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建築に関するレビュー/プレビュー

JR延岡駅前複合施設「エンクロス」/日向市駅と日向市庁舎

[宮崎県]

近年、地方都市の駅周辺で興味深いプロジェクトが増えている。それはおそらくイケていると慢心している東京に対し、地方都市が危機感をもっているからではないかと思うのだが、久しぶりに訪れた宮崎県では、2つの事例を見学した。ひとつは乾久美子による延岡駅周辺整備プロジェクト(2018)である。これは筆者と山崎亮がゲストキュレーターとして参加した「3.11以後の建築」展(金沢21世紀美術館、2014-15)でも出品してもらったように、住民とのワークショップを行なったものだ。



JR延岡駅前複合施設「エンクロス」の外観

また乾事務所は、類似したプログラムやスケールの施設を数多くリサーチし、デザインに反映している。筆者が訪問したときは、新型コロナウィルスの影響によって、天高のある 2階の図書スペースが封鎖され、普段のアクティビティは観察できなかったが、対照的に1階の低い天井など、それでも躯体と開口のリズムとプロポーションの美しさは堪能できる。もっとも、派手な建築ではない。国鉄時代につくられた駅舎の手前に、その空間を延長したかのようなデザインが特徴である。また駅前に昭和モダニズムの建築が多く、それらへのリスペクトも感じられた。



東西自由通路から2階の図書スペースを見る



広々とした「エンクロス」の開口部


もうひとつが日向市駅(2008)と日向市庁舎(2019)である。いずれも内藤廣が設計したものだが、特に前者は建築だけでなく、様々なジャンルのデザイナーが入り、外構、ランドスケープ、ファニチャーまで一体となって、良好な環境を創出していた。また木材を積極的に活用したことも共通している。駅舎は表面の装飾ではなく、空間の質を決定する構造として使われているのだが、複数の主体が拠り所にできる要として地産の杉材を選び、それをどう合理的に使うかを探ったという。ちなみに、駅の近くの空き地に大型の模型が展示されていた。



日向市駅のプラットフォーム



日向市駅前の風景


また日向市庁舎は、室内の熱負荷を下げるよう、大きく庇をだし、日よけルーバーを設けている。結果的に四周にテラスを張りめぐらし、あちこちに「たまり」と呼ぶ、市民が自由に使える開放的なスペースが生まれた。おそらく、内藤は駅舎の成果が評価され、市庁舎の仕事につながったのだろう。ともあれ、木を使うから、日本的で素晴らしいという稚拙な論ではない。今の東京建築は退行しているのではないか。これらのプロジェクトは、東京の真似をしない地方建築の道を示している。



日向市庁舎の周囲に張り巡らされた「たまり」



日向市庁舎の外観

2020/03/18(水)(五十嵐太郎)

竹山団地

[神奈川県]

群建築研究所を率いた緒形昭義(1927-2006)が設計した横浜の竹山団地を見学した。緒形は東京大学を卒業後、横浜国立大学で教鞭をとり、寿町総合労働福祉センター(1974)や藤沢市労働会館(1975)などを手がけたモダニズムの建築家である。また卒業設計は、敗戦直後の日本らしいテーマの「皇居前広場に建つ文化会館」だった。竹山団地は、直方体の住宅棟をただ並行配置したものではなく、千里ニュータウンと同様、初期ニュータウンの理想を追求した建築群となっており、かなり個性的である。



俯瞰で見た竹山団地のセンターゾーン

特に1972年に完成したセンターゾーンは、大きな人工池を設け、ほかの団地にはない独特な環境を形成することに成功した。設計を依頼され、現地を視察したとき、ちょうど谷あいだったので池を提案したという。人工池の維持管理はそれなりに大変だったようだが、その周辺に店舗群、スーパーマーケット、郵便局、集会所、学校、幼稚園、病院、公園などの各種施設を配し、いずれも現役なので、全体として良好な雰囲気が保たれている。



スーパーマーケットの天井



郵便局の外観

いわばモダニズムが輝いていた時代の建築である。ロンドンの集合住宅群《バービカン・エステート》なども想起させる。またデザインをよく観察すると、ル・コルビュジエ など、モダニズムの影響が随所に散りばめられている。例えば、ピロティや屋上庭園。とりわけ前者は人工池に対し、足を突っ込んだような柱群もあって、忘れがたい風景を生みだした。駐車場からスーパーマーケットに降りる階段に設けられたランダムな開口は、後期のル・コルビュジエ風である。



