artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
石川直樹『CORONA』

発行所:青土社
発行日:2010年12月20日
このところ、毎年年末になると石川直樹から立派なハードカバーの写真集が送られてくる。それとともに、「ああ、また木村伊兵衛写真賞の季節だな」と思うことになる。石川がここ数年、木村伊兵衛写真賞の最終候補に残っては落ち続けているのは周知の事実だろう。これまでの経歴、業績とも申し分なく、今後の写真界を担っていく期待の人材であることは誰しもが認めつつ、どういうわけか受賞を逃し続けている。もちろん、こういうことは文芸や美術の世界でもありがちなことで、ある賞に縁が遠いというか、選ばれないでいるうちにますます選びにくくなってしまうというのは珍しいことではない。そうなると本人も意地になってしまうわけで、石川の場合も「今年こそは」という思いが写真集作りのモチベーションを高めているのは間違いないだろう。それにしても、毎年ボルテージを落とさずに、力のこもった写真集を出し続けるエネルギーには脱帽するしかない。
というわけで、今年の『CORONA』はどうかといえば、残念ながら、僕が見る限りは絶対的な決め手は感じることができなかった。「ハワイ、ニュージーランド、イースター島を繋いだ三角圏」、その「ポリネシア・トライアングル」を10年にわたって旅して撮影してきた労作であることは認める。昨年の日本列島の成り立ちを探り直す『ARCHIPELAGO』(集英社)の延長上の仕事として、過不足のない出来栄えといえるだろう。だが、これはいつも感じることだが、写真の配置、構成、レイアウトにもう一つ説得力がない。スケールの大きな神話的なイメージと、旅の途中での日常的なスナップをシャッフルして繋いでいく手法は、これまでの写真集でも試みられたものだが、どうも雑駁でとりとめないように見えてしまうのだ。「これを見た」「これを見せたい」という集中力、緊張感を感じさせる写真の間に、それらを欠いた写真が挟み込まれることで、見る者を遠くへ、別な場所へ連れ去っていく力が決定的に弱まってしまう。
石川は一度立ち止まって、自分の写真、自分が見てきたもの、伝えたい事柄についてじっくりと熟考する時期に来ているのではないだろうか。もっと落ちついて、カメラをしっかりと構え、丁寧に撮影し、無駄な写真はカットし、イメージを精選してほしい。各写真にきちんとつけるべきキャプションが割愛されているのも、おざなりな印象を与えてしまう。既にキャリアのある写真家にこんなことを書くのは失礼だとは思うが、雑な撮り方、見せ方をしている写真が多すぎるのではないか。石川が今回、木村伊兵衛写真賞を受賞できるかどうかは僕にはわからない。だが、もし取れたとしても、取れなかったとしても、彼の行動力と構想力に対する期待感の大きさに変わりはない。納得できる写真集、写真展をぜひ見たいと思っている。
2010/12/25(土)(飯沢耕太郎)
京都写真展

会期:2010/12/21~2011/12/26
ギャラリーマロニエ[京都府]
京都在住の写真家たちを中心に、年末の京都で開催される「京都写真展」。今年は11回目を迎え、「時間論」をテーマに25人の写真家たちが出品している。出品作家はアイウエオ順に浅野裕尚、石原輝雄、市川信也、岩村隆昭、奥野政司、金井杜道、金澤徹、木下憲治、小池貴之、小杉憲之、後藤剛、ササダ貴絵、新治毅、杉浦正和、鈴鹿芳康、須田照子、中島諒、宮本タズ子、村中修、森岡誠、森川潔、安田雅和、矢野隆、薮内晴夫、山崎正文である。
ベテラン作家が多く、表現の水準が安定しているので、毎回安心して見ていられるのだがやや活気に乏しい印象があった。だが今回は意欲作が多く、なかなか充実した展覧会に仕上がっていた。前回までは「風景」がテーマだったのが、今回から「時間論」に変わったのが大きいのかもしれない。いうまでもなく、「時間」は写真の最大の表現要素の一つであり、発想がより多様な形に展開できる。今回の出品作にも、金井杜道や奥野政司のように過去に撮影した旅のスナップを再プリントする者もあれば、森岡誠のブレを活かした表現、鈴鹿芳康の合掌する僧侶の手のクローズアップのような、哲学的な解釈に走る者もいる。マン・レイの研究家としても知られる石原輝雄は、郵便物、絵葉書、書籍、シャンパンのコルク、自分自身の古い肖像写真を組み合わせた、興味深いインスタレーションを試みていた。来年以降も面白い展示が期待できそうだ。
なお、ほぼ同時期に、京都市内のギャラリーカト、ヤマモトギャラリー、同時代ギャラリー、ギャラリーマロニエでは「How are you, PHOTOGRAPHY?」
展が開催された。こちらは15回目、のべ参加人数は1500人を超えるという、年末恒例のグループ展である。出品作家は「京都写真展」とも重なっているが、より幅が広く、写真をはじめたばかりの初心者でも気楽に参加できる。こういうイベントが毎年途切れることなく続いているところに、京都という場所の文化的な懐の深さが感じられる。
2010/12/22(水)(飯沢耕太郎)
プレビュー:森村泰昌 なにものかへのレクイエム

