artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
弘前れんが倉庫美術館「Thank You Memory─醸造から創造へ─」
会期:2020/06/01~2020/09/22
弘前れんが倉庫美術館[青森県]
新型コロナウイルスの影響によってオープンが遅れていた弘前れんが倉庫美術館を訪れた。この場所は奈良美智の「A to Z」展(2006)以来なので、14年ぶりの再訪になる。これは注目の若手建築家、田根剛による日本国内の最初の公共施設となるが、およそ築100年になる建物の外観はほとんど変えていない。彼の署名のように、エントランスに特殊な煉瓦積みを試みたり、金色に輝く屋根に葺き替えたりしたくらいだ。また内部も長い歴史の記憶をとどめるかのように、壁の質感を残し、二階の旧事務室・旧研究室では木造の壁やガラスなど、来館者が見えない部分でもオリジナルを保存している。
日本のリノベーションは、完成すると小綺麗になってしまいがちだが、遺跡のように残った倉庫の雰囲気をよくとどめた空間だ。そういう意味では、ヨーロッパ的なスタイルを感じさせる。もっとも、ただ保存したわけではなく、美術館において新しく挿入した階段をあえてエイジングしたり、カフェ・ショップ棟は正面の外壁以外は新築だが、既存の倉庫と調和する煉瓦を用いるなど、いろいろ工夫をしている。
さて、同館のオープニング展は、もともと酒造工場だったことから「醸造」というキーワードが用いられ、弘前という場所の記憶をめぐる作品群によって構成されていた。特に冒頭の畠山直哉+服部一成は、倉庫の歴史をリサーチしつつ、過去に使われた建築の断片を紹介していた。天井高が15mに及ぶ展示室3の大空間に面するナウィン・ラワンチャイクンと尹秀珍も、弘前の人物や街をテーマに作品を新規に制作していた。もっとも、コロナ禍のため、海外在住の作家はリモートでの設営となり、大変だったらしい。地元出身の奈良美智は、めずらしく写真の作品を展示していた。潘逸舟は、かつて弘前にて芸術で暮らした経験と記憶をもとにインスターレションを出品していた。
この美術館は特別なコレクションをもってスタートするわけではなく、こうした展覧会を通じて新規に制作された作品を収集するという。とすれば、活動を継続することによって、弘前の地域資産を掘り起こしながら、それを蓄積していくことになるはずだ。
2020/06/28(日)(五十嵐太郎)
建築をみる2020 東京モダン生活(ライフ):東京都コレクションにみる1930年代
会期:2020/06/01~2020/09/27
東京都庭園美術館[東京都]
いわゆる「戦前」を指す昭和初期に、私は興味がある。それは戦争と戦争との貴重な狭間であり、日本がゆっくりと近代化の道を歩んだ時代だからだ。関東大震災後の「帝都復興」を果たした東京には、コンクリートとガラスの近代建築が建ち並び始め、上野〜浅草間で地下鉄が開通した。そして銀座には洋装したモガ・モボが闊歩したと言われる。現実的にはビジネスシーンを中心に男性の洋装が進んだ一方で、女性の洋装は銀座においてもわずか1%程度だったそうだ。しかし衣服は和服でも結い髪を断髪にするなど、洋装スタイルの浸透が少しずつ進んでいた。このゆっくりとした変化が奥ゆかしくて良い。本展はそんな「モダンの息吹」を探る展覧会だ。
展示は本館と新館とに分かれており、昭和初期つまり1930年代の東京の様子を紹介するのは新館の方である。絵画、写真、家具、雑誌、衣服などの展示品から当時の人々の生活が浮かび上がってくる。なかでも写真がもっとも資料性が高く、見応えがあった。展示写真を見ていて気づいたことは、銀座はすでに現代の街並みの骨格が出来上がりつつあったことだ。特に銀座4丁目交差点あたりの写真を見ると、そこが銀座であることを認識できた。一方で、渋谷は風景がまるっきり変わっていて想像もつかない。このように新陳代謝の激しい街と伝統を大事にする街との差が浮き彫りになった点が興味深かった。またモガの格好が、いま見ても、大変おしゃれだったことがわかる。彼女らが非常に先鋭的で、ファッションリーダー的存在だったのは確かだろう。現代にたとえるなら、タレントかカリスマ店員のようなものか。
