artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
イサム・ノグチ 発見の道
会期:2021/04/24~2021/08/29(※)
東京都美術館[東京都]
香川県牟礼町のイサム・ノグチ庭園美術館を私が訪れたのは、もう十数年以上も前のことである。見学には事前に往復ハガキによる申し込みが必要で、入館してからは「写真撮影はいっさいNG」とずいぶん厳しい対応ではあったけれど、わざわざ足を運んだ甲斐があった。そのときに感じたのは、彫刻は設置される環境が重要ということである。庭やアトリエ、住居の至るところに鎮座する数々の彫刻はまさにそこに生きていた。「自然石と向き合っていると、石が話をはじめるのですよ。その声が聞こえたら、ちょっとだけ手助けしてあげるんです」とイサム・ノグチは語ったと建築家の磯崎新が明かしているが、その自然石ならではの生命力を強く感じたのだ。それから10年以上経った5年前、米国ニューヨークのイサム・ノグチ庭園美術館へも出張のついでに訪れることができたのだが、やはり同じように感じたことを覚えている。
この彫刻の活力を見せるという点において、本展は優れていた。これまでにも都内などで催されたイサム・ノグチの展覧会をいくつか観てきたが、ホワイトキューブの中に置かれた彫刻はどうにも居心地が悪そうに見えて仕方がなかったからだ。本展の「第1章 彫刻の宇宙」では、ノグチの代表作である光の彫刻「あかり」を150灯も吊るした大規模なインスタレーションが中央に配され、その周りや下を周回できるようになっていた。これを観た瞬間、こう来たか!とテンションが思わず上がった。明滅する「あかり」150灯の周囲には、ノグチの壮年から最晩年に至るまでの多様な作品が点在し、それらまでも不思議と生き生きとして見えた。
続く「第2章 かろみの世界」と「第3章 石の庭」でもそれは同様だった。全体がシンプルな3部構成で、いずれも広い空間に彫刻を点在させて周囲の照明を少し落としていたためか、解説を読んだり頭で考えたりするよりも心で感じることができたのである。ザラザラ、ツルツルとした石の豊かな地肌、いろいろな想像力を掻き立てる形、前から横から後ろから観たときに異なる印象……。こうした彫刻の純粋な姿に見入ることができた。実は緊急事態宣言が発令されて、本展は開始早々に一時休室に追い込まれてしまったが、そんな人々の心が病んでしまいかねないコロナ禍だからこそ、芸術の力が必要だ。奇しくも、ノグチは現代の我々に生きる勇気を与えてくれたように思う。
公式サイト:https://isamunoguchi.exhibit.jp
2021/06/01(火)(杉江あこ)
グラフィックトライアル2020─Baton─
会期:2021/04/24~2021/08/01(※)
印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]
トップクリエイターと凸版印刷とが協力し合い、新しい印刷表現を探る「グラフィックトライアル」。昨年のコロナ禍でいったん中止に追い込まれた同展だったが、1年越しで開催にこぎつけた。今回の参加クリエイターはグラフィックデザイナーの佐藤卓、美術家の野老朝雄、アートディレクターのアーロン・ニエ、同じくアートディレクターの上西祐理、凸版印刷フォトグラファーの市川知宏の5人で、オリンピックイヤーに相応しいクリエイターが加わっていたことも目玉である。
例えば佐藤卓が選んだ題材は「みそ汁」で、やはり生活に根差したデザイナーだなと実感する。みそ汁は和食の基本要素であり、ほぼ毎日、多くの人々が口にする身近な料理だ。佐藤がポスターづくりのヒントにしたのは、印刷所で「ヤレ」と呼ばれる損紙である。調整や確認のために何度も試し刷りされ、関係のない絵柄同士が刷り重ねられたヤレのビジュアルに得も言われぬ魅力を感じていたという佐藤は、そこにみそ汁のイメージを重ねた。まるで鍋にみそと具材を投げ込むように、紙面にみそと具材をレイアウトしたのだという。観ている方も、鍋の中を覗き込んでいるようなシズル感をともなう。佐藤はヤレのような刷り重ねを表現するべく、みそや具材1種ごとにCMYKの4版を刷るという手間をかけ、1枚のポスターにつき20刷以上を実施。さらにみそや具材の味わいや舌触りを想起させるかのごとく、印刷時の網点の細かさや形状を細かく設計し、ぬめりのある具材にはグロスニスを追加。また具材を鍋に投入する順番で刷り重ねるというユニークな試みをしており、本当に料理をするようにポスターづくりを楽しんだ様子が伺えた。