竹山団地のピロティ



人工池に浮かぶスロープが絡まりあう構築物



駐車場からスーパーマーケットに降りる階段

また巨大建築を見慣れたわれわれから見ると、ヒューマンなスケールがかわいらしくも感じられる。2つのスロープが互いに絡みあう丸味を帯びた彫塑的な構築物、店舗エリアの円窓やグリッド状の天井、高さをズラした窓、住棟へのアーチ状の入口、眺めを切りとる階段室の開口、台形のトイレなど、様々な細部の意匠が目を楽しませる。決して均質な団地ではない。改修によって色が塗られたり、バルコニーが室内化しているところもあるが、おおむね当初の状態が保たれているのも嬉しい。



竹山団地案内図

2020/03/13(金)(五十嵐太郎)

油津商店街

[宮崎県]

菊竹清訓が設計した《都城市民会館》の保存問題が最初に起きて以来なので、およそ10年以上ぶりに宮崎県を訪れた。もっとも、新型コロナウィルスの影響で、見学しようと思っていたほとんどの公共建築が閉鎖されていた。坂倉準三による色タイルが印象的な《宮城県総合博物館》(1971)、岡田新一による石材を多用する重厚な《宮崎県立美術館》(1995)、安井建築設計事務所による列柱廊をもつ《宮崎県立図書館》(1987)などである。



岡田新一による《宮崎県立美術館》の外観


そこで宮崎駅から約1時間半の遠出をして、日南市の油津に足を運んだ。あまり知らなかったが、町おこしで注目されている、有名な商店街がある。駅舎は真っ赤に塗られ、「Carp」の文字も刻まれており、日南市に半世紀以上キャンプを張っている広島東洋カープを応援している街だった。また駅前を歩くと、閉ざされたままの店舗は多いが、途中の駅に比べると、はるかに店の数が多く、かつてここが港で栄えていたこともうかがえる。40年前までは、マグロ漁や杉材の積み出しで賑わっていたらしい。


真っ赤に塗られた油津駅舎


日南市の市街地活性化事業によって、2013年に木藤亮太がテナントミックスサポートマネージャーに選ばれ、ここで暮らしながら、様々な空き店舗の活用を実践している。カフェのリノベーション、ABURATSU GARDEN(コンテナ群による小店舗)、IT企業を誘致したオフィス、ゲストハウス、レコードを自由にかけるコミュニティ・スペースなどだ。



商店街に誘致された油津のカフェ



ABURATSU GARDENの様子

他にも油津では、2017年に《ふれあいタウンIttenほりかわ》(商業施設+医療介護施設+子育て支援センター+市民活動のスペース+居住施設)が誕生し、運河沿いの堀川夢ひろばでイベントを行ない、街の歴史や見所を説明する看板を設置している。建築のプロジェクトとしては、多世代交流モールのコンペが行なわれ、設計者に水上哲也が選ばれ、2015年にオープンした。鉄骨造のスーパーマーケットの1スパンを減築によって間引くことで、二分割し、あいだに中庭を設け、両サイドをそれぞれ多目的スタジオなどの集会スペースと飲食スペースに変えたものである。油津では、点を線に、そして面に広げようとしている街づくりが進行中だった。



運河沿いの堀川夢ひろば



多世代交流モールの中庭



こちらも多世代交流モールの中庭(水上哲也:設計)

2020/03/10(火) (五十嵐太郎)

SDL:Re2020

会期:2020/03/08

せんだいメディアテーク[宮城県]

毎年、3月は仙台で会おう、というかけ声のもと、全国から2000人以上の学生が集まり、卒業設計日本一決定戦を開催する「せんだいデザインリーグ(SDL)」。このイベントは、せんだいメディアテークの年間行事のなかでもブロックバスター的な動員を誇るものだ。しかし今年は開催直前に、新型コロナウィルスの感染防止のため、イベントの自粛を安倍首相が全国に呼びかけたため、いったんは中止を検討していた。2011年は、審査日の後に東日本大震災が発生したため、展示がダメージを受けたが、今回は展示だけでなく、審査そのものがなくなる可能性があった。

しかし、なんとかこの危機を違うかたちで受け止め、可能な方法により代替企画を急いで構築し、実験的な「SDL:Re2020」(せんだいデザインリーグ2020卒業設計日本一決定戦 代替企画)が開催された。せんだいメディアテークの5階、6階を埋めつくす、数百の模型と図面の展示は中止し、その代わりにネットで作品データを送ってもらい、それをもとに無観客の状態で審査員が議論するというものだ。「人が集まってはいけない」というのが厄介であり、スタッフの人数も制限したことが特筆される。



