artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
甲斐啓二郎「手負いの熊」
会期:2016/10/04~2016/10/16
横田大輔とともに本年度の「写真の会賞」を受賞した甲斐啓二郎が、新作を含む19点で「手負いの熊」展を開催した。甲斐のメインテーマである、人類学的な視点で「スポーツ(ゲーム)の起源」を捉え直そうとする写真シリーズも、かなり厚みを増してきている。
今回の作品は長野県野沢温泉村で1月13日~15日に開催されている「道祖神祭り」のクライマックスとなる「火付け」の行事を、2013~15年の3回にわたって撮影したものだ。数え年で25歳になる若者たちが、社殿に火がついた松明を手に殺到する男たちを、体を張って守り続けるという行事である。例によって、甲斐は祭りの全体像を見渡すのではなく、男たちがぶつかり合う闘争の場面だけに焦点を絞って撮影している。特に今回は火という神話的な形象が効果的に使われているので、画面の緊張感がより高まり、「手負いの熊」と化した男たちの姿からは、なにか巨大な存在に立ち向かっている悲壮感すら漂ってくる。攻めよせる男衆が、荒ぶる自然そのものの象徴のようにも思えてくるのだ。
甲斐は日本だけでなく外国の祭礼も含めて、より大きなスケールのシリーズにまとめることを構想している。サッカーの発祥の地といわれるイングランドの村の行事を撮影した「Shrove Tuesday」(2013)に続いて、すでにジョージア(グルジア)での取材を済ませており、南米やアジアでの撮影も視野に入れているという。日本で撮影された写真群も含めて、それらをまとめて発表したり、写真集として刊行したりする目処をつけてほしいものだ。なお、展覧会に合わせて同名の写真集(デザイン・桝田健太郎)が刊行されている。
2016/10/14(金)(飯沢耕太郎)
黒田泰蔵 白磁 写真 造本 印刷
会期:2016/09/28~2016/10/30
光村グラフィック・ギャラリー[東京都]
白磁の作家・黒田泰蔵の自選作品集『黒田泰蔵 白磁』(求龍堂、2015年3月)は、轆轤でひいたシンプル、シンメトリカルな造形の作品を、写真家・大輪眞之が7年に渡ってモノクロームのフィルムで撮影し紙焼きした写真を収めたもので、主題は黒田泰蔵の白磁であるが、それと同時に白磁の美しさを捉えた写真集でもある。印刷はモノクロ画像を3版に分けたトリプルトーン(ニス版を加えると4版)。紙の地の色(ミセスB-Fスーパーホワイト)が磁器の白で、自然光で撮影された白磁の柔らかな階調を3種類の特色インクで表現している。編集、造本設計、アートディレクションは木下勝弘。ページのサイズは横228×縦285ミリ。これは大型カメラで使われる8×10や4×5フィルムや写真印画紙とほぼ同様の4対5の比率で、本自体が写真の紙焼きを束ねたようなイメージを目指しつつ、菊全判用紙サイズを最大限に生かすサイズとして決まったという。各ページにはグリッドを設定してテキストや写真を配置。器の中心線は常にページの中心に配置され、器を置いた木のテーブルのラインも基本的にすべてのページで同じ高さになっている(この高さもグリッドに沿っている)。製本には渋谷文泉閣が開発したクータ・バインディングが用いられている。並製本であるがノドまでしっかりと開いて閉じにくく、背が浮いているのでカバーを掛けなくても背が折れて汚くなったりしない。作品を際立たせる緻密なデザイン、印刷、製本で、本書は第57回全国カタログ展で国立印刷局理事長賞と左合ひとみ賞を受賞、第50回造本装幀コンクールでは審査員奨励賞を受賞している。
本展は光村印刷が手がけた同書の造本から印刷までのクリエイション、1冊の書籍が出来上がるまでのプロセスを見せる展覧会なのだが、展示内容はそれにとどまらない。「白磁 写真 造本 印刷」というタイトルが示すように、黒田泰蔵の白磁作品、大輪眞之による写真の展示もあり、作品が写真となり作品集となるまでのすべてを俯瞰することができる。デザインに関してはグリッドシステムなどの解説、印刷に関しては本番で用いられたトリプルトーン印刷以外に、ダブルトーンやプロセスカラー印刷、スクリーン線数や用紙を変えて印刷したサンプル、製本見本などを並べてその効果の違いが比較できるようになっている。内容の点でも、見せかたの点でもとても印象に残る展覧会だった。
もうひとつ特筆しておくべきは本展のためにつくられた解説冊子『黒田泰蔵 白磁 造本設計』だ。『黒田泰蔵 白磁』を縮小した4対5のフォーマット、同様のグリッドシステム、本文で用いられた4版にCMY版を加えた7版、、クータ・バインディング製本。30ページ超の小冊子だが凝りに凝っている。なお会期終了後も造本と印刷に関する展示は当面継続するそう。期間と開館日はホームページでチェックしてもらいたいとのことだ。[新川徳彦]