一方、東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムを制作したことで一躍有名になった野老朝雄は「REMARKS ON BLUE」と題し、青の印刷実験を行なった。これまで野老は徳島県で藍染を、佐賀県有田町で有田焼の呉須を素材にして青の研究を行なうなど、青への強いこだわりを持つ。今回、軸とした色はC100%、M86%、Y0%、K50%を掛け合わせた日本の伝統的な藍色だ(この藍色の数値の割り出し方にも絶妙な論理があって驚いた)。野老はこの藍色の濃度を100段階に分け、一つひとつをグリッドにして、それらを曼荼羅状に組み立てたポスターを制作。このビジュアルをもとに用紙やCMYKの刷り順を変えるなどさまざまな試みをしているのだが、なかでも直射日光を当て続けてCMYKの経年変化を調べた実験には興味を引かれた。青は褪色しづらいという知識は私の頭にもなんとなくあったが、それに対してYは72時間、Mは360時間直射日光を当て続けると色みが消えるという衝撃の結果が導き出されていた。つまり藍色のポスターは360時間でCとKを掛け合わせただけの青色のポスターへと変わってしまうのである。野老が青に惹かれるのは、この強さゆえだ。いずれも各クリエイターの個性が伺えるトライアルばかりで大変刺激的であった。
公式サイト:https://www.toppan.co.jp/biz/gainfo/graphictrial/2020/
2021/06/01(火)(杉江あこ)
「みみをすますように 酒井駒子」展
会期:2021/04/10~2021/07/04(※)
PLAY! MUSEUM[東京都]
誰しも経験があると思うが、大人から見ればくだらないものや些細なことでも、子どもにとってそれが特別なものに見えることがある。絵本作家の酒井駒子は、そんな子どもの目を通して見える密やかな世界を丁寧に描く。明るく愉快にではなく、静かにゆっくりと。もう何年も前、『金曜日の砂糖ちゃん』で私は初めて彼女の絵本を知ったのだが、そのとき、心をハッとつかまれた覚えがある。子ども向けの絵本はまさに明るく愉快に描かれることが多いが、自分自身を振り返ってみても、子どもだからといって毎日のすべてが明るく愉快であるはずがない。それは大人が押し付ける概念である。むしろ静かにゆっくりと、自分の内面(というか想像の世界)と向き合う時間が長かったような気がする。『金曜日の砂糖ちゃん』に収録された3作は、大人が望む子どもの無邪気さとは別のベクトルで、そんな子どもの内面がありのままに描かれているように感じた。
さて、本展は酒井駒子を特集した初めての展覧会である。彼女が実際に居を構える「山の家(アトリエ)」を彷彿とさせるような音や映像、そして無垢の杉材を使った額やケース、什器で会場が構成されていた。これまで刊行された絵本などのなかから厳選された約250点の原画が、形も大きさも高さもまちまちな額やケースに収められており、散策するように巡りながら覗き込んだり屈み込んだりして鑑賞した。彼女の原画を見るのは初めてだったのだが、画用紙だけでなくダンボールにまで描かれているのには驚いた。黒い絵具を下塗りした上に配色するという独自の技法が、彼女の絵の持ち味なのだが、ダンボールを画用紙代わりにすることで、さらに独特のざらつきが加わるようだ。そんな種明かしもあり、印刷では味わえない原画の生の迫力を十分に堪能できた。
本展を観た後、酒井駒子への興味が俄然と増してさまざまな絵本を手に取ってみた。やはり大人が読んでも心を動かされる作品が多い。なかでも歌人の穂村弘と共作した絵本『まばたき』は、シンプルゆえに力強く、最後の1ページを開いたときの衝撃は非常に忘れがたいものとなった。
公式サイト:https://play2020.jp/article/komako-sakai/
2021/06/01(火)(杉江あこ)
佐藤卓展 MILK
会期:2021/05/03~2021/05/15
巷房[東京都]
令和3年春の紫綬褒章を受賞したグラフィックデザイナーの佐藤卓。いまや、名実ともに日本のデザイン界を牽引する存在である。彼はさまざまな企業や団体のロゴマークやパッケージなどのデザインを請け負いながら、一方で積極的に展覧会にも携わる。21_21 DESIGN SIGHTの館長を務めていることでも知られるが、他所でも大なり小なりの展覧会ディレクションを頻繁に務めている。そんななかでも本展は毛色が少々違い、彼自身の個展とでも言うべき活動だった。
