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建築に関するレビュー/プレビュー

福井県年縞博物館、若狭三方縄文博物館

[福井県]

法事で福井に足を運び、以前から見学したかった内藤廣の《年縞博物館》(2018)に立ち寄ることにした。途中の乗り換えでは、電車の本数が少なかったため、思いがけず、敦賀の豊かな建築文化を堪能することにもなった。街の新しい顔となる千葉学による敦賀駅の交流施設《オルパーク》(2014)と《敦賀駅前広場》(2015)のほか、巨大なジオラマを展示する《赤レンガ倉庫》(1905)、昔の姿が再現された《鉄道資料館》、古典主義を逸脱するユニークな細部をもつ《敦賀市立博物館/旧大和田銀行本店》(1905)などを体験した。また松本零士の『銀河鉄道999』をモチーフとした彫刻群も、印象に残った。


交流施設オルパークから駅前広場を見る



《敦賀市立博物館》


さて、敦賀駅からJR小浜線で約30分。三方駅からタクシーに乗って5分ほどでようやく縄文ロマンパークにある目的地の《年縞博物館》に到着する。これは非の打ち所がない名建築だった。積雪、増水、年縞という特殊な展示物、木を使ってほしいという地域の要望、構造と意匠のバランス、異なる素材の組み合わせなどを考慮しながら、合理的な手続きを経た設計プロセスの結果、素直に導かれた、ここにしかない洗練されたデザインである。箱としての建築デザインだけでなく、展示デザインに加え、川と湖に隣接する景観を生かしたランドスケープ的な外構も秀逸である。とりわけ奇蹟的に成立した自然の環境から7万年かけて湖底に蓄積された年縞を展示する細長い2階の展示室は、展示の内容と空間が見事に一致している。また水辺への眺望や、端部に配されたカフェも素晴らしい。これまでも島根、三重、富山、宮崎など、地方の建築において、内藤はその力量をいかんなく発揮してきた。



《年縞博物館》の外観



《年縞博物館》2階の展示室



《年縞博物館》の端部にあるカフェ


《年縞博物館》の向かいには、横内敏人が設計した大胆な造形の《若狭三方縄文博物館》(2000)がたつ。巨木の森をイメージしたコンクリートの円筒が緑の丘から飛びだす、インパクトのあるポストモダン的な外観をもつ。いったん、登ってから館内に入り、それから降りて、展示をめぐるという構成だ。なお、細部のデザインに注目すると、《ロンシャンの礼拝堂》や《ラ・トゥーレット修道院》など、後期のル・コルビュジエを彷彿とさせるのが興味深い。つまり、縄文とル・コルビュジエの出会いである。


《若狭三方縄文博物館》の外観



《若狭三方縄文博物館》の内部

福井県年縞博物館 公式サイト:http://varve-museum.pref.fukui.lg.jp/

若狭三方縄文博物館 公式サイト:https://www.town.fukui-wakasa.lg.jp/jomon/

2020/07/18(土)(五十嵐太郎)

ヨコハマトリエンナーレ2020 AFTERGLOW─光の破片をつかまえる

会期:2020/07/17~2020/10/11

横浜美術館、プロット48[神奈川県]

ヨコハマトリエンナーレの内覧会に足を運んだ。イヴァナ・フランケによってふさがれたファサードを抜けて、グランドギャラリーの大空間に入ると、ニック・ケイヴによる大量の庭飾りを吊るしたインスタレーションや、青野文昭の独自の修復を施した作品群が出迎える。訪れたタイミングでは、アトリウムの天井はすべて閉じられていて、だいぶ暗かったので、むしろトップライトの開口を開けた方がいいのにと思ったら、時間によって照明が変化し、やがて明るくなり、あえて光のコントロールをしていることを理解した。


イヴァナ・フランケによってふさがれたファサード



ニック・ケイヴ《回転する森》


実は「AFTERGLOW──光の破片をつかまえる」というテーマから、どんな内容になるのか、事前にはなかなか想像しにくかったが、いざ会場で見ると、なるほど、ベタにきらめく作品や部屋の照明から、蛍光シルクや半減期まで、さまざまなレヴェルで「残光」を感じさせる作品が、美術館に集まっている。本展のキーワードでは、毒との共生もうたい、コロナ禍の現状も受け入れる、おもしろいコンセプトだ。新館長の蔵屋美香による「いっしょに歩くヨコハマトリエンナーレ2020 ガイド」も楽しい。また常連の日本人作家が少なかったり、日本になじみがない外国人の作家が多く、横浜に居ながら、まるで海外で国際展を見ているかのようだった。


