artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

田代一倫 写真展 Hijack

会期:2009/03/10~2009/03/24

photographer's gallery[東京都]

1975年7月28日、羽田から千歳に向かっていた航空機が17歳の高校生に乗っ取られ、「ハワイに行け」と要求された事件をもとに、その犯人の足取りを追跡しながら撮影された写真。犯罪者の心の闇に立ち入ろうとする者は、過剰にロマンティックな思い入れを表出してしまいがちだが、田代の写真はそうした欲望を禁じているかのように、いたって中庸である。田代の写真が見せているのは、深い闇は決して特殊で異常な世界に隠されているのではなく、むしろ平板な世界の中のいたるところに広がっているということのように思えた。

2009/03/24(火)(福住廉)

今井久美 写真展「カムフラージュ」

会期:2009/03/24~2009/03/29

アートスペース虹[京都府]

制服姿の女子高生たちを真正面から撮影した写真シリーズを出品。画一的な制服と、流行の着こなしや携帯電話のストラップに見られるささやかな自己主張を通して、日本人の集団意識と個性の関係性が滲み出る。今井は、制服が欠点や自身のなさをカムフラージュしてくれる都合よさと、制服により自分の本音さえ見えないことにして生きている(ように見える)彼女たちに興味を覚えたのだという。制服を巡る相反・補完関係は女子高生に限った話ではないので、今後対象を広げていけば今より更に深みのあるテーマが見つけられるかもしれない。

2009/03/24(火)(小吹隆文)

本橋成一『バオバブの記憶』

発行所:平凡社

発行日:2009年3月10日

バオバブという樹にはとても思い入れがある。ご他聞に漏れず、僕もこの樹の存在を初めて知ったのは、サン=テグジュペリの『星の王子さま』だった。そこでは、惑星を破壊してしまう怖い樹として描かれているが、実際によく東アフリカに行くようになってバオバブを見ると、ずんぐりとした姿がどことなくユーモラスで愛嬌があって、すっかり好きになってしまった。雨季の終わり頃には、ぶらぶらと大きな実が風に揺れている、バオバブには「人が生まれた樹」という伝承もあるが、本当にその中に赤ん坊が入っていそうでもある。
本橋成一もバオバブにすっかり取り憑かれた一人で、35年前に仕事で滞在していたケニアで初めて出会って以来、マダガスカル、インド、オーストラリアなどでも撮影を続けてきた。今回はとうとう西アフリカのセネガルに長期滞在し、写真集だけでなく、同名の記録映画(渋谷・イメージフォーラム、ポレポレ東中野でロードショー上映)まで作ってしまった。どちらもモードゥという少年とその家族を中心に、バオバブの樹とともに生きる村の暮らしを丁寧に描いていて、味わい深い出来栄えである。僕のようなバオバブ好きにはたまらない作品だが、たとえ実際に見たことがない人でも共感できるのではないだろうか。われわれ日本人のなかにもある、「鎮守の森」を守り育てるようなアニミズム的な自然観に、バオバブの樹のどこか懐かしい佇まいはぴったりフィットするように感じるのだ。
なお、やはり「バオバブの記憶」と題された写真展も、東京・大崎のミツムラ・アート・プラザで開催(2009年3月9日~31日)された。写真集と同じ写真が並んでいるのだが、大伸ばしのクオリティがやや低いように感じた。デジタルプリントの精度が上がってきているので、逆にプリントの管理が甘いと目立ってしまう。

2009/03/24(火)(飯沢耕太郎)

ジェームズ・ウェリング「Notes on Color」

会期:2009/02/05~2009/03/14

WAKO WORKS OF ART[東京都]

東京都写真美術館から西新宿のWAKO WORKS OF ARTへ。ジェームズ・ウェリングの個展の最終日に間に合った。
ジェームズ・ウェリング(James Welling 1951~)はアメリカ・コネティカット州ハートフォード生まれ。カリフォルニア大学で学び、UCLAで教鞭をとっている写真家だが、作風はどこかヨーロッパ的だ。以前もカラー・フォトグラムや1920年代のノイエ・ザハリヒカイト風の作品を発表したりして、写真史を広く渉猟し、そのエッセンスを巧みに引用してくる。今回の「Notes on Color」のシリーズは、ジャンル的には建築写真ということになるだろうか。故郷のコネチカット州のフィリップ・ジョンソン邸というモダニズム建築を、きっちりと撮影している。ところが、画面の一部がカラー・フィルターでブルー、レッド、グリーンの三原色に処理されていたり、レンズのフレアによって虹のスペクトラムのような光が舞っていたりして、とても不思議な味わいの作品に仕上がっていた。
彼が何を考えているのか、作品からはよくわからないところがあるが、その画像処理のセンスのよさにはいつも感心してしまう。網膜を柔らかくマッサージしてくれる光と色の触感が、たまらなく気持ちがいいのだ。理屈抜きに(理屈はあるのだろうが)、それだけを愉しむだけでもいいような気がしてくる。別室に展示されていた、ネットのようなものをトルソに見立てたフォトグラム作品も、繊細な質感がうっとりするくらいに快い刺激を与えてくれる。

2009/03/14(土)(飯沢耕太郎)

夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史II 中部・近畿・中国地方編

会期:2009/03/07~2009/05/10

東京都写真美術館 3F展示室[東京都]

一昨年の「関東編」に続いて開催された「知られざる日本写真開拓史」の第2弾。今回は「中部・近畿・中国地方編」ということで、各地の大学、教育委員会、郷土資料館などをしらみつぶしに調査し、あらためて見出された所蔵古写真を大盤振る舞いで展示している。今回は展示の全体を「であい」「まなび」「ひろがり(名所と風景、肖像写真、公的記録)」の三部構成とし、1860(万延元)年の遣米使節団に随行した野々村忠実を撮影したダゲレオタイプ写真からはじまって、こんなものもあったのかと何度も驚かされた。なかなか充実したいい展示である。
内田九一撮影の明治天皇と美子皇后の「御真影」、福井の蘭方医、笠原白翁が製作した「堆朱カメラ」など、やはり実物で見ると面白さのレベルが違ってくる。古写真マニアだけでなく一般の人たちにとっても、写真がこんなふうに日本の社会に定着していったのだということがよくわかる貴重な機会になるだろう。個人的には、1891年の濃尾大地震の直後に撮影された彩色記録写真(日本大学芸術学部蔵)のシャープでクオリティの高い映像に驚嘆させられた。紙のようにひしゃげた家、被災現場に呆然と佇む人々など、関東大震災、阪神・淡路大震災などのドキュメンタリーに通じるものがある。
この展覧会シリーズはいつも楽しみにしているのだが、「夜明けまえ」というタイトルがちょっと気になる。幕末から明治にかけては、写真が新しいメディアとして颯爽と登場し、最も輝きを放っていた時代のようにも思えるのだ。英語のタイトルは「Dawn of Japanese Photography」なのだから、すんなり「日本写真の夜明け」でもよかったのではないだろうか。

2009/03/14(土)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00000858.json s 1202809