artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

立木義浩「Afternoon in Paris / 昼下がりのパリ」

会期:2020/08/26~2020/09/19

Kiyoyuki Kuwabara AG[東京都]

立木義浩(1937-)は、いうまでもなく1960年代以来、広告、ファッション、ポートレート、ドキュメントなど、さまざまなジャンルの第一線で活動してきた写真家である。一方で、彼は仕事ではない普段着の写真というべき街のスナップショットもずっと撮り続けてきた。このところ、まるで古い日記帳を開くように、そんな写真群を発表する機会が多くなってきている。東京都中央区東神田(馬喰町)のKiyoyuki Kuwabara AGでの今回の個展でも、1966年以来何度となく訪れたというパリで、折に触れて撮影したモノクローム写真22点(ほかにカラー写真のヌードが1点)を出品していた。

未発表作品を含むモノクローム写真は、すべて6×6判のフォーマットで撮影されている。セーヌ川、公園、彫刻家のアトリエ、ショーウィンドウなど、写っているのは、いわゆる「パリ写真」の典型とでもいうべき光景である。だが、被写体を堅苦しくなく、あまり構えずに画面におさめていく手つきに、長年の練達の技が発揮されている。好奇心と批評性との見事な融合というべき写真群を見ていると、まさに「昼下がりのパリ」の空気感が、写真から染み透ってくるように感じる。馬喰町の古いビルの一室にある、会計事務所を兼ねたギャラリーの雰囲気と、写真から発するトーンとが、とてもうまく溶け合っていた。

Kiyoyuki Kuwabara AGの近くには、Kanzan Gallery、Roonee 247 Fine Artsなど、他にもいくつか写真作品をよく扱うギャラリーがある。馬喰町周辺の写真展は、これから先も期待できそうだ。

2020/09/17(木)(飯沢耕太郎)

小西拓良「笹舟」

会期:2020/09/11~2020/09/24

富士フイルムフォトサロン東京 スペース3[東京都]

現代日本写真におけるスナップ写真の可能性を探るという意図のもとに、有元伸也、ERIC、大西正、大西みつぐ、オカダキサラ、尾仲浩二、中野正貴、中藤毅彦、ハービー・山口、原美樹子、元田敬三の11名が参加した企画展「平成・東京・スナップLOVE」(FUJI FILM SQUARE、2019年6月~7月)は、なかなか面白い展覧会だった。その関連企画として、各写真家によるポートフォリオレビューも開催され、ファイナリストに選出された写真家たちの個展が、1年後に富士フイルムフォトサロン東京 スペース3で開催されることになった。小西拓良の「笹舟」(中藤毅彦選)も、その「ポートフォリオレビュー/ファイナル・セレクション展」の枠で開催されている。

小西の前には、山端拓哉のちょっと脱力感があるロシア紀行「ロシア語日記」(尾仲浩二選、8月28日~9月10日)が展示されていた。山端の作品もなかなか味わい深かったが、小西も独自の写真観を持ついい写真家である。奥さんとの日常を、モノクローム写真で淡々と綴った作品だが、33点の写真の選択、配置が実に的確で、観客を安らぎと不安とが交錯する世界へと引き込んでいく。何といっても、痩身だが強い存在感を放つ奥さんに被写体としての魅力がある。だがそれだけでなく、セミの遺骸、フライパンの目玉焼き、カーテンの隙間から覗く外の風景など、些細だが印象深い光景をしっかりと拾っている。さらに続けていけば、よりふくらみと深さを持つシリーズに成長していくのではないだろうか。

この「ポートフォリオレビュー/ファイナル・セレクション展」の企画では、東京で展示された山端と小西のほかに、富士フイルムフォトサロン大阪で、阪東美音「メロウ」(元田敬三選、10月2日~15日)、前川朋子「涯ての灯火」(大西みつぐ選、同)が開催される。だが残念なことに、東京での展示は大阪で、大阪の展示は東京では見ることができない。この企画が今後も続くなら、ぜひ東京と大阪の両方での展示を実現してほしい。

関連レビュー

FUJIFILM SQUARE 企画写真展 11人の写真家の物語。新たな時代、令和へ 「平成・東京・スナップLOVE」 Heisei - Tokyo - Snap Shot Love|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年07月01日号)

2020/09/16(水)(飯沢耕太郎)

人が消えた町

会期:2020/09/11~2020/10/09

チェコセンター[東京都]

6月11日~28日に東京・目黒のコミュニケーションギャラリーふげん社で開催された「東京2020 コロナの春」展は、新型コロナ感染症による緊急事態宣言下の日本の状況を、いち早く捉えた写真を展示した企画展だった。コロナ禍がどのような影響を写真の世界に及ぼしていくのかはまだ不透明だが、写真家たちのヴィヴィッドな反応を見ることができたのはとてもよかったと思う。

