artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

世界のブックデザイン 2021-22

会期:2022/12/10~2023/04/09

印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]

本展は、ドイツ・ライプチヒで毎年開かれる「世界で最も美しい本コンクール」の受賞図書をはじめ、その前哨戦である各国のブックデザインコンクールの受賞図書が一堂に会す展覧会である。書籍などの執筆・編集に携わる身としては、いつも多くの刺激をもらえるので楽しく観覧している。今年も痛感したのは、欧文のタイポグラフィの自由度だ。象形文字や表意文字をもつ日本や中国と違って、欧米諸国は表音文字しかもたない。したがって一つひとつの文字自体に意味がない代わりに、彼らは書体に意味を持たせる。日本では考えられないほど文字を大胆にレイアウトしてそのページに何かしらの意味を持たせるのも、もしかしてそのためではないかと想像する。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー


文字の扱いが大胆になると、写真の扱いも大胆になるのか。今年、私がもっとも目を引いた本は金賞受賞の『Met Stoelen』だ。これは「椅子」をテーマにしたオランダの学生作品で、まさに目から鱗が落ちるような写真のレイアウトに挑んでいた。同書の特徴は、椅子の写真を見開きで何ページにもわたり載せていることなのだが、これがひと癖ある手法になっていた。最初は右から左へとページを繰るかたちを取るのだが、途中から椅子の写真が90度傾いた状態で登場するため、読者は自然と本を90度傾け、上から下へとページを繰るかたちを取る。そこで気づくのは、片ページに椅子の背もたれ、もう片ページに椅子の座面が来るように写真がレイアウトされていることだ。つまり本を開いた時に垂直になる形態を生かし、写真でありながら椅子の立体性を再現したのだ。本は2Dであるとばかり思い込んでいたところ、綴じ目であるノドを上手く使えば、3Dにもなることに気づかされたブックデザインだった。

もうひとつ紹介したいのは、日本からの唯一の受賞作である銅賞受賞の藤子・F・不二雄『100年ドラえもん』である。豪華愛蔵版全45巻セットということで、とにかく豪華なつくりだった。まず、ドラえもんの道具のひとつである「タイムふろしき」に全巻が包まれているのが心憎い。ふろしきを解くと、15冊ずつ収まった三つの箱が現われる。箱の表面にはお馴染みのキャラクターたちが金の箔押しで描かれている。1冊1冊の本は小ぶりながらすべてハードカバーで、糸綴じで製本され、色鮮やかなシルクスクリーン印刷によって懐かしの漫画が蘇る。これは明らかに往年の大人のファンに向けたセットだろう。かつて廉価な少年漫画誌で連載された漫画が、まさかこんなにも豪華に生まれ変わり、世界で認められるとは。そのつくり手の気合に感服した作品だった。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー



公式サイト:https://www.printing-museum.org/collection/exhibition/g20221210.php


関連レビュー

世界のブックデザイン 2020-21|杉江あこ:artscapeレビュー(2022年02月15日号)

2023/01/21(土)(杉江あこ)

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How is Life? ─地球と生きるためのデザイン

会期:2022/10/21~2023/03/19

TOTOギャラリー・間[東京都]

経済思想・社会思想を専門とする斎藤幸平の著書『人新世の「資本論」』を一昨年あたりに読み、相当感化された私にとって、本展は大変に興味深い内容だった。いま、SDGsが叫ばれる世の中だが、本当にこれらの項目を実行するだけで地球環境を劇的に変えられるのだろうか。以前から薄々と感じていたそんな疑問に対し、同書は否と明確に答えを突き付けてくれた。本展もまた然りである。ライブラリーコーナーに「キュレーター会議で取り上げられた」という書籍が何冊か並んでいたのだが、現に、そのなかに同書も入っていたことに頷けた。

近代以降、人類は経済成長のための活動をずっと続けてきたが、さまざまな面で限界に達したいま、これ以上の成長を望むことは正しいのだろうか。そんな根本的な問いに対し、本展は「成長なき繁栄」という言葉で返す。そう、人類をはじめ地球上に棲むすべての生物がこの先も持続的に繁栄していくためには、経済成長を前提とする必要はもうないのだ。生産、消費、廃棄といった従来のサイクルで物事を捉えることを我々はいったん止め、皆が真に豊かになれる方向へ大きく転換しなければならない。そうした考えに基づいた草の根運動やプロジェクトが、いま、世界中で実践され始めているという。塚本由晴、千葉学、田根剛、セン・クアンといった第一線で活躍する建築家・建築史家4人がそれらの運動やプロジェクトを収集し紹介したのが本展だ。


展示風景 TOTOギャラリー・間 © Nacása & Partners Inc.