2016/10/11(火)(SYNK)
岡山芸術交流2016
会期:2016/10/09~2016/11/27
岡山市内各所[岡山県]
岡山城、岡山県庁、林原美術館など、岡山市内中心部の8会場ほかで行なわれている大型国際展覧会「岡山芸術交流2016」。去る9月15日に珍しく大阪でも記者発表が行なわれたが、その席で強調されたのは、いま日本国内で流行っている地域アートとは一線を画したハイエンドな芸術祭を目指すことと、今回のための委嘱作品が多数あるということだった。実際に現場に出向いてみると、委嘱か否かは別にして、見応えのある作品がいくつもあった。筆者が特に気に入ったのは、岡山県天神山文化プラザで展示されているサイモン・フジワラのインスタレーションと、林原美術館で複数の作品が見られるピエール・ユイグだ。また、旧後楽館天神校舎跡地で地元の中学生や新聞社と協同した新作を発表した下道基行も印象に残った。その一方で難解な作品もいくつかあったが、主催者の心意気を評価する筆者としては、これで良いと思う。参加作家は31組。少なく見えるが、大規模なインスタレーションが多数を占めるので、むしろ適正と言える。また、会場間の距離がさほど離れていないため移動が楽で、頑張れば1日でコンプリートできるのも良いと思った。最後に、今回のアーティスティック・ディレクターを務めたのは、美術家のリアム・ギリック。彼が掲げたテーマは「開発」だが、その意図を展示品から読み取るのは、筆者の知識では難しかった。
2016/10/09(日)(小吹隆文)
岡山芸術交流2016
会期:2016/10/09~2016/11/27
旧後楽館天神校舎跡地+岡山県天神山文化プラザ+岡山市立オリエント美術館ほか[岡山県]
各地で国際展や芸術祭が激増している。増えるのは悪いことではないが、問題は優れたアーティストやキュレーターは限られているので、被ってしまうこと。結果どこも同じような顔ぶれ、似たような作品が並ぶことになる。そもそも国際展や芸術祭はほかとの差異化を図り、独自性を打ち出さなければ意味ないのに、横並び体質の行政が主導するとどうしても均質化してしまうのだ。これでは見に行く気がしない。そんななか、ぜひ見に行きたいと思ったのが「岡山芸術交流」だ。なぜ見に行きたいかというと、まず第一に行政主導ではなく、岡山の実業家でコレクターの石川康晴氏が主導していること。第二に、そのためキュレーターもアーティストもほかとあまり被っておらず、独自性を発揮できていること。第三に、作品の多くはわかりやすい絵画や彫刻ではなく、見る者に「芸術とはなにか」を考えさせる広義のコンセプチュアルアートであることだ。だからとっつきにくいかもしれないが、近ごろの住人や観客にこびたようないわゆる「地域アート」よりずっといい。
参加作家は31組で、日本人は4人だけ。多少とも名を知られているアーティストはフィッシュリ&ヴァイス、ピエール・ユイグ、ジョーン・ジョナス、リクリット・ティラヴァーニャ、ローレンス・ウェイナー、眞島竜男、島袋道浩くらい。アーティスティックディレクターを務めるリアム・ギリックともども、大半が無名のアーティストなのだ。その姿勢は潔い。ただし出展作品は、アーティストが来日してつくった新作ばかりというわけにはいかず、3分の1は石川氏のコレクションから出ているという。じつは個人的に一番おもしろかったのは、これら旧作を使ったオリエント美術館での展示。モザイク画の隣に赤いミニマル絵画を展示したり(ロバート・バリー)、古代遺物の上方にパンダとネズミのぬいぐるみを吊るしたり(フィッシュリ&ヴァイス)、美術館側もよくやらせたもんだと感心する。ほかにも、銀色に輝く彫刻が駐車場跡地に軟着陸したようなライアン・ガンダーの《編集は高くつくので》や、武器としての弓が弦楽器の弓に変化していく過程を映像化した島袋の《弓から弓へ》が強い印象を残した。どちらもとぼけた外観の内に強いメッセージ性が読み取れる作品だ。やっぱり国際展=芸術祭はこうでなくっちゃ。
2016/10/08(土)(村田真)
アウラの行方
会期:2016/09/17~2016/10/08
CAS[大阪府]
藤井匡がキュレーションを行ない、國府理、冨井大裕、末永史尚の作品で構成された本展。テーマは美術の制度と場を再考することだが、筆者にとってそれは二の次だった。では何が一番なのか。國府理の映像作品《Natural Powered Vehicle》が見られたことだ。この作品には、古い国産軽自動車に帆を張った國府の作品が登場し、彼が自らハンドルを握って田舎道や海岸の砂浜を疾走する。その開放感、ロマンチシズムにグッときたのだ。また、筆者が初めて國府理と彼の作品に出会ったときの記憶もフラッシュバックした。企画の本筋とは無関係に感動しているのだから、キュレーターには申し訳ない限り。でも、たまにはこんな展覧会の見方があっても良いだろう。
2016/10/07(金)(小吹隆文)