2018年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

鼻崎裕介「City Light」

会期:2018/07/10~2018/07/21

ふげん社[東京都]

ふげん社から鼻崎裕介の新しい写真集『City Light』が刊行されたのに合わせて、ギャラリースペースで写真展が開催された。写真集の内容を的確に紹介するとともに、壁面に校正刷りを貼り付ける工夫もあって、すっきりと、よくまとまった展示を実現していた。

鼻崎は1982年、和歌山県出身で、2007年に東京ビジュアルアーツ卒業後、東京・四谷のギャラリーニエプスに参加して活動を続けている。作風はまさにオーソドックスなストリート・スナップというべきだろう。一番近いのは、日本のカラー写真のスナップの先駆である牛腸茂雄の『見慣れた街の中で』(1981)である。被写体を路上で捕捉する距離感の設定の仕方、色(特に赤と黄色)に対する素早い反応、光よりは「翳り」に引き寄せられていくようなカメラワークなど、牛腸と共通する要素が多い。表紙に双子の写真が使われていることも、牛腸のもう一つの代表作『SELF AND OTHERS』(1977)を連想させる。ただこのままだと、牛腸を含む「コンポラ写真」の焼き直しに終わってしまいそうだ。日本の写真家たちが築きあげてきた、ストリート・スナップのオーソドキシーを踏まえつつ、そこからどう出ていくかが今後の課題になるのではないだろうか。

鼻崎は和歌山県田辺市の出身だと聞いた。東京や大阪のような都会の路上ではなく、田辺のような独特の風土性を持つ場所にこだわってみるのもいいかもしれない。「路上の経験」をもっと多様な方向に開いていくべきだろう。

2018/07/19(木)(飯沢耕太郎)

平林達也「白い花(Desire is cause of all thing)」

会期:2018/07/18~2018/07/24

銀座ニコンサロン[東京都]

1961年、東京生まれの平林達也の新作「白い花」も、「ピクトリアリズム」の美意識を取り込んだ作品である。こちらは、大正から昭和初期にかけて、日本の「芸術写真」の主流となった「ベス単派」の再現というべき写真が並ぶ。大正初年から日本に輸入された単玉レンズ付きのヴェスト・ポケット・コダック・カメラは、比較的値段が安かったのと、絞りを開放にするとソフトフォーカスの画面になることで、当時のアマチュア写真家たちが「芸術写真」を制作するのに好んで使用した。高山正隆、山本牧彦、渡辺淳、塩谷定好らの作品は、彼らの理論的な指導者であった中島謙吉が「情緒、気分、想念、さうした抽象的の感覚」と称した高度な作画意識を繊細なテクニックで実現しており、近年、国内外で再評価の機運が高まっている。

平林は、その「ベス単派」へのオマージュをこめて、キヨハラ製のソフトフォーカスレンズを使った作品を構想した。花、森、女性、水などの被写体もほぼ共通しているのだが、単なる懐古趣味や絵空事に終わらないリアリティを感じる。それは、もともと平林の関心が、「あらゆる生命の根本的な命題」である「欲望と環境」に向けられているからだろう。つまり「ベス単派」の作品よりも、より生々しい、切実さを感じさせる写真が並んでいるのだ。平林は東海大学卒業後の1984年にドイに入社し、2003年には銀塩写真のプリントに定評があるフォトグラファーズ・ラボラトリーを設立した。銀塩写真の暗室作業は、その意味で、彼にとってほかに代えがたい作品制作のプロセスといえる。特に今回の展示作品には、黒の締まりと光の滲みとを両立させるために、高度なプリントのテクニックが活用されていた。

なお、展覧会にあわせてUI出版から同名の写真集(装丁・長尾敦子)が刊行された。本展は8月23日~8月29日に大阪ニコンサロンに巡回する。

2018/07/18(水)(飯沢耕太郎)

織作峰子「恒久と遷移の美を求めて」

会期:2018/07/13~2018/07/22

和光ホール[東京都]

デジタル化の進行とともに、新たな「ピクトリアリズム」が可能になってきている。「ピクトリアリズム」というのは、19世紀末から20世紀初頭にかけて写真家たちを魅了した絵画的な写真表現のスタイルだが、デジタルプリントの合成や加工が簡単にできるようになったことで、画面を自らの美意識にあわせてほぼ完璧に整えていくことが可能になった。だが、その手の画像変換は、ともすれば安手で陳腐なものになりがちだ。織作峰子の今回の個展では、技術的にも内容的にも、デジタル時代の「ピクトリアリズム」の方向性を指し示す高度な表現として成立していた。