農業や林業、里山の仕組みを見直すといった類のプロジェクトも多く紹介されていたが、私がむしろ興味を引かれたのは都市のあり方である。特にパリをはじめ、ヨーロッパの都市が積極的に変わろうとしているのには好感を持てた。例えば車や鉄道に代わり、改めて着目されている移動手段は自転車だという。より人間に近いモビリティが求められているというわけだ。そこで問われるのが自転車道を優先した都市計画で、パリやチューリッヒなどではすでにそうした試みが始まっているという。


展示風景 TOTOギャラリー・間 © Nacása & Partners Inc.


結局、既成概念にとらわれていては何も変えられない。この危機的状況を脱するには、より柔軟な発想が必要となる。最後に観た作品「How to Settle on Earth」は、その点で非常に刺激的な内容だった。建築家・都市計画家のヨナ・フリードマンが「地球の再編成」をテーマに軽妙なイラストながらラディカルな提案をしていて、目が釘付けになった。地球および人類の未来のためには、もしかすると国境すらも取っ払う必要が出てくるのかもしれない。


公式サイト:https://jp.toto.com/gallerma/ex221021/

2023/01/21(土)(杉江あこ)

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「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」「クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ」

東京都現代美術館[東京]

夕方に東京都現代美術館に到着したため、「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」展は、映像作品をフルに鑑賞できず、その内容についてはあまりコメントできない(モダニズムの集合住宅をめぐる社会的な問題を扱う作品は興味深いものだった)。これは鑑賞に時間を要する映像系の展示の悩ましいところだが、会期中に再入場できるウェルカムバック券が出るようになっていた。感心したのは、映像を見せるための会場デザインがとても良かったこと。映像がメインになると、しばしば暗室が並んだり、空間がなくなってしまうこともあるが、ここでは相互に浸透する魅力的な空間が出現していた。特にデザイナーは明記されず、展覧会のチラシでは「これまでの代表的な5作品を、複数の視点と声が交差する舞台のような、ひとつのゆるやかなインスタレーションとして展示します」と書かれていたように、会場の構成も作家によるものだ。



「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」展 展示風景




「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」展 展示風景




「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」展 展示風景


パリ、上海、ロンドン、ニューヨークなど世界巡回した「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展は、館外の企画なのに、なんで会期が半年もあるのかと実は訝しがったが、実際に展示を鑑賞し、これだけ作り込んだものなら、それに見合う価値をもつと思わされた。一昨年は福岡で天神ビジネスセンターを完成させ、今年竣工する予定の虎ノ門ヒルズ ステーションタワーにも関わる、OMAの重松象平が、展覧会の空間デザインを担当しており、企画展とは思えない、常設並みの仕上がりになっていたからである。精度が高い鏡面を多用しつつ、複数のパターンの空間が展開しており、端的にいって、ものすごい費用がかかっているはずだ。近年は、安ければ良い、コスパばかりが求められるが、それだけがデザインの可能性ではない。ディオールに興味がなくとも、良い意味で桁違いにお金をかけると、正しく、ここまで徹底したディスプレイが可能になるのを体験するだけでも訪れるべき展覧会である。天井まで可燃に見えるような造作物で覆い、消防法など、どうやってクリアしたのだろうと思うエリアも存在した。(もちろん、東京オリンピック2020の開会式のように、大金をかけたはずなのに、ダメだったものは批判されるべきだ)高木由利子が撮影した写真も魅力的である。ゴージャスな夢の世界を演出する展覧会が、ディオールのブランド・イメージを上げることを目的としているなら、完全な成功と言えるだろう。



「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展 展示風景




「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展 展示風景




「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展 展示風景




「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展 展示風景


ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台

会期:2022年11月12日(土)〜2023年2月19日(日)

クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ

会期:2022年12月21日(水)~2023年5月28日(日)

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2022/12/25(日)(五十嵐太郎)

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百貨店展─夢と憧れの建築史

会期:2022/09/07~2023/02/12

高島屋史料館TOKYO 4階展示室[東京都]

1990年代、私が大阪に住んでいた頃、大丸心斎橋店といえばとても重厚な歴史的建造物だった。これを設計した建築家のヴォーリズは「メンソレータムの創業者(正しくは、メンソレータムを日本に輸入し広めたヴォーリズ合名会社の創立者のひとり)である」と、その豆情報が口々に伝えられていた。まるで西洋寺院のような荘厳な外観といい、きらびやかな装飾で覆われた天井やエレベーターホールといい、正直、ミナミにはもったいないほどの風貌を備えていた印象がある。2019年に建て替えられた際にも、ヴォーリズ建築の意匠が低層階の外観などに引き継がれたそうで、この建物がいかに心斎橋の顔として親しまれてきたのかを物語る。

