artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
テレビの見る夢 大テレビドラマ博覧会
会期:2017/05/13~2017/08/06
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館[東京都]
テレビ創世期から現在にいたるまで、テレビドラマの歴史を振り返った企画展。和田勉、今野勉といった演出家をはじめ、坂元裕二、宮藤官九郎といった脚本家に焦点を当てながら、台本、スチール写真、衣裳、そして映像などの資料を展示した。同時期に同会場で「山田太一展」もあわせて開催されている。
むろん、テレビドラマというジャンルを総覧した本展の意義が大きいことは疑いない。「放送」という言葉に端的に示されているように、テレビというメディアは本来的に記録的価値を重視してこなかった。事実、今日のように録画技術が発達するまでは、テレビドラマの多くは生放送だったから、それは歴史に残されることを企む芸術品というより、時間の流れに遠慮なく投擲される消耗品に近かったのである。それゆえ、通時的な観点と網羅的な観点からテレビドラマを歴史化した本展は、非常に画期的である。
しかしながら、その社会的ないしは学術的な意義を踏まえてなお、じっさいの展示を見て思い至るのは、展示の射程と空間の齟齬である。なるほど、テレビドラマの通史を物語ろうとする志は高い。だが、その野心を実現するには空間の容量があまりにも不足している感は否めない。しかも展示の核心に通時性と網羅性という二極を押し込んでいるため、展示物であれテキストであれ、展示会場は明らかに情報過多である。その過剰な情報量を20世紀後半の情報化社会を体現したテレビというメディアの特性の反映として考えることもできなくはないが、展覧会として成功しているとは言い難いのではないか。
なぜなら演出家であれ脚本家であれ、あるいは個々の作品であれ、テレビドラマの通史を構成するそれぞれの要素には、それ自体でひとつの企画展を立ち上げることができるほど豊かな広がりが含まれているからだ。本展は、通時性と網羅性を重視するあまり、そうしたそれぞれの構成要素の内実に深く立ち入ることはなく、あくまでも表面的で浅薄な水準に終始してしまう。それゆえ、あたかも「テレビドラマ」という名の事典を読んでいるような味気のなさを感じざるをえないのである。
かつて筆者は和田勉の企画展を開催したことがある(「21世紀の限界芸術論vol.7──アヴァンギャルドを求めて」、Gallery MAKI、2011)。それは彼が生涯をとおして書き残していたノートや台本、そして晩年制作していた無数のコラージュを展示するとともに、《日本の日蝕》(1959)をはじめ、《天城越え》(1978)、《阿修羅のごとく》(1979)、《夜明け前》(1987)といった珠玉の名作を会期中に視聴するもので、あわせて衣装デザイナーのワダエミや演出家の今野勉ら、和田勉に縁のあるゲストによるトークを催した。わずか3週間ほどの展覧会だったが、ゲストや来場者に恵まれたこともあり、非常に充実した展覧会だったと自負している。
その際、設定した論点が「茶の間」である。いまや「茶の間」は空間的にも意味的にも私たちの暮らしの現場から見失われつつあるが、少なくとも往年のテレビドラマは「茶の間」で視聴されることを前提として制作されていたことは事実であるし、あるいは逆に、「茶の間」に集う理想的な家族像を描写することで、視聴者にとっての「茶の間」を再生産してきたのだった。だが、それだけではない。筆者が展示の中心に「茶の間」を設定したのは、まさしく和田勉こそ、テレビドラマのなかで「茶の間」を描写し、そのテレビドラマを「茶の間」で視聴させることにきわめて自覚的な演出家だったからだ。クローズアップを多用したり焦点をあえてぼかしたりする和田勉の演出法は、時として「前衛的すぎる」あるいは「独りよがり」であると批判されたが、その批判の前提にはテレビドラマを「茶の間」で庶民の誰もが視聴できる大衆芸術として考えるテレビドラマ観があった。ところが和田勉にとってテレビドラマとは大衆芸術というより、むしろ芸術そのものだった。和田勉は、卑俗な日常性以外の何物でもない「茶の間」において、テレビドラマという大衆芸術をとおして、自らの芸術表現を大衆に届けようとしたアヴァンギャルドだったのである。その二重性ないしは両義性こそ、和田勉の根底にあった批判精神のありようにほかならない。
本展がある種の消化不良に陥っているのは、テレビドラマという総論を記述することにとらわれるあまり、各論が蔑ろにされているからでは、おそらくない。総論を貫く独自の視点を提示することができていないからだ。あるいはテレビドラマ観の不在と言ってもいい。客観的で中立を装った歴史の記述は穏当ではあるが、その実、歴史を物語る主体性の次元が不問にされるため、結局のところ、中庸というか退屈というか、いずれにせよ教科書的な歴史記述の域を出ることはない。だが展覧会が教科書の忠実な反映であってよいはずがない。それを望むのであれば、わざわざ展覧会として具体化するまでもなく、教科書を読めば事足りるからだ。
例えば、テレビドラマが「茶の間」と密接不可分な関係にあったことは歴史的な事実だとしても、その先で「家族」というきわめて近代的な社会制度が再生産されていることを考えれば、テレビドラマという広大なジャンルを「ホームドラマ」という視点から限定することは、ひとつのテレビドラマ観となりうるはずだ。それこそ山田太一的なホームドラマから、向田邦子の原作を和田勉が演出した《阿修羅のごとく》まで、ホームドラマはテレビドラマの歴史を貫く主脈になりうるだろうし、近年、数々の名作を発表している坂元裕二の一連の作品──とりわけ《最高の離婚》(2013)、《いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう》(2016)、《カルテット》(2017)──は、従来の家族が機能不全に陥った時代において、それに代わる新たな紐帯を人為的に再構成しようとする、アップデートされたホームドラマとして位置づけることができよう。「ホームドラマ」の意味の変容と移動する位置関係を浮き彫りにすることが、結果としてテレビドラマの歴史を物語ることになるのではなかったか。
文化表現としてのテレビドラマを博物館の展覧会として取り上げた英断は、いちおう評価されてよい。だが企画展として構成するには、「テレビの見る夢」などという、わかるようでわかりにくい、思わせぶりなテーマなどではなく、より明快なテーマを設定することが必要不可欠である。それがあってはじめて「歴史」は立ち上がるにちがいない。
2017/06/03(土)(福住廉)
驚きの明治工藝
会期:2017/04/22~2017/06/11
川越市立美術館[埼玉県]
台湾人コレクター、宋培安による明治工芸のコレクションを見せた展覧会。いわゆる超絶技巧を凝らしたそのコレクションの総数は、金工や牙彫から、漆工、陶磁、七宝、染織まで、じつに3,000点あまり。本展はそのなかから厳選した約130点を展示したもの。なかでも見どころは、全長3メートルを超える世界最大の龍の自在置物で、それを空中にぶら下げて展示することで、その迫力を倍増させて見せていた。
ただ、昨今の明治工芸再評価の気運のなかで催された「小林礫斎 手のひらの中の美~技を極めた繊巧美術~」(たばこと塩の博物館、2010)、「超絶技巧! 明治工芸の粋」(三井記念美術館、2014)や「没後100年 宮川香山」(サントリー美術館、2016)などと比べると、本展が若干遜色して見えたのは否定できない事実である。本展には古瓦の上にとまった一羽の小鳩を主題とした置物が展示されていたが、これが正阿弥勝義の名作《古瓦鳩香炉》を念頭に置いた作品であることは明らかだ。そして双方を比べると、形態の美しさ、物語性と叙情性、そして機能性、あらゆる点で前者より後者のほうが優れていることは誰も否定できないはずだ。
超絶技巧の面白さと難しさは、それらが造形の絶頂を極める技術を研ぎ澄ますがゆえに、ただひとつの絶頂以外の作品をおしなべて中庸に見させてしまうという点にある。例えば宮川香山の高浮彫を見れば、その他のあらゆる陶芸は浅薄に見えることを余儀なくされるし、安藤緑山の前では、いかなる牙彫といえども物足りない。明治工芸だけではない。現在においても、雲龍庵北村辰夫による蒔絵や螺鈿、杣田細工など、あらゆる技術を費やした漆工を目の当たりにした後では、どんな輪島塗でも下準備の段階に見えてしまうし、雲龍庵とは対照的に、装飾性を排除しながら漆そのものを自立させる「漆工のモダニズム」を追究している田中信行の鋭利で洗練された作品は他の追随を許さない。
だが、こうした超絶技巧の属性は、じつは芸術の本来的な性質そのものではなかったか。それは、こう言ってよければ、一人勝ちの論理に則っているのであり、その意味で言えば、じつに非民主的かつ反平和的、言い換えれば無慈悲な文化なのだ。
2017/06/02(金)(福住廉)
第60回記念 新象展
会期:2017/05/29~2017/06/04
東京都美術館[東京都]
新象展を見るのはたぶん初めてのこと。会場はガランとしていて、見やすいったらありゃしない。作品は抽象が多く、いわゆるアンフォルメル風もあれば幾何学的抽象もあるし、レリーフ状や掛軸形式もあるのだが、日展に見られるような日常を描いた温和な具象画だけがないのが特徴か。その意味で、この会が始まった60年前、つまり「抽象」や「モダンアート」という言葉がまだまぶしく輝いて、希望に満ちていた50-60年代の時代相を色濃く残しているように見受けられる。出品は60回記念の旧作展示を含めて約240点。そのうちの一人だけ焦点を当てると、青木孝子はパースのかかった半抽象的な大作を出品。手前には荒々しい褐色の筆触を残し、奥には火や煙を思わせるオレンジ、白の絵具が伸びる。まるでドラクロワの《ナンシーの戦い》かなにか、遠望した合戦図のよう。その図に被せるように三角の線が引かれ、交点に緯度と経度を表わす記号と数字が並ぶ。これはタイトルから察するに東京とダマスカスの地球上の位置だろう。これも一種の戦争画か。都合のいいことに、特別展示として彼女の9年前の作品も出ているので比べてみると、地球規模のグローバルな視点、俯瞰する視点は変わっていない。
2017/06/01(木)(村田真)
マスター・プリンター 斎藤寿雄
会期:2017/05/30~2017/07/02
JCIIフォトサロン[東京都]
世界的に見ても珍しい写真展といえるだろう。斎藤寿雄は1938年東京生まれ。1953年に株式会社ジーチーサンに入社して以来、写真印画のプリンター一筋で仕事をしてきた。1969年にドイ・テクニカルフォトに、2004年にはフォトグラファーズ・ラボラトリーに移るが、篠山紀信の「NUDE」展(銀座・松坂屋、1970)から、荒木経惟の「Last by Leica」(art space AM、2017)まで、そのあいだに手がけた写真展は数えきれない。1973年にはニューヨーク近代美術館で開催された「New Japanese Photography」展の出品作のプリントもおこなっている。名実ともに日本を代表するプロフェッショナルのプリンターといえるだろう。
今回の展示は、斎藤が思い出に残っているという写真家42人から、あらためてネガを借りてプリントした作品を集めたものだ。このようなプリンターの仕事に焦点を合わせた企画は、これまでほとんどなかったのではないだろうか。出品作家の顔ぶれが凄い。浅井慎平、荒木経惟、石内都、伊奈英次、宇井眞紀子、江成常夫、大石芳野、金村修、鬼海弘雄、北島敬三、蔵真墨、郷津雅夫、今道子、笹岡啓子、笹本恒子、佐藤時啓、篠山紀信、田村彰英、土田ヒロミ、東松照明、徳永數生、土門拳、長島有里枝、長野重一、ハービー山口、平林達也、広川泰士、深瀬昌久、細江英公、前田真三、正木博、松本徳彦、宮本隆司、村井修、村越としや、森山大道、山口保、山端庸介、山本糾、吉行耕平、渡邉博史、Adam Dikiciyan。こうして見ると、それぞれの作品に即して、プリンターの仕事の幅が大きく広がっていることがわかる。たとえデジタル化がさらに進行したとしても、斎藤のプリントから確実に伝わってくるアナログの銀塩写真の魅力は、薄れることがないのではないだろうか。今回はモノクロームのプリントだけだったが、カラーも含めた展示も見てみたい。
2017/06/01(木)(飯沢耕太郎)
Hani Dallah Ali展 ラヒール・ワタン~祖国、我を去りて~
会期:2017/05/30~2017/06/04
ギャラリー ターンアラウンド[宮城県]
仙台藝術舎creekの第2期打ち合わせのために、ギャラリー・ターンアラウンドへ。ちょうどイラクのアーティスト、ハーニー・ダッラ・アリーの個展を開催していた。イラク戦争による情勢悪化によって故郷を離れざるをえなかった作家の母なる大地への想いを表現している。こうした感覚は、現在の日本ならば、原発事故が起きた福島から避難した人たちと重ね合わせられるかもしれない。なお、彼の作品は、イスラム的というよりは、さらに歴史の古層であるメソポタミアの幾何学的なイメージから着想を得ているのも興味深い。
2017/05/31(水)(五十嵐太郎)