今回、東京・広尾のチェコセンターで開催された「人が消えた町」は、その余波というべき展覧会である。外出自粛、営業制限といった規制はチェコでも同じように施行され、プラハの街からも人影が消えた。チェコの写真家、カレル・ツドリーンは、「この状況もいつかは終わり、記憶の片隅に追いやられてしまうかもしれない。だからこそ今、作品に残したい」と考えて撮影を開始した。マスクをつけた人々が、空虚感が漂う路上を彷徨っているような写真の眺めは、われわれ日本人にとっても身に覚えのあるものといえるだろう。

今回は、ツドリーンのモノクローム作品10点に加えて、「東京2020 コロナの春」展に出品していた11人の写真家たちの作品も出品されていた。土田ヒロミ、大西みつぐ、港千尋、Area Park、元田敬三、普後均、田口るり子、小林紀晴、藤岡亜弥、オカダキサラ、Ryu Ikaの作品は、ふげん社の展示でも見ているのだが、どこか印象が違う。チェコの写真家の重々しく、物質性の強い人や街の表現と比較して、日本在住の写真家たちの作品が細やかだが、やや希薄に見えてくるのが逆に興味深かった。チェコの写真家たちのグループ展は、以前何度か企画・開催されたことがあるのだが、これを機会に本格的な交流展が実現するといいと思う。

関連記事

東京2020 コロナの春 写真家が切り取る緊急事態宣言下の日本|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年07月01日号)

2020/09/11(金)(飯沢耕太郎)

川内倫子『as it is』

発行所:torch press

発行日:2020/09/20

川内倫子が写真集『うたたね』、『花火』、『花子』(いずれもリトルモア、2001)を刊行し、第27回木村伊兵衛写真賞を受賞してから、もう20年近くになる。それ以後の充実した仕事ぶりはいうまでもないことで、国内外で最も注目される写真家の一人になった。このところ、2017年の写真集『Halo』(HeHe)のように、神話的、宇宙的といえそうなスケールの大きな作品世界を展開していたのだが、本作は彼女の原点というべき『うたたね』の写真に戻って、日常の事物に目を向けている。テーマが2017年に生まれた自分の娘なので、身近な場面が多くなるのも当然というべきだろう。

「半分自分で、半分なにか」だった何ものかが、次第にヒトの形をとり、立ち上がり、歩き出し、世界を受け入れ、受け入れられていく。そのプロセスを写真で辿ることは、世間一般でごく当たり前におこなわれていることだ。だが、川内倫子の写真には、何か特別な魔法がかかっているように見えてくる。いうまでもなく、これまでの写真家としての経験がそこに注ぎ込まれていることは間違いないが、それだけではなく、子どもとその周囲の世界に向ける眼差しそのものに、どこか違った角度と深さがあるように思えるのだ。それは川内が、常に生命の輝きとともに、死へのベクトルを感知しているからではないだろうか。身近なものたちに、ふっと消え失せてしまうようなはかなさが備わっているということだ。『as it is』も例外ではなく、死の側から見ているような眺めが、そこかしこに入り込んできている。撮影中に「天草のおじいちゃん」が亡くなったのも、偶然とは思えない。

なお、写真集刊行に合わせて、東京・恵比寿のPOSTで同名の展覧会が開催された(9月4日~10月11日)。写真作品とともに、同時期に制作した映像作品も上映していたのだが、その画面の右端に黄色い光が映るようにセットされているのに気づいた。それはあたかも、彼岸から射し込む光のようだ。

2020/09/06(日)(飯沢耕太郎)

竹之内祐幸「距離と深さ」

会期:2020/08/26~2020/10/10

PGI[東京都]

竹之内祐幸が展覧会のリーフレットに、本作「距離と深さ」の撮影の動機についてこんなコメントを寄せていた。彼は「友人に、離れ離れになってしまう恋人の写真」を撮ってアルバムにしてほしいと頼まれた。「一緒にいた時間を忘れないように」という依頼を受けて、「自分だったらどんなアルバムを作るだろう」と考える。その答えは「いろんな場所で撮った小石や動物や風景が、まるでひとつの世界に感じられるようなアルバムを作れたら」ということだった。

本展に出品された写真を見ていると、竹之内がまさにそんな「アルバム」を丁寧に編み上げようとしているのがわかる。展示されている写真は、風景、人物、ヤモリや昆虫や小鳥、身近なモノたちなどさまざまだが、そこにある親密な空気感は共通している。被写体と写真家の間にはいうまでもなく「距離」があるのだが、それには物理的な「距離」と心理的な「距離」の2種類があり、いうまでもなく竹之内は後者を基準にしてシャッターを切っている。その「距離」を測る物差しの精度はとても高く、彼の柔らかだが精密な観察力がうまく活かされていると感じた。

ただ、「鴉」(2015)、「The Fourth Wall/第四の壁」(2017)と、PGIで開催された彼の個展を観てきて、いい写真作家なのだが、どこか決め手に欠けるような気がしている。主題、スタイル、どちらでもいいので、もう少し「何か」に集中した作品を見てみたい。彼の作品から、「なぜ撮るのか」という動機がうまく伝わってこないもどかしさがあるのだ。

2020/08/29(土)(飯沢耕太郎)