「SDL:Re2020」の運営をめぐる会議風景

急遽、スタイルが変わった企画に対し、200余の作品が集まった。従来に比べると、大幅に応募数は減ったわけだが、逆に言えば、作品ひとつあたりにかけられる時間が増えたことは、悪くなかったように思う。出品数が600を超えたときなどは、どうしても瞬間的に多くの情報を伝達する模型に頼ってしまう。だが、今回は模型がなく、じっくりと作品のファイルを読み込む審査だった。そのせいか、時間の中で変化していくタイプの作品が多く残ったかもしれない。



「SDL:Re2020」の審査風景

当初、20まで作品を絞り込んだ後は、シンポジウム形式で議論する予定だったが、審査委員長の永山祐子らの強い要望によって、暫定日本一、二、三を決めることになった。結果としては、アナログな産業系の建築が多いことも今年の特徴だったが、そうした傾向を象徴するかのように、海苔と塩の生産施設が暫定日本一に選ばれた。直接対面の質疑は叶わなったが、ネットを通じて、各地にいるファイナリストとやりとりをすることはできた。大勢の観衆の前で舞い上がるプレゼンテーションをよく見ていたので、学生もリラックスしながら質疑に応えたのが印象に残った。今年の実験は、おそらく来年再開される「SDL」の方法にも影響を与えるだろう。



「SDL:Re2020」の配信風景

参考サイト:せんだいデザインリーグ2020(SDL) http://sendaisendai.sun.bindcloud.jp/

2020/03/08(日)(五十嵐太郎)

安藤忠雄(原作)/はたこうしろう(絵)『いたずらのすきなけんちくか』

発行所:小学館

発行日:2020/03/03

建築家の安藤忠雄が、大阪・中之島公園内に子ども向け図書館「こども本の森 中之島」を設計し、大阪市に寄贈した(2020年3月1日開館予定だったが、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、現在、開館が延期されている)。その開館に合わせて刊行されたのが本書である。なんと安藤が初めて挑んだ絵本ということで興味を惹かれ、手に取ってみた。当然、同図書館の紹介を切り口としながらも、途中から「建築とは何か」という安藤の思想に迫る内容となっていた。

主人公は小学生くらいの兄妹。父に連れられて「こども本の森 中之島」を訪れるが、父とは入り口で別れ、兄妹だけで館内を探検する。3フロア吹き抜けの構造や壁一面に設けられた本棚など、館内を一望する絵がまず大きく描かれる。肝はここからだ。本棚の脇から伸びる細い廊下を発見した兄妹は、「ひみつの においがする」と興味津々で突き進む。すると天井が高い円筒形の空間にたどり着いた。なんとも不思議な空間にワクワクする兄妹の前に、黒い服を着たおじさんが現われる。このおじさんこそ、安藤忠雄らしき人物だ。本物よりやけにスレンダーで若々しいのが気になるが、髪型はそっくりに描かれている。兄妹からおじさんへ素朴な質問が次々と投げかけられ、おじさんは率直に答える。これが実に興味深い。この円筒形の空間のように、よくわからない変な場所は何のためにあるのか。キーワードとして、おじさんは「いたずら」という言葉を使う。頑丈で機能的な建物は便利だけど、それだけではつまらない。「だから ぼくは、たてものに いたずらを しこむんだ」と。

その事例として直島の「ベネッセハウス」や大阪の「光の教会」、「住吉の長屋」など、安藤の代表的な建築作品が登場する。壁一面の十字架も、雨の日に部屋から部屋へ移動するときに傘をさして歩くことも、すべて安藤のいたずらだったのか! 子どもに向けたわかりやすい言葉として選ばれたとはいえ、いたずらという言葉は実に言い得て妙である。これは悪ふざけというよりは、「無駄なもの」という意味に近い。一見、無駄に思えるものこそ、「どんな風に使おうか」と人の想像力をかき立てるから面白いのだ。それが、安藤が建築に求める真髄だった。確かにその通りなのだ。便利なものは人の心にあまり残らないが、面白いものは心にずっと残り続ける。安藤の建築作品が印象的なのは、大人が真剣に考えて設計、施工したいたずらが仕込まれているからなのだ。

2020/03/05(木)(杉江あこ)