青野文昭の作品群



ジャン・シュウ・ジャンの新作インスタレーション

今回のヨコハマトリエンナーレは、3人組の芸術監督も海外作家も来日できないまま設営され、当初の予定を遅らせながら、なんとかオープンにこぎつけたが、おそらく現場は大変だっただろう。実際、今度の12月にスタートする予定だった札幌国際芸術祭2020は、新型コロナウイルスの影響によって中止が決定された。

なお、ヨコハマトリエンナーレのもうひとつの会場、プロット48では、美術館にあったような作品の説明がほとんどなく(間に合わなかったのか?)、既知の作家でもないことから、さすがに消化不良だった。会場に使われた建物は、旧横浜アンパンマンこどもミュージアムである。丹下健三の横浜美術館と同様、にぎやかな形態をもつポストモダンのデザインだ。それが整備されないままのややラフな状態の展示会場で行なわれており、興味深い空間の使い方だった。これまで倉庫やモダニズム建築のリノベーションをアートの展示で使うことは多かったが、そうではないタイプの空間の再利用は、今後ほかでも増えていくだろう。


第二会場・プロット48の外観



ファラー・アル・カシミの新作インスタレーション



ファーミング・アーキテクツの展示風景


公式サイト:https://www.yokohamatriennale.jp/2020/

2020/07/16(木)(五十嵐太郎)

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開校100年 きたれ、バウハウス ─造形教育の基礎─

会期:2020/07/17~2020/09/06

東京ステーションギャラリー[東京都]

2019年に誕生100年目を迎えた、ドイツの造形学校バウハウスの記念すべき巡回展がいよいよフィナーレを迎えた。本展に限らず、これまでバウハウスに関連する展覧会や書籍などは数多く発表されてきた。造形学校を母体としながら、その教育理念や方針、初代校長のヴァルター・グロピウスをはじめ指導にあたった教師や卒業生の活躍、各工房で生み出された作品など、後世に与えた影響が計り知れないだけに、その切り口は実にさまざまである。では、記念すべき本展での切り口は何かと言うと、副題にもあるとおり、「造形教育の基礎」である。バウハウスに入学すると、学生はまず「予備過程」と呼ばれる基礎教育を半年(後に1年に延長)受けたという。この「予備過程」に携わった代表的な教師7人による授業内容と、授業を受けた学生が生み出した習作が、本展の「Ⅱ バウハウスの教育」で詳しく展示されている。これが大変興味深かった。

製図の授業(ロッテ・ベーゼ) 撮影者不詳、ミサワホーム株式会社

バウハウスでは、当時、まったく新しい造形教育を学生に施した。かの有名なグロピウスによる宣言「すべての造形活動の最終目標は建築である」のとおり、最終目標を同じにするには基盤を共通にしなければならない。その土台づくりのための普遍的で包括的な教育が「予備過程」だった。学生が持つ既成概念や先入観を払拭し、個々人の創造力を引き出すことを重視して、教師はそれぞれの信念や哲学のもと、独自に授業を組み立てたという。

例えばラースロー・モホイ=ナジはさまざまな材料をバランス良く組み立てる「バランスの習作」や、「触覚板」を使った触覚訓練を行なった。ヨゼフ・アルバースは、白い紙を切ったり折ったり曲げたりして形をつくる「紙による素材演習」がよく知られていた。ヴァシリー・カンディンスキーは、正確に対象を見ることと構成的に絵をまとめることを目的にした「分析的デッサン」を実施した。これらの習作を見ると、学生は手をよく動かし、身体を使って、言わば「汗をかいて」基礎教育を受けたことが伝わる。特にデザイン分野においてパソコンを使うことを前提としたいまの造形教育とは、この点が根本的に違うと感じた。これはただ単にツールの違いの問題でもない。新しい教育理念のもと、当時、教師も学生も自ら新しい時代を切り拓くという気概がおそらくあったのだろう。いま、美術やデザインを学んでいる学生が観たらどんな感想を持つだろうか。

フランツ・ジィンガー《男性の裸身(イッテンの授業にて)》1919、ミサワホーム株式会社

展示風景 東京ステーションギャラリー


公式サイト:http://www.bauhaus.ac/bauhaus100/
※来館前に日時指定のローソンチケットの購入が必要です。

2020/07/16(木)(杉江あこ)

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気になる、こんどの収蔵品―作品がつれてきた物語

会期:2020/07/04~2020/08/27

世田谷美術館[東京都]