技術的には、金、銀、プラチナなどの箔の上に、レーザープリンタを使用して直接画像を載せていく手際が見事である。インクを箔と馴染ませるため、まず画像と同じ大きさの白地を引いて、その上にプリントするという手法を使っているという。内容的にいえば、日本画を思わせる花、樹木、花火などの主題が、無理なく画面に溶け込んでいる。4曲の屏風仕立ての「落合の醍醐桜」では、ブレを活かした画像をシンメトリカルに展開することで、写真特有の偶然性を取り込んでいくという工夫も見られた。花火を撮影した画像を、アクリル板にずらしながら重ね合わせて、「写真彫刻」として見せるやり方も面白い。小さくまとまりがちな「ピクトリアリズム」を、現代の映像表現としてよりダイナミックに開いていくことで、「恒久と遷移の美」をさらに先まで追い求めていってほしい。被写体の幅をもう少し広げることも(例えば人体など)考えていいのではないだろうか。

2018/07/17(火)(飯沢耕太郎)

石原友明「三十四光年」

会期:2018/07/14~2018/08/12

MEM[東京都]

石原友明は京都市立芸術大学卒業後の1980年代に、裸体のセルフポートレート写真を、紡錘形のキャンバスに感光乳剤で焼き付け、ペインティングを加えた立体作品を発表し始める。今回のMEMの展示では、そのなかの一作である「約束Ⅴ」(1985)、が背景のブルーの布も含めて再現された。ほかに、それらのセルフポートレート作品の元になったネガからあらためてプリントした印画、60点も展示していた。

石原のセルフポートレートは、「ものを身体化すること、身体をイメージ化すること、イメージをもの化すること、を繰り返すひとつのプロセス」として制作されている。初期の細身の体にカメラを向けた作品は、ナルシスティックにも見えなくはない。だが、そこに自己探求を突き詰めていく、クリティカルな眼差しが貫かれていることを見落としてはならないだろう。1980年代のネガを34年後に再プリントするという今回の試みは、老年にさしかかりつつある現在の彼の身体のありようと、かつてのそれとを対比しようという意図も含んでいるのではないかと思う。

もうひとつ、石原が今回「長年放置していた古いネガの整理」に取り組み始めたのは、「日に日に白黒写真の材料が手に入りにくくなって」いることに気づいたためだという。確かに石原に限らず、白黒の銀塩写真を使って仕事をしてきた写真家たちにとって、写真機材の枯渇は大きな問題になりつつある。デジタル化でカバーできない領域が出てくるのは当然のことだが、手をこまねいているわけにもいかない。なんとか安定供給のルートを確保することはできないのだろうか。

2018/07/15(日)(飯沢耕太郎)

安珠「ビューティフル トゥモロウ 少年少女の世界」

会期:2018/07/11~2018/08/28

キヤノンギャラリーS[東京都]

1980年代にパリコレ・モデルとして活動した後、写真家に転身した安珠。彼女の本格的な写真展は、これまであまり開催されてこなかったのだが、今回のキヤノンギャラリーSの展示を見て、写真家としての力量を再認識した。

「少年少女の世界」は安珠の原点というべき作品群で、1990年代に『サーカスの少年』(1990)、『少女の行方』(1991)、『星をめぐる少年』(1993)、『眠らない夢』(1996)の「4部作」を刊行している。今回の展覧会では、その4冊の写真集からピックアップした作品をそれぞれの小部屋に分けて展示しており、ピンクを基調とした壁面構成、フランスの写真家、ベルナール・フォコンのマネキン人形のコレクションを使ったインスタレーションなど、細部までよく練り上げられていた。こうしてみると、安珠が日本ではむしろ珍しい演劇的な構想力を備えた写真家であり、物語世界を組み上げていく才能に恵まれていることがよくわかる。植田正治や細江英公、あるいは近年国際的に再評価の機運が高まっている山本悍右などを除いては、日本の写真家たちが演劇的なスタイルの写真を発表すると、うまくフィットせず、どこか白々しい気分になってしまうことが多い。撮る側と撮られる側の両方の立場を経験している安珠はその数少ない例外なので、これらの演出写真の水脈が2000年代以降に中断しているのは、とてももったいないと思う。

会場には旧作のほかに。老人と少年を同じポーズで撮影した90年代の未発表作「ジャネーの法則」や、ピンク色の紙の繊維を透かして写真を見るようにセットされた「蝶の囁き」など、意欲的な新作も出品されていた。彼女のフォト・ストーリーの新たな展開をぜひ見てみたい。

2018/07/11(水)(飯沢耕太郎)

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