2018年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

渡辺眸「東大全共闘1968-1969 続 封鎖の内側」

会期:2018/07/13~2018/08/04

nap gallery[東京都]

渡辺眸が全共闘の学生によって封鎖されていた東京大学安田講堂のバリケード内で撮影した写真集『東大全共闘1968-1969』(新潮社、2007)が、角川ソフィア文庫から未発表作品も含めて復刊された。今回のnap galleryでの個展はその出版に合わせてのもので、これまでの同テーマの展覧会では最多の、40点以上が出品されていた。

あらためて渡辺の写真を見直して、この「東大全共闘」のシリーズは、むろんあの激動の時代の貴重な記録として重要だが、それ以上に彼女の独特の眼差しの質を体現した写真群であると感じた。写真のなかには、渡辺の友人の夫だった元・東大全共闘代表の山本義隆をはじめとして、闘争中の学生たちの姿が数多く写り込んでいる。だが、むしろ目につくのは、彼らの周辺に散乱し、増殖していくモノたちの様相である。謄写版、ヘルメット、旗、壁や床を引き剥がした瓦礫、バリケードの材料として使用された机や椅子──渡辺はそれらのモノたちの感触を確かめるように、ゆっくりと視線を移動させ、そのたたずまいを丁寧に写しとっていく。結果として、東大全共闘がもくろんでいたのが、政治体制だけではなくモノや風景の秩序に対する叛乱でもあったことが、写真から確実に伝わってきた。

渡辺のそのユニークな視点を可能としたのは、彼女が観念的にではなく、あくまでも身体的、生理的な反応としてシャッターを切っていたからだろう。一見、非日常的に思えるバリケードのなかにも、多様で豊かな日常の光景が広がっていたことを、渡辺の写真を見ながら追体験することができた。

2018/08/03(金)(飯沢耕太郎)

杉浦邦恵「うつくしい実験 ニューヨークとの50年」

会期:2018/07/24~2018/09/24

東京都写真美術館2階展示室[東京都]

1942年、名古屋生まれの杉浦邦恵は、1963年にお茶の水女子大学物理学科を中退して渡米し、シカゴ美術館付属のシカゴ・アート・インスティテュートに入学する。杉浦が師事したケネス・ジョセフソンはインスティテュート・オブ・デザイン(ニュー・バウハウスの後身)でハリー・キャラハンやアーロン・シスキンに学んだ実験的なスタイルの写真家であった。杉浦は彼の影響を受けて室内のヌードモデルを魚眼レンズで撮影し、フォトモンタージュなどの技法を駆使して画面に構成した写真作品「孤(Cko)」を制作する。1967年には、シカゴからニューヨークに移転し、カンヴァスに感光乳剤を塗って写真を焼き付け、アクリル絵具による抽象的なドローイングと合体した、「フォトカンヴァス」のシリーズを制作・発表するようになった。

杉浦の代表作といえば、1980年代以降に制作し始めた「フォトグラム」作品を思い浮かべる。だが、日本での最初の本格的な回顧展となる今回の「うつくしい実験」展を見て、シカゴ時代、あるいはニューヨーク時代の初期に制作された「孤」や「フォトカンヴァス」のシリーズが、じつにみずみずしく、魅力的な作品であることに気づいた。たしかに、コンセプトを重視する「シカゴ派」の写真作品や、当時流行していたポップ・アートの影響は感じられる。だが、若い日本人女性アーティストが、身の回りの事象に好奇心のアンテナを伸ばし、作品化していくプロセスがしっかりと組み込まれていることで、共感を呼ぶ作品として成立していた。

そのような、のびやかで流動的な作品づくりの流儀は「フォトグラム」作品にもそのまま活かされている。そこから、飼い猫が暗室内の印画紙の上で戯れる様子をそのまま定着した《子猫の書類》(1992)のようなユニークな発想の作品も生まれてきた。1999年以降に制作された「アーティスト、科学者」のシリーズでも、モデルとの親密な関係をベースにしながら、即興的に画面を組み上げていくやり方をいきいきと実践していった。

50年以上にわたるシカゴ、ニューヨークでの生活に根ざした杉浦の作品世界は、ほかの追随を許さない領域に達している。だが、それらは孤高の高みというよりは、親しみやすく、とてもオープンな印象を与える。2009年から日本各地で撮影されているという「DGフォトカンバス」のシリーズを含めて、その柔らかな感受性は、これから先も写真という表現メディアの特性を活かして、さまざまな方向に伸び広がっていきそうだ。

2018/08/02(木)(飯沢耕太郎)

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宇田川直寛「パイプちゃん、人々ちゃん」

会期:2018/07/18~2018/08/10

ガーディアン・ガーデン[東京都]

とても刺激的で面白い展示だった。宇田川直寛は2013年の第8回写真「1_WALL」展のファイナリストで、今回は同展のグランプリ受賞者以外の作家による「The Second Stage at GG」の枠での展覧会である。にもかかわらず、本展は「写真展」ではない。宇田川は、「写真家と名乗る俺」がよく撮影する「パイプちゃん」(鉄パイプ)という被写体の意味、またそれを作品化するというのはどういうことなのかを問い詰め、あえて写真作品を展示しないやり方を取ることにしたのだ。

