2019年03月15日号
次回4月3日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

陳春祿「収蔵童年」

会期:2019/02/06~2019/02/19

銀座ニコンサロン[東京都]

陳春祿(Chen Chun Lu)は1956年、台湾・台南市の出身。1983~85年に日本に留学して東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)で学び、卒業後にカラー現像所で3年ほど働いた後、台湾に戻って、自らのカラー現像所を設立・運営してきた。今回の銀座ニコンサロンの個展では、彼が5歳だった1960年の頃の幼年時代の記憶を辿り、写真にドローイング、モンタージュなどの手法を加えて作品化している。

陳の少年時代の台湾は「蒋介石政府による高圧的な統治下」にあり、政治的には混乱と閉塞感が強まっていた。だが、一方では経済的には復興が進み、映画や音楽など台湾独自の文化も育っていった。陳の作品は、古い家族写真、写真館の着色肖像写真、映画のポスター、歌舞団(レビュー)の踊り子たちのブロマイド写真などに、小学校、遊園地、動物園、田舎への遠足などの写真を合わせてちりばめ、曼荼羅を思わせる精細で華麗なイメージのタペストリーを織り上げたものである。

デジタル化以降の写真家たちにとって、多彩な画像を取り込み、合成して、大きな画面をつくり上げていくことはごく当たり前になってきている。ともすれば、上滑りな、遊戯的な試みに終わることが多いのだが、陳の場合、発想と技法とがうまく接続して、見応えのあるシリーズとして成立していた。しかも彼の作品には、どこからどう見ても台湾人の世界観、宗教観、色彩感覚が溢れ出ている。東洋の魔術的世界の極致というべきその写真世界が、次にどんなふうに展開していくのかが楽しみだ。

2019/02/13(水)(飯沢耕太郎)

長町文聖「OLD VILLAGE」

会期:2019/02/01~2019/02/17

photographers’ gallery[東京都]

写真家が撮影するカメラを変える理由はさまざまである。単純に目先を変えるということもあるだろうが、多くは被写体との向き合い方が違ってきたためだと思う。長町文聖は、これまで8×10インチの大判カメラで、街を行き交う人を撮影した作品を発表してきた。ところが、今回のphotographers’ galleryでの個展では、35ミリの小型カメラにシフトし、ネガカラーフィルムで撮影・プリントしている。

長町にその理由を尋ねたところ、「数をたくさん撮りたかったから」という答えが返ってきた。たしかに8×10インチのカメラでは撮影枚数が限られてくる。だが、それだけでなく、彼の撮影の姿勢そのものが変わってきているのではないだろうか。あらかじめ「絵」を描いてシャッターを切っていたように見える前作に比べると、今回の「OLD VILLAGE」では、街を歩きながら偶発的に発見した場面をカメラにおさめている。結果的に、なんとも即物的、散文的な印象の写真が並ぶことになった。

被写体になっているのは前作と同じく、長町が居住している東京・町田市の眺めである。前作ではそれがどこであるのかはあまり重要なファクターではなかったが、今回は町田というやや特異な成り立ちの地域、東京都下にもかかわらず、どこか地方都市のような雰囲気の街のたたずまいがくっきりと、細やかに浮かび上がってきていた。古い農家の名残のような建物と、高層アパートや商店街が同居する、雑然とした、やや気の抜けた眺めが淡々と目に飛び込んでくる。ただ、このシリーズはこのまま同じように続いていくのではなく、大判カメラによる写真と綯い交ぜにしていくプランもあるという。どこにでもありそうな、だがヴァナキュラーな特異性も併せ持った町田を、写真によって探求していく試みとして、面白い成果が期待できそうだ。

2019/02/11(月)(飯沢耕太郎)

長島有里枝「知らない言葉の花の名前 記憶にない風景 わたしの指には読めない本」

会期:2019/01/26~2019/02/24

横浜市民ギャラリーあざみ野[神奈川県]

天野太郎の企画で横浜市民ギャラリーあざみ野で開催される「あざみ野フォト・アニュアル」を、毎年楽しみにしている。今年の長島有里枝の写真展も、よく練り上げられたいい展示だった。

長島が2008~2009年に『群像』に連載し、2009年に単行本として刊行されたエッセイ集『背中の記憶』を起点として制作された3つの作品が出品されている。「知らない言葉の花の名前」は、植物の名札にフォーカスして撮影したシリーズで、花の名前は読めるが、その意味はわからないし、花そのものも写っていない。「記憶にない風景」は、なぜ撮ったのか忘れてしまったような断片的な画像を、木製のボードに感光性のエマルジョンを塗ってプリントし、家具のように組み立てて配置している。「私の指には読めない本」は全盲の女性に点字の『背中の記憶』を通読してもらい、彼女がマークした箇所と読み進めている指をクローズアップで撮影したシリーズである。3シリーズとも、「見ること」は本当に「理解すること」につながるのかという問いかけに対する真摯な回答になっており、長島自身の写真家と文筆家というあり方をも問い直す作品として、しっかりと組み上げられていた。

作品の内容に直接かかわるわけではないのだが、会場に掲げられた以下の注意書きが気になった。

「作品にはお手をふれないでください」、「作品に寄りかかったり、くぐったりしないでください」、「結界のