artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
鏡と穴──彫刻と写真の界面 vol.2 澤田育久
会期:2017/05/27~2017/07/01
gallery αM[東京都]
光田ゆりがキュレーションする連続展「鏡と穴──彫刻と写真の界面」の第2弾。前回の高木こずえ展も面白かったが、今回の澤田育久展もなかなかスリリングな展示だった。澤田は1970年、東京生まれ。金村修のワークショップに参加して本格的に写真家としての活動を開始し、現在は東京・神田神保町の写真ギャラリー「The White」を運営している。今回展示された「closed circuit」シリーズは、2012年11月~2012年10月に、1年間にわたって毎月1度個展を開催して発表したものである。
撮影されているのは、地下鉄の駅と思しき、白っぽい材料で覆い尽くされた無機質な空間である。「日常的に撮影できること」、「撮影場所をありふれた公共的な場所」に限定するという条件を課して撮影されたそれらの写真群は、ツルツルのプラスチック的な質感を持つペーパーに大きく引伸ばして出力され、壁に貼られたり、ワイヤーからクリップで吊り下げられたりして展示されていた。撮影、プリント、展示のプロセスは、きわめて的確に選択されており、現代日本における社会的、空間的な体験のあり方を見事に体現している。澤田の展示をきちんと見るのは今回が初めてだったが、思考力と実践力を備えたスケールの大きな才能の持ち主だと思う。
ワイヤーから吊り下げられた作品は、横幅が壁の作品の半分で、画面が二分割されてスリットが覗いている。そのために画像に微妙なズレが生じているのだが、「視線の移動に伴う対象同士の関係性の変化を通して撮影時の状況に似た体験を鑑賞者に与える」という展示の意図が、そこでも的確な視覚的効果として実現していた。
2017/06/16(金)(飯沢耕太郎)
新居上実「配置」
会期:2017/06/08~2017/07/02
Kanzan Gallery[東京都]
新居上実(にい・たかみつ)は1987年、岐阜県生まれ。2014年の第11回写真「1_WALL」展でファイナリストに選出されている。今回のKanzan Galleryでの個展には7点の作品が展示されているが、そのうち5点はバックライトフィルムにインクジェットプリンタで出力した写真を、ライトボックスにおさめて壁に掛けてある。ほかの2点は、オフセットで印刷した写真で、テーブルの上に重ねておき、観客が自由に持ち帰ることができるようになっていた。被写体は石、紙、スチロールなどの断片的、日常的な物体で、それらを机や床の上に直接置いたり、ビニールシートや布を敷いて並べたりしている。おおむねストレートな描写だが、写真を8枚モザイク状に置いて、それを複写した作品もあった。
とてもセンスのよい、よく考えられたインスタレーションで、作品化の手際も申し分ないのだが、どこか既視感を覚えるのは否めない。物体をランダムに配置して、デジタル変換を加えて味付けしていく「テーブル・マジック」的なアプローチが、すでにありふれたものになってきているということだろう。ここからもう一歩作業を進めていくための、具体的かつ必然性のあるアイデアがほしいところだ。なお、本展は菊田樹子がキュレーションする連続展「写真/空間」の2回目の展示だった。「写真の内と外に立ち現れる空間について考える」というコンセプトが、偶然ではあるが、ごく近い会場で開催中の「鏡と穴──彫刻と写真の界面」展と共通していたのが興味深かった。
2017/06/16(金)(飯沢耕太郎)
クエイ兄弟 ─ファントム・ミュージアム─
会期:2017/06/06~2017/07/23
渋谷区立松濤美術館[東京都]
米国出身で、現在はロンドンを拠点に幻想的な人形アニメーションを制作しているクエイ兄弟の作品を紹介する回顧展。1947年に米国ペンシルベニア州で生まれた一卵性双生児のスティーブン・クエイとティモシー・クエイの兄弟は、1965年にともにフィラデルフィア芸術大学(PCA)に進学し、イラストレーションを専攻。1969年に英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)に進学したときもイラストレーション専攻であった。PCA在学中よりすでに自主的にアニメーション映画を制作していたクエイ兄弟だが、1979年、RCAで映画を専攻した友人キース・グリフィス(1947-)の勧めで、英国映画協会より資金を得て、本格的に映画制作を始めた。今日まで、彼らはコマ撮りによる人形アニメーションと実写映画、そして両者を融合した作品を創り続けている。彼らに《ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋》(1984)というタイトルの作品があるように、東欧アニメーションなどの作品に影響を受けた、シュールで幻想的な作風が特徴だ。松濤美術館での展示は、初期のイラストレーションと、彼らがデコールと呼ぶ人形アニメーションの場面を再構成したボックス、これまでに制作した映像やインスタレーションのパネルによる紹介と、映像ダイジェスト版の上映で構成されている。また、兄弟が影響を受けたというポーランドのポスターも出品されている。展示の見所はやはりデコールの数々だろう。なかでも丸いレンズ越しに見る形式のそれらは、怪しい見世物小屋を覗き見るかのような印象を抱く作品だ。
ところで映像作品なら理解できなくもないのだが、イラストレーションやドローイングを彼らはどのように共同制作しているのだろうか。本展コーディネーターである株式会社イデッフ代表 柴田勢津子氏によれば、彼らはほんとうに二人で描いているとのことだ。なるほど、神奈川県立近代美術館<葉山館>で行なわれた公開制作の記録映像(https://youtu.be/LqNvm743qOI)を見ると、確かに、二人が、なにか打ち合わせるでもなく淡々と絵を仕上げてゆく様子が写っている。柴田氏の話では、映像作品においても兄弟のどちらが何をするという明確な役割分担があるわけではないのだという。さらに、これまで彼らは2週間以上離れていたことがないという話まで聞くと、一卵性双生児であるクエイ兄弟のあいだにはなにか言葉以外の不思議なコミュニケーションの手段が存在するのではないか、そして二人の存在自体が彼らの奇妙な作品の一部なのではないだろうかと思われてくる。
なお、映像作品に関しては、7月8日から28日まで、渋谷・イメージフォーラムで合計30作品が上映される。[新川徳彦]
2017/06/16(金)(SYNK)
Houxo Que「SHINE」
会期:2017/06/10~2017/06/25
ARTZONE[京都府]
Houxo Que(ホウコウ・キュウ)は東京を拠点に活動するアーティスト。グラフィティ・ライター、ライブ・ペインターとして活動を開始し、現代美術へと活動領域を広げてきた。本展は彼にとって関西初の個展である。作品は液晶ディスプレイの画面にペイントを施したシリーズ《16,777,216view》と、蛍光塗料とブラックライトを用いて現地制作した壁画《day and night》である。筆者の関心を捉えたのは前者だ。この作品は絵具自体の色彩はもちろん、液晶ディスプレイが色を変化させながら激しく明滅し、空間自体も照明がともった状態、落ちた状態、ブラックライトをともした状態と変化する。光がテーマなのは明らかだが、その光とは天然の陽光ではなく、街灯、デジタルサイネージ、パソコン、携帯電話など、われわれの日常を取り巻く人工の光なのである。絵画作品には描かれた時代の風景、風俗、価値観、そして光の捉え方が反映されている。ホウコォキュウの作品を見て、21世紀日本のリアルを感じたのは、私だけではあるまい。
2017/06/16(金)(小吹隆文)
舟越桂新作版画展 2017
会期:2017/06/10~2017/07/02
ギャラリー白川[京都府]
舟越桂が彫刻とともに制作し続けているのが銅版画である。彼は1989年にアメリカの版元から依頼を受けたのを機に版画制作を始め、以後3、4年ごとに新作を発表している。本展の会場であるギャラリー白川は、1989年から今日までの舟越版画をフォローしており、ファンのあいだでは定評のある画廊だ。本展ではメゾチントの新作6点と画廊コレクションを合わせた22点が展示された。舟越がメゾチントを手掛けるようになったのは前回の個展(2015)からだ。彼はメゾチントの彫りの感覚が木彫に近いと考えており、今後もこの技法で制作を続ける可能性が高い。それよりも本展で気になったのは、新作のなかにスフィンクスがいなかったことだ。長年にわたり舟越作品の主要なモチーフだったスフィンクスが描かれなかったのは、偶然なのか確信犯なのか。後者だとしたら、今後の彼の展開が楽しみだ。
2017/06/16(金)(小吹隆文)