本館の方は年に一度の建物公開展である。つまり1933年に竣工された朝香宮邸を紹介しているのだが、実はこれまでにも本館は展示品を展示する「箱」として公開されてきた。したがって私は同館を訪れるたびに見てきたのだが、今回、改めて朝香宮邸とはどんな存在だったのかを考える良い機会になった。そもそも施主である朝香宮夫妻が、1925年にパリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アール・デコ博)」を訪れたのは、朝香宮が欧州視察中、交通事故による治療でフランスに長逗留したためというのが運命的である。ともかくアール・デコ博に大変感銘を受けた夫妻は、後の新邸建設にあたり、フランス人装飾美術家のアンリ・ラパンやルネ・ラリックらを登用してアール・デコ様式を積極的に取り入れた。また基本設計を手がけた宮内省内匠寮にとって、これは威信をかけた大仕事だったのだろう。突板、壁紙、ガラスレリーフやエッチングガラス、タイル、鋳物など、あらゆる内装材が逐一凝っていて、邸内が“素材の見本市”の様相を呈していた。1930年代、庶民の間にはひたひたとモダンの波が押し寄せ、さらに宮中には大波が訪れていたことを知れる展覧会である。
公式サイト:https://www.teien-art-museum.ne.jp/
2020/06/27(土)(杉江あこ)
「クラシックホテル展─開かれ進化する伝統とその先─」、高山明/Port B「模型都市東京」
会期:2020/02/08~2020/08/23
建築倉庫ミュージアム[東京都]
建築倉庫ミュージアムでは、2つの旅の展覧会が開催されている。ひとつは「クラシックホテル─開かれ進化する伝統とその先─」展であり、文字通り、日光金谷ホテルや富士屋ホテルなど、12の建築を詳しく紹介するものだ。展示スタイルもクラシックで、最初の壁に大きな年表を掲げ、模型、図面、写真、家具などを使い、赤を基調とした会場デザインも効いている。
そしてもうひとつは高山明/Port Bの「模型都市東京」展だ。これまで建築展を開催してきた建築倉庫ミュージアムとしても異例のラインナップだろう。事前の情報をあまり仕入れずに訪れたので、彼が具体的に「どんな展覧会をするのか?」という疑問を抱きながら会場に入ったが、すぐに「ああなるほど!」と納得した。建築模型は一切ない。むしろ、ブースを設けて、それぞれの個室で映像を見せる、いつもの手法が用いられている(ただし、今回はイヤホンでインタビューの音声を聴く)。すなわち、ここが倉庫であることを生かし、市橋正太郎、榎本一生、キュンチョメ、吉良光、ケン・ローら、12人の「利用者」の私物を各部屋に持ち込み、逆説的に「模型都市東京」を表現しているのだ。
高山によれば、演劇と模型は相性がよい。なぜなら、演劇は身振りの模倣から始まったものだからだ。だが、今や活きのいい模型は舞台の上ではなく、街の中にある。そうした目で東京を観察すると、オリジナルの建築は少なく、いわば模型に溢れているという。つまり、模型は会場ではなく、都市に偏在する。そこで都市の模型=建築やインフラをオリジナルに使いこなす、移動が多い、非定住的な人たちのアクティヴィティに注目し、前述の12人を「利用者」として召喚した。おそらく彼らの活動によって、貸し倉庫のような状態になった会場の展示物は刻々と変化するのだろう。
建築模型が展示されている場合、それを見た鑑賞者は、実際の街にたつオリジナルの建築を想像する。同様に、われわれは、今回の展示において、会場に並ぶ各部屋のさまざまなパターンの私物と所有者の語りから、彼らが都市の中でどのように活動しているかを思い描く。とすれば、会場に置かれているのは、「利用者」の生活の模型だろう。そもそも模型とは何か、を考えさせる企画である。
2020/06/24(水)(五十嵐太郎)
《WITH HARAJUKU》とユニクロ建築
[東京都、神奈川県]
今年はユニクロと建築の関係が興味深い。まず、三井アウトレットパーク横浜ベイサイドに隣接して、藤本壮介の基本構想とデザイン監修による《UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店》がオープンした。筆者が訪れたときは、あいにくコロナ禍の影響で使用禁止となっていたが、地上から連続し、斜めにせりあがる屋上に、すべり台やボルダリングなどの遊具が散りばめられていた。