2階では近年コレクションに加えられた作品を、エピソードを交えて紹介している。点数は122点と多いが、大半は版画や水彩などのペーパーワークで、油絵も小品が中心。そんななかでも目に止まった作品が何点かあった。宮本三郎の「国立競技場モザイク壁画《より速く》下絵」は、1964年の東京オリンピックの前に描かれたもの。チラシにも使われるだけあってさすがにうまい。戦争画からヌード、公共デザインまでなんでもござれだ。『暮しの手帖』を創刊した花森安治は書画も達筆で、味わい深い。第2次大戦末期、日本に帰らずフランスの収容所に入れられたという末松正樹のドローイングも貴重だ。

でもいちばん惹かれたのは、花澤徳衛という人の4点の油絵。ぜんぜん知らなかったが、岡本太郎と同じ1911年生まれで、家具職人からスタートし、斎藤与里に油絵を習ったと思ったら、なぜか東宝専属の映画俳優に転身。戦後はフリーの俳優となり、2001年に没という破天荒な経歴の持ち主だ。その絵は一見稚拙に見えながらも、油絵の基礎を身につけているため鑑賞に堪える、というだけでなく、かなりユニーク。出品された4点はいずれも80歳前後の作品だが、そのポップなデフォルメは同世代にも同時代にも例を見ない。この4点だけだろうか、もっとあったらまとめて見たい。

2020/07/08(水)(村田真)

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ARTPLAZA 磯崎新パネル展、坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで

大分市アートプラザ、大分県立美術館[大分県]

大分市と由布院を訪れ、師弟である磯崎新と坂茂を比較する機会を得た。前者が手がけた《大分市アートプラザ》(旧大分県立大分図書館)では、公共建築を中心とした「ARTPLAZA 磯崎新パネル展」が、後者による《大分県立美術館》では、開館5周年記念事業として1階のフロアをまるごと使いきる大型の個展「坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで」が、それぞれ開催されていた。いずれも自作における展覧会であり、会場の建築そのものが最大の展示といえるだろう。

興味深いのは、両者のプレゼンテーションの手法である。磯崎が木の模型を使用していたことはよく知られていよう。スタイロやスチレンボードなどの素材を使った、通常の建築模型がすぐに劣化するのに対し、木造の模型は長期的な耐久性をもつからだ。実際、ルネサンスの時代に制作された木の模型は現代まで残っているし、日本でも前近代の木造雛形が文化財になっている。とすれば、100年以上存在できるかあやしい現代の日本建築よりも、木の模型の方が残る可能性が高い。それゆえ、彼の模型は、建築の理念を表現する媒体になっている。


磯崎新が手がけた《大分市アートプラザ》の外観


「ARTPLAZA 磯崎新パネル展」の様子と木の模型


一方、坂の展示では、1/3のスケールなど、ときには会場の天井に届くような大型の木造模型が特徴である。それは必ずしも全体のかたちを示したものではなく、部分模型だったり、ディテールを確認するモックアップに近い。また彼は、スウォッチのオフィスなど、木を多用することでも知られているが、実際の建築でも木造に挑戦している。鉄筋コンクリートの建築を木で表現しているわけではない。すなわち、坂の場合、モノとモノがどう組み合わさるかを具体的に示すためのツールとして、木の模型が位置づけられている。また表層として木を使うのではなく、あくまでもテクトニクスを重視していることもうかがえるだろう。


大分県立美術館における「坂茂建築展」の展示風景



「坂茂建築展」に展示されていた木造模型



「坂茂建築展」に展示されていた《静岡県富士山世界遺産センター》の木造模型

由布院の駅周辺では、両者の共演を楽しめる。なぜなら、磯崎が《由布院駅舎》(1990)、坂が《由布市ツーリストインフォメーションセンター》(2018)を設計しているからだ。いずれも木を使うが、やはり二人の違いが浮かびあがる。磯崎は理念的な幾何学のかたちを優先しているのに対し、坂は湾曲する大断面の集成材によって大胆な木の架構を成立させることに主眼を置く。


磯崎新が手がけた《由布院駅舎》の外観



坂茂が手がけた《由布市ツーリストインフォメーションセンター》

ARTPLAZA 磯崎新パネル展
会期:2020/06/01〜2020/08/30
会場:大分市アートプラザ(大分県大分市荷揚町3-31)

坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで
会期:2020/05/11~2020/07/05
会場:大分県立美術館(大分県大分市寿町2-1)

2020/07/05(日)(五十嵐太郎)

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