本展は、日本の百貨店に建築の側面から切り込んだユニークな試みだ。大丸心斎橋店をはじめ、1931年創業当時の松屋浅草店、いまは現存しない1928年創業の白木屋日本橋店のファサード模型が会場に所狭しと並び、百貨店建築の特徴を伝えていた。振り返れば、百貨店の屋上にはいろいろな娯楽施設が存在した。遊園地のほか、驚いたのは動物園まで存在したことだ。日本橋高島屋の屋上動物園へ象がクレーンで持ち上げられる昔の記録映像を見て、その尋常ではない雰囲気が伝わった。また松屋浅草店の屋上遊園地はハリウッド映画のクライマックスシーンにも使われたそうで、米国から見ると、それは不思議な光景に映ったのだろう。


展示風景 高島屋史料館TOKYO 4階展示室[提供:高島屋史料館TOKYO]


そもそも日本の百貨店は、19世紀に欧州で生まれたデパートメントストアを手本にし、20世紀初頭から始まったものだ。知られているように、三越、高島屋、伊勢丹などの母体はいずれも呉服店だった。その後、鉄道会社が駅と直結した百貨店(ターミナルデパート)を生み、呉服店系と鉄道会社系の二系統で日本独自の発展を遂げていくことになる。実は呉服店系百貨店も資金援助を通じて駅との接続を図ったところが少なくないとのことで、鉄道や地下鉄の敷設とともに駅と直結するかたちで発展を遂げたのが、日本の百貨店の大きな特徴である。それは日本が、鉄道網が非常に発達した国である証拠だろう。ちなみに欧州発の百貨店に対し、米国発の商業施設はショッピングセンターである。百貨店は館全体の売上をベースに運営するのに対し、ショッピングセンターはテナントの家賃収入によって運営するのが大きな違いだ。そんな区別さえもいままで意識していなかったのだが、本展で改めて気づいた。百貨店にとってもっとも書き入れ時となる昨年末に、その歩みを興味深く眺めた。


展示風景 高島屋史料館TOKYO 4階展示室[提供:高島屋史料館TOKYO]



公式サイト:https://www.takashimaya.co.jp/shiryokan/tokyo/exhibition/

2022/12/23(金)(杉江あこ)

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宇野亞喜良 万華鏡

会期:2022/12/09~2023/01/31

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

竹久夢二といい、中原淳一といい、少女が憧れた“少女像”を描いた画家らはいずれも男性だった。宇野亞喜良もその流れを汲むイラストレーターなのかもしれない。現に宇野は子供の頃、自分の妹が購読していた中原淳一創刊の少女雑誌『それいゆ』の挿絵にとても憧れたと語っている。現代はジェンダーレスが叫ばれる時代のため、こんな観点は的外れなのかもしれないが、男性でも女性的な趣味や傾向、性格を併せ持つ人は結構いる。宇野は明らかにそのパターンだ。かつて私は本人にインタビューする機会があったのだが、非常に物腰の柔らかい紳士という印象だった。決してギラギラとした面がないのだ。「女性的なある感覚が自分のなかにあるのかもしれない」とその際、本人も語っていたように、かわいらしさや妖艶さ、耽美な雰囲気を漂わせる宇野が生み出した少女像は、本当に少女の視点を持って描かれているように思える。しかも昨年、宇野は米寿(88歳)を迎えたというから驚きだ。生涯にわたって独自の少女像を描き続ける、そのパワーに感心してやまない。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1階[写真:藤塚光政(提供:ギンザ・グラフィック・ギャラリー)]


さて、本展では最新の作品集『宇野亞喜良 Kaleidoscope』からピックアップされた原画をはじめ、俳句と少女をテーマにした作品シリーズ約20点が会場に並んだ。しかも1点1点を異なる特殊印刷で仕上げた面白い試みだった。新聞紙にシルクスクリーン印刷をした作品や、透明ビーズを付着させてモザイク画のような視覚効果を狙った作品、ラメ加工を施した作品、はたまた菓子の包み紙のようなホイルペーパーにシルクスクリーン印刷をした作品などどれも非常に凝っており、それは印刷実験の展覧会でもあった。その技巧を凝らした絵の中で、少女たちは相変わらずアンニュイな眼差しでこちらを見つめる。タイトルの「万華鏡」とはよく言ったもので、さまざまな姿へと七変化を見せる少女たちではあるが、決して間近に触れることはできない孤高さを持ち合わせているようにも見える。まだ東京では初雪を見ないが、できれば雪の降る日にもう一度眺めたくなる作品群だった。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1階[写真:藤塚光政(提供:ギンザ・グラフィック・ギャラリー)]



公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000813

2022/12/14(水)(杉江あこ)

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