artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
フィン・ユールとデンマークの椅子
会期:2022/07/23~2022/10/09
東京都美術館 ギャラリーA・B・C[東京都]
国連の世界幸福度報告で、近年、1位もしくは2位を占めているデンマーク。この国民の幸福度を向上させるのにひと役買ったとされるのが、デンマーク生活協同組合連合会(FDB)だ。日本にも同様の日本生活協同組合連合会(CO・OP)があるが、衣食住のうち、日本では食に対する取り組みが大きいのに比べ、デンマークでは住に対する取り組みを重視し、1942年から1980年代まで家具部門に当たるFDBモブラーが存在した。丈夫で、美しく、使い勝手が良いうえ、誰もが手にしやすい価格帯の家具を提供し、国民の生活レベルの向上を図ったのだ。その監修をコーア・クリントが担い、初代代表をボーエ・モーエンセンが務めたことでも知られている。
本展はそうしたデンマークの家具デザインの歴史と変遷から始まる。FDBモブラーについて私もある程度知っていたが、国の豊かさとは政策次第であることを改めて実感させられた。その政策が実を結び、世界でも「デザイン大国」と称賛されるまでに醸成したデンマークで、20世紀半ばに異彩を放ったのがフィン・ユールである。建築、インテリアデザイン、家具デザインの分野で活躍した彼は、もともと、美術史家を志していたという背景を持つ。それが影響しているのか、何とも美しい家具をたくさん生み出した。羽を広げたペリカンに喩えた「ペリカンチェア」がもっとも個性的で有名な椅子だが、それ以外はどれも一見、オーソドックスな家具に見える。しかし柔らかい丸みを帯びた座面や背もたれ、滑らかな曲線の肘掛け、ほっそりとした脚というように、「美は細部に宿る」ではないが、細部を見れば見るほどその美しさの理由がわかってくる。これほどの数のフィン・ユールの家具を一覧できる機会は珍しく、思わずうっとりとしてしまった。
また、本展の魅力は何と言っても最後の章「デンマーク・デザインを体験する」である。室内にさまざまな椅子が点在し、それぞれに自由に座ることができた。フィン・ユールの家具も見た目の美しさだけではない。座ると、しっとりと包まれる感覚を味わえる。加えて展示品の大半を占める「織田コレクション」のオーナーで、椅子研究者として有名な織田憲嗣のインタビューと自宅公開の映像も流れていて、なかなか興味深く視聴した。
公式サイト:https://www.tobikan.jp/finnjuhl/
2022/08/18(木)(杉江あこ)
Yui Takada with ori.studio CHAOTIC ORDER 髙田唯 混沌とした秩序
会期:2022/07/11~2022/08/25
ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]
本人の外見と生み出す作品とが一致しないクリエイターは多い。無骨な風貌の作家がとても繊細で美しい作品をつくり出すことはままあるが、グラフィックデザイナーの髙田唯はその逆だ。華奢で凛とした雰囲気に反して、どこか力の抜けた作品が多い。本展を観てますますそれを確信した。まず、会場1階で待ち受けるのは凧である。壁から天井にかけて、人の形を全面に記号的に描いた色とりどりの凧が網の目のように吊り下げられていた。「人と人とがつながり続ける世界」というメッセージがそこにはあるのだが、いかんせん手づくりの凧であるため、ゆるさを伴って伝わってくる。
地下1階にはさらに髙田唯ならではの「混沌とした」作品の数々が発表されていた。スポーツ新聞の記事や広告を小さく四角に切り取ったトリミング、駅や施設などで見られる黄と黒の縞模様のアテンションサインの写真、食品の成分表示の手書き模写など、さまざまなテーマのもとで収集や制作した結果や記録のようなものが並んでいた。彼は実験や観察を好むタイプなのだろう。街で自然発生している現象や人々の何気ない行為、痕跡を無視することができず、そこに人一倍の関心を寄せてしまう。もしかすると彼はそこにデザインの原初を見出そうとしているのではないか。