「MILK」というタイトルどおり、作品の題材は牛乳のパッケージデザインである(名前は伏せられているが、それは明らかに「明治おいしい牛乳」のパッケージデザインである)。私も2016〜17年に21_21 DESIGN SIGHTで開催された「デザインの解剖展」にテキスト執筆と編集で携わった身なので、この牛乳のパッケージデザインは非常に馴染み深い。デザインの視点で牛乳のパッケージを解剖していくうちに、アート的な要素を発見し試みたという主旨のようだ。パッケージをディテールまで正確に巨大化する手法は、佐藤の御家芸である。なぜ、巨大化するのか。それは普段、その商品を見慣れているはずなのに、実はあまりよく見ていないという消費者の行動や心理を指摘するためだ。パッケージを巨大化して展示することで、消費者は「この商品はこんな風につくられていたのか」と初めて知り得る。本展でもその手法を使いながら、しかし牛乳のパッケージの全体像をあえて見せず、注ぎ口や底面、角、さらには組み立て前の展開図を切り取って巨大化した。一部分を切り取ることで、そこにアートのような面白さが生まれたというわけだ。加えてパッケージに使用された紙材が細かく切り刻まれ、袋詰めにされたりボード状に固められていたりした。これらも解剖した末のアート化である。
前述した「デザインの解剖展」で、私は佐藤のディレクション下で仕事をした経験からわかったことだが、日頃から大量生産品のデザインに携わる彼は、世間一般に浸透する大量生産品にまつわるマイナスイメージに対してずっとジレンマを抱えてきた。おそらく誰よりも大量生産品への愛が深いデザイナーではないかと思う。そうした意味で、本展は牛乳のパッケージをアートに仕立てることで、大量生産品にもっとスポットが当たるようにしたかったのではないか。そんな思いが巡った展覧会であった。
株式会社TSDO:https://www.tsdo.jp/news.html
関連レビュー
佐藤卓展 MASS|杉江あこ:artscapeレビュー(2018年06月01日号)
2021/05/04(火)(杉江あこ)
「さいたま市民の日」記念企画展 第6回「世界盆栽の日」記念・「さいたま国際芸術祭 Since2020」コラボレーション展 ×須田悦弘・ミヤケマイ
会期:2021/04/23~2021/05/19
さいたま市大宮盆栽美術館[埼玉県]
本展は「さいたま国際芸術祭2020」招聘アーティストの作品とさいたま市大宮盆栽美術館が所蔵する盆栽とのコラボレーション展である。招聘アーティストは須田悦弘とミヤケマイの2人で、彼ら現代アーティストによって盆栽飾りがどのように変身するのかが見どころだった。恥ずかしながら、本展を観るまで私は盆栽に関してまったく知識がなかった。さいたま市に大宮盆栽村があることも、そこが日本一有名な盆栽産地であることも初めて知ったくらいである。したがって盆栽飾りを「席」と数えることや、普段、盆栽は屋外にあり、客をもてなすためにわずか数日間だけ屋内に入れて飾ることなども一から教わった。本展では須田が1席、ミヤケが7席の作品を発表。須田は盆栽ではなく、盆器とのコラボレーションを試みた。同館が所蔵する「均釉楕円鉢」という鮮やかで厚ぼったい青磁の鉢の底から、自身の彫刻作品である一輪の可憐な菫の花を“咲かせ”、そこに本物の生がないにもかかわらず、生き生きとした生命感を表現したのである。
対してミヤケは盆栽飾りや床飾りの伝統様式に則りながら、1席ごとに物語性のある作品をつくり上げた。盆栽飾りの基本は三点飾りである。三点とは掛軸、盆栽、添えもの(水石や小さな草もの盆栽)のことで、確かに三点が絶妙なバランスで配置された空間は黄金比的な美しさがあることを思い知った。そもそも彼女は日本の工芸品や茶事などに造詣が深く、床の間のしつらえに倣った作品をよく発表している。本展への参加が決まった際には「テンションが上がった」と明かす。そのため彼女の真骨頂とも言うべき作品群が本展では観られた。例えば最初の席では「ONE FOR ALL, ALL FOR ONE」という英語フレーズを刺繍したレース模様の草木染めの掛軸を掲げ、外来種のアメリカツタの盆栽と、伊達冠石の上に水晶玉のようなガラス玉を載せた水石を展示した。様式は伝統的でありながら、一つひとつの要素は洋物であり現代的である。この外し方が実に彼女らしい。「ONE FOR ALL, ALL FOR ONE」はラグビーワールドカップの盛り上がりにより有名になった言葉だが、彼女はこの言葉を現代のデジタル社会やコロナ禍と結びつけ、良くも悪くも個と世界との即時的なつながりを示唆する。ほかの席でも同様にユニークな外しとコンセプトを打ち出し、“新しい”盆栽飾りを披露してくれた。決してオーソドックスなスタイルではないが、私のように盆栽に無知な者に対しても門戸を開くにはアートは有効だ。その点で実に画期的なコラボレーション展であると感じた。
公式サイト:https://www.bonsai-art-museum.jp/ja/exhibition/exhibition-7167/
2021/04/25(日)(杉江あこ)