会場に並んでいるのは、「観測者」である「人々ちゃん」たちに、パイプを取り扱う「ルール」を考えてもらい、その「ルール」に従って制作している過程を彼が撮影した映像を流す10台のモニター、実際に制作作業に使用した平台(彼のアトリエに常備してある)、「人々ちゃん」たちがつくったルールを別の第三者に伝え、それに従って石膏やパイプで再制作してもらった作品などである。「ベニヤ板と単管パイプ」という基本的な組み合わせが、「木の枝と石、ラップとクランプ」、「長い草と短い草」という具合に読み替えられ、最後はルールづくりのコミュニケーションのあり方を問題にして、電話による指示を聞きながら作業するという段階にまで至る。作品制作のプロセスそのものがテーマなのだから、できあがった「作品」は見せる必要がないし、写真による記録も視点の固定化を促すという理由で潔癖に排除されている。宇田川の思考と実践の往復運動が、会場構成にもよくあらわれていて、とても見応えのある展示が実現していた。

だが、今回の試みの最大の弱点は、作品の重要なファクターである「人々ちゃん」が、宇田川の周囲の、コミュニケーションしやすい仲間たちに限定されていることだろう。そうなると、次に何が出てくるかわからないスリリングな展開はあまり期待できなくなる。もっと異質な「人々ちゃん」──例えば子ども、外国人、障がい者などにも作品制作のプロセスを開いていくことで、「パイプちゃん」の変容はより加速するのではないだろうか。

2018/08/01(水)(飯沢耕太郎)

山田實「きよら生まり島──おきなわ」

会期:2018/07/17~2018/07/30

ニコンサロン新宿 THE GALLERY1[東京都]

山田實は1918年、兵庫県生まれ。1920年に一家で故郷の沖縄に戻り、以後、中国大陸で終戦を迎え、シベリアに抑留された1941~53年を除いては、那覇で暮らして続けてきた。2017年に惜しくも亡くなったが、存命ならば100歳ということで、その「生誕100年」を記念して開催されたのが本展である。

山田は沖縄に帰った1953年から那覇で山田實写真機店を営み、沖縄写真界の中心人物のひとりとなった。東松照明をはじめとして、「内地」の写真家が沖縄を訪れたときに、さまざまなかたちで便宜を図ることも多かった。その傍ら、アメリカ軍統治時代から本土復帰に至る沖縄の人や暮らしを丹念に撮影し、厚みのある写真群を残した。今回展示された、金子隆一のセレクトによる1950~60年代のスナップ写真40点を見ると、山田のしなやかだが強靭な眼差しの質がくっきりと浮かび上がってくる。どの写真を見ても、被写体を細部までしっかりと観察しながら撮影しているているのがわかる。例えば少女がコカコーラのマークが入っている缶で水浴びをしている写真があるが、山田は明らかにそこに目をつけてシャッターを切っている。一見穏やかな作風だが、じっくりと見ていくと、沖縄の社会的状況に対する怒りや哀しみが、じわじわと滲み出てくるような写真が多い。

山田を含めた沖縄の写真家たちの系譜を、きちんと辿り直す写真展をぜひ見てみたい。そろそろ、どこかの美術館がきちんと企画するべきではないだろうか。

2018/07/21(土)(飯沢耕太郎)

内倉真一郎「十一月の星」

会期:2018/07/13~2018/08/04

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

東京・広尾のEMON PHOTO GALLERYが主宰するEMON PHOTO AWARDも回を重ね、昨年第7回目を迎えた。今回開催された内倉真一郎の個展は、そのグランプリ受賞の記念展である。どちらかといえば現代美術寄りの作品が目立っていたEMON PHOTO AWARDの受賞作だが、今回の内倉の「十一月の星」は、モノクロームの正統派の写真作品である。僕も審査員のひとりだったのだが、受賞が決定したとき、彼の写真のやや古風なたたずまいが、ギャラリーのスペースにうまくフィットするかどうかがやや心配だった。だが、結果的には、応募作よりもひと回り作品のスケールが大きくなるとともに、ギャラリーの空間構成にあわせて弓形に作品を吊り下げるインスタレーションもうまく決まって、見応えのある展示になっていた。

内倉は 1981年、宮崎県生まれ。今回の展示のテーマは2016年の第一子の誕生である。ともすれば紋切り型な解釈に陥りがちな被写体ではあるが、クローズアップを多用してストレートな表現を心がけ、赤ん坊の生命力の根源に迫ろうとしている。審査の時点では、テンションの高い写真が多く、やや押し付けがましく感じるところもあった。だが、展示では植物や風景のイメージをうまく配して表現を和らげている。また妊娠中の妻の写真を加えたことで、シリーズとしての膨らみも生じてきた。

とはいえ、この作品は文字通りのスタートラインだと思う。新たなテーマにもチャレンジすることで、作品世界のさらなる展開を期待したい。

2018/07/19(木)(飯沢耕太郎)

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