通常、専門教育を受けたり訓練を積んだりした人がプロのデザイナーとなるわけだが、非デザイナーでも人は身の回りのものを使いやすく加工したり、新たに何かをつくったりすることがある。プロではなくとも、そうした行為はデザインの一環と言える。髙田唯が着目するのは、そうした無意識や無作為の下で行なわれているデザインなのではないか。プロのデザイナーの目から見ると、そこに新たな発見や気づきがあるからこそ惹かれるのだろう。それは、どんなにプロとしての腕を磨いても決して到達できない未知の領域でもあるからだ。本展のタイトル「CHAOTIC ORDER」とは「混沌とした秩序」である。まさに混沌としていながらも、あるテーマで括ることで、そこに何らかの秩序が生まれるのを見て取れた。「混沌としたもの」への愛があるからこそできる試みだと痛感した。
公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000788
2022/07/15(金)(杉江あこ)
第24回亀倉雄策賞受賞記念 大貫卓也展「ヒロシマ」
会期:2022/07/12~2022/08/20
クリエイションギャラリーG8[東京都]
手に持って振ると、小さな容器の中で白い粉がふわっと舞い上がり、ゆっくりと落ちていくスノードーム。粉雪に喩えたその幻想的な景色を眺めることで、人々は幸せを静かに感じる。が、もしもそれが黒い粉だとしたら……? 白を黒に反転させるだけで幸福が不幸の象徴になる、その鮮やかな手法に舌を巻いた。
アートディレクターの大貫卓也がデザインした平和希求キャンペーンポスターおよび関連制作物「HIROSHIMA APPEALS 2021」が、第24回亀倉雄策賞を受賞した。私はこのポスター自体は昨年に見た覚えがあるのだが、受賞記念展である本展は想像以上に圧巻だった。会場の床一面に黒い粉が敷き詰められていて、ドームの中の景色を自らたどるような演出がなされていたのだ。「HIROSHIMA APPEALS(ヒロシマ・アピールズ)」は、日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)と広島国際文化財団、ヒロシマ平和創造基金が、核兵器廃絶や平和の尊さをグラフィックデザインを通して世界に呼びかける共同プロジェクトである。毎年、JAGDA会員ひとりが新しいポスター1点をボランティアで制作している。つまりこのポスターで描かれた黒い粉に喩えたものとは、原子爆弾が落とされた後に降ったとされる放射能を含んだ「黒い雨」である。あるいは投下直後に舞い上がった「キノコ雲」の煙かもしれない。そうした恐ろしい想像が頭を巡る。そしてドームの中で黒い粉を浴びるのは、平和の象徴である白い鳩だ。これほど明快で、強烈なメッセージがあるだろうか。さすが、広告業界で名を挙げたクリエイターらしい手腕であると痛感した。
しかも「HIROSHIMA APPEALS 2021」はポスターのみで完結しているわけではない。最新のAR技術を採用していて、スマートフォンをポスターにかざすことで黒い粉が舞い上がる映像を見ることもできる。「原子爆弾の脅威を今の若者へ歴史としてではなく、ライブ感をもって伝えること」が、希望のある未来を描くことになると考えたと大貫卓也はメッセージを寄せている。本展では奥の展示室で映像が紹介されており、音楽との相乗効果もあって迫力満点だった。数羽の白い鳩が優雅に舞いながら、こちらにどんどん近づいてくる。最後には画面に大きく映し出された鳩にじっと見つめられ、思わずたじろいてしまう。それは平和を脅かす人間に裁きを下すような顔にも見える。奇しくも世界的に核の脅威が再認識されている現在、このポスターの重みが増している。
公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/2207/2207.html
2022/07/15(金)(杉江あこ)
ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで
会期:2022/07/16~2022/10/16
東京都現代美術館[東京都]
「土地に痕跡を残さない建築をつくりたい」。本展を観ていてハッとした言葉がこれだった。ヴィトラから復刻家具が発売されるなど、ジャン・プルーヴェは現代においても世界的に人気の高いデザイナーのひとりである。もちろん家具のみならず、建築でもその手腕を発揮した人物であることは知っていたが、本展を観て改めて、そのものづくりへの独特な姿勢を痛感した。「家具をつくることと家を建てることに違いはない。実際、それらの材料、構造計算、スケッチはとても似通っている」という言葉が証明するように、プルーヴェにとって家具と建築との間に境はなかったようだ。つまり家具は小さな建築であるし、建築は大きな家具である。だからこそ、「土地に痕跡を残さない建築」という発想が生まれたのだろう。