会期:2011/01/18~2011/04/10
兵庫県立美術館[兵庫県]
2010年3月の東京都写真美術館を皮切りに、豊田市美術館、広島市現代美術館で開催されてきた本展が、最終巡回地の兵庫県立美術館にようやくやって来る。20世紀の歴史を彩った男たちに扮して、時代の核心に触れるような感覚で制作された写真、映像の数々が、広大な展示スペースを持つ兵庫県立美術館でどのように展示されるのかに注目したい。特に新作映像作品《海の幸・戦場の頂上の旗》は、かつてないほど雄弁に森村の芸術観が表明されている。彼の写真作品しか知らない人は是非見ておくべきだ。なお、兵庫県立美術館では本展に合わせて小企画展「『その他』のチカラ。──森村泰昌の小宇宙」を同時開催する。コレクターのO氏が収集した森村作品は、普通のコレクターでは入手しえないレアアイテムの宝庫。併せて観賞すれば、感動もひとしおである。
2010/12/20(月)(小吹隆文)
プレビュー:細江英公 写真展 花泥棒

会期:2011/01/08~2011/02/13
TANTOTEMPO[兵庫県]
写真家の細江英公が、下着デザイナーで画家、文筆家としても活躍した鴨井洋子とコラボして1966年に発表した写真作品から、34点を展覧。鴨井作の人形との不思議な旅を捉えた作品は、同年代に細江が発表した『薔薇刑』の高密度な耽美性とは別の、程よく力の抜けたユーモアと哀愁を漂わせる。会期後半の2/5には細江が来場してトークイベントを行なうほか、神戸ファッション美術館でも「抱擁」と「ルナ・ロッサ」シリーズから17点をチョイスした個展が同時開催される(1/27~2/8)。
2010/12/20(月)(小吹隆文)
大和田良「Wine Collection」

会期:2010/12/01~2011/12/25
エモン・フォトギャラリー[東京都]
4月から9月にかけてキヤノンギャラリー銀座をはじめ各地で開催された個展「Log」、写真論集『ノーツ・オン・フォトグラフィ』(リブロアルテ)の刊行など、2010年は大和田良にとって大きな飛躍の年だった。その最後の時期にエモン・フォトギャラリーで開催された「Wine Collection」展も、これまでの彼の仕事とはひと味違った領域に踏み出そうという意欲を感じさせる作品である。
スナップショットやポートレートを中心に制作してきた大和田が、今回は徹底した「抽象」の世界にチャレンジしている。赤~黒の微妙なグラデーションを浮かび上がらせる写真の展示は、一見カラーチャートを羅列したようだ。だがそれが、何種類ものヴィンテージワインを撮影したものだということがわかると、また別の思いが湧き上がってくる。ワインは特にヨーロッパの歴史において、重要な文化的な意味を担ってきた飲み物である。「キリストの血」がワインによって表象されるということだけでも、その深みと広がりがただ事ではないことがわかるだろう。そのワインを、純粋な色彩の表現としてとらえるために、大和田は実に巧みな操作を行なっている。ボトルに入った状態のワインを撮影し、後でそのデータからガラスの緑色を抜き取るというアイディアである。このような「手法」の開拓は、写真家が何か新たな領域に踏み込む時には必ず必要になってくることで、それを大和田はあまり気負うことなく軽やかにやってのけた。そのために、作品そのものも重苦しくなく、すっきりとした仕上がりになっている。
2010/12/18(土)(飯沢耕太郎)


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