に打ち出していくべきではないだろうか。小出しではなく、15年間の企画を総ざらいするような大規模展が必要なのではないかと思う。

関連レビュー

写真発祥地の原風景 長崎|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年04月15日号)

2022/03/02(水)(飯沢耕太郎)

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アントワン・ダガタ「VIRUS」

会期:2022/02/03~2022/03/06

MEM[東京都]

フランスの写真家、アントワン・ダガタは、これまでも生と死の境界領域の事象をテーマとして作品を制作・発表してきた。その彼にとって、2020年から世界中を覆い尽くしたコロナ禍の状況は、避けて通れないものだったのではないだろうか。2020年3月にフランス全土のロックダウンが始まった、その時期から制作が開始された本作「VIRUS」は、まさに強い必然性を感じさせる作品として成立していた。

ダガタは、被写体の温度を感知して色彩のスペクトラムとして表示するサーモグラフィを写真画像として提示することを試みる。人気のない都市の街路と建物(路上生活者の姿だけが見える)、及び新型コロナウィルス感染症の患者たちが運び込まれて治療を受けている病院の内部を、サーモグラフィを使って撮影した画像が交互に並ぶ構成は衝撃的であり、強い説得力を持つ。同年7月のアルル国際写真フェスティバルでの展示(その後、メキシコ、スペイン、イタリア、中国、韓国、ウクライナに巡回)では、1,111枚のプリントをモザイク状に並べるインスタレーションの形で発表された。今回のMEMの展示はスペースの関係で33点のみだったが、ハンネミューレのミュージアム用紙に、やや色が滲むようにプリントされた写真群は、圧倒的なパワーを発していた。

多くのアーティストたちにとって、「コロナ時代」の意味を問い直していかなければならない時期が来つつあるいま、ダガタの仕事は、コロナ禍を写真でどのように捉え、表現していくかを推し量る指標となるのではないだろうか。

2022/03/02(水)(飯沢耕太郎)

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