実際にプルーヴェが設計した住宅のほとんどが、解体・移築が可能な建築物だった。しかも第二次世界大戦後、母国フランスの戦後復興計画の一環として複数のプレファブ住宅を考案したというから、住宅の工業化にいち早く目を付けていたことがわかる。戦中はレジスタンス運動に積極的に参加したという経歴からして、プルーヴェは庶民が安心して暮らせる住宅を大量に広めることに価値を置いていたのだろう。とはいえ、それは安かろう悪かろうの類ではない。人間工学に基づくシンプルで合理的で美しい形を追究し続け、それを独自の構造で成立させようと試みてきた。「構造の設計こそが建築の設計である」という根幹部分は建築も家具も同じで、そこにプルーヴェらしい美意識を見ることができる。
したがって家具のみならず建築物も同様に展示されていた本展は、非常に見応えがあった。地下2階の広い空間には《F 8×8 BCC組立式住宅》が建っており、中に入ることはできないが、上から横から眺めることができた。また《「メトロポール」住宅(プロトタイプ)》は「ポルティーク」と呼ばれる門型フレームの構造体とファサードが別々に展示されており、組立式住宅であることが強調されていた。建築の展示というと、どうしても図面や模型、写真などで紹介されることが多いが、こうして生の部材を目にすると迫力がある。おかげでプルーヴェの素材への執着や構造に対する探究心などを肌で感じることができた。
公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Jean_Prouve/
2022/07/15(金)(杉江あこ)
ミントデザインズ大百科:Mintpedia
会期:2022/06/08~2022/06/19
スパイラルガーデン[東京都]
ミントデザインズの展示を私が初めて観たのは、2009年のミラノサローネだったように思う。日本の合成繊維の未来を示唆する企画展で、メーカーやデザイナーらが大勢参加したなかにミントデザインズも名を連ねていた。彼らは熱可塑性の特徴を持った不織布を使い、理想的なバランスの美人顔やチンパンジーの顔に成形したマスクを発表していた。それは後に「to be someone」と名づけられ、彼らのコレクションとして製品化された。当時、この展示を観たときに私はいまひとつピンと来ていなかったのだが、コロナ禍になったいま、このユニークなマスクの先進性を改めて思い知った。皆の顔がどうせマスクで覆われるのなら、いっそのこと楽しく見える方が良い。「服には着る楽しみがありますが、それを見る人も楽しませるものであって欲しい」というのが、彼らが大切にしてきた視点だ。そんな遊び心がミントデザインズの作品には通底してある。
本展は今年で20周年を迎えるミントデザインズの仕事を紹介した展覧会だ。彼らがブランド設立当初に掲げたコンセプトは「プロダクトデザインとしての衣服」。それはトレンド(流行)ではなく、日常生活を豊かにする息の長い製品という意味である。衣服のデザインをプロダクトデザインと捉えるファッションデザイナーはたまにおり、私はそんなデザイナーらに共感を覚える。
プロダクトデザインと言い切る彼ららしく、本展ではデザインが生まれる背景にもスポットを当てていて興味深かった。道具やモックアップ、デザインスケッチなどが標本のように並んでいたほか、彼らへのインタビューや制作風景の一部を映像で見ることができた。なかでももっとも見応えがあったのは、ミントデザインズの特徴であるグラフィカルなオリジナルプリント生地を生産する工場で、実際に使用されている捺染用のシルクスクリーンの版が展示されていたことだ。その向かいの壁にはプリントドレスが整然と吊るされており、「この版でプリントされた生地がこんなドレスに!」と両者を照合することができ楽しかった。こうした展覧会を通して、衣服をデザインすることや生産することに興味を持つ人が少しでも増えるといいなと思う。
公式サイト:https://www.spiral.co.jp/topics/spiral-garden/20-mintpedia
2022/06/16(木)(杉江あこ)