また6月にオープンした《UNIQLO TOKYO》は、ヘルツォーク&ド・ムーロンが手がけ、マロニエゲート銀座2のビルを大幅にリノベーションし、外壁やスラブを切断する減築によって、気持ちのよい外部空間や吹き抜けの内部空間を創出した。もっとも、《UNIQLO TOKYO》では余計なものをそぎ落とし、構造美をあらわにするデザインの手法ゆえに、吹き抜けまわりでは、防煙対応の苦労もうかがえる。ちなみに銀座ソニーパークでも減築を試みていたが、都心の大型商業施設でもそれが実施されたことは画期的だ。これは海外の著名建築家のネームバリューゆえに可能になったリノベーションかもしれないが、日本の若手建築家に思い切り任せるようなプロジェクトも見てみたい。
また新規オープンのユニクロ原宿店が入る《WITH HARAJUKU》は、竹中工務店と伊東豊雄が設計を担当した複合施設である。両者は、ザハ・ハディド案がキャンセルになった後、新国立競技場の仕切り直しのコンペでも組んだチームだが(隈研吾+梓設計+大成建設との一騎打ちとなり、敗れた)、そのときの案と同様、木を積極的に用いていることが特徴だ。植栽もあちこちで導入されている。
だが、この《WITH HARAJUKU》でもっとも印象的なのは、歩いて楽しい空間になっていることだ。すなわち、複雑な地形を縫い合わせるかのように立体的に回遊路がつくられており、JR原宿駅から目の前の《WITH HARAJUKU》に入り、内部を散策すると、地下1階レヴェルで竹下通りの方に抜けていくルートが用意されている。また駅や明治神宮の杜を眺められるデッキが設けられたり、駅と反対側では、3階から2階のレヴェルにおいて屋外の空中広場や段状のテラスもある。《WITH HARAJUKU》は、周辺の環境と応答する共有空間が実に魅力的だ。建築学生の卒業設計を見ていると、こうした駅前の都市的なプロジェクトを見かけることはあるが、本当にそれが実現されている。
2020/06/22(月) (五十嵐太郎)
渡辺篤「修復のモニュメント」
会期:2020/06/01~2020/07/26
BankART SILK[神奈川県]
コロナ禍の影響によって見ることができなくなった展覧会は多いが、逆のパターンもある。てっきり、もう見逃したと思っていたら、会期が変更されたおかげで、BankART SILKにおいて渡辺篤「修復のモニュメント」展を鑑賞することができた。これは社会から孤立した人間の声を発信していく彼の「アイムヒア プロジェクト」の一環であり、今回はひきこもりの人たちと対話しながら、その原因を探りつつ、コンクリートの記念碑をつくっている。が、展示されていたのは、それをハンマーで破壊した後、金継ぎの技法によって修復した作品だった。つまり、完全に傷が消えるわけではない。かたちは元に戻るが、金継ぎのラインは目立つ傷跡となる。ゆえに、鑑賞者は破壊と再生のさまざまな痕跡に出会う。入口の壊れたドア、卒業式の記憶を思い返す文章、傷を負った脳や心臓の作品など、現代の震える精神が、会場のあちこちで痛々しい実体を伴う造形物になっている。また展示の手法として印象に残ったのは、仮設壁に穴をあけ、その内部に設置された作品もあったこと。
実は昨年、ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展2020の日本館のキュレーターを決定する指名コンペにおいて、日建設計の山梨知彦によるプランは、社会からの切断という現代都市の問題をテーマに掲げ、アーティストの参加を提案していた。そして「ひきこもり」は渡辺、「幼児虐待」は見里朝希、「孤独死」は小島美羽の作品が対応していた。
結局、山梨案は選ばれなかったが、彼の著作『切るか、つなぐか? 建築にまつわる僕の悩み』(TOTO出版、2020)でも、このプランを紹介していた。山梨は、渡辺へのヒアリングから、「ドア一枚で社会との接続を切ることができる現代の住まいは、ある意味ひきこもりが必要としている空間」であること、「現代の都市住居が、社会との距離をうまく取り切れていないことに問題がある」という知見を得て、マンションのドア、バルコニー、掃き出し窓などのデザインに疑問を投げかけていた。
ところで、パンデミックによって世界で発生したのは、感染を恐れて、皆が外出しなくなる、総ひきこもりの現象ではなかったか。もし、山梨案が選ばれていたら、社会との切断は、当初、想定していたものと異なる、新しい意味を獲得していたかもしれない。
2020/06/10(水) (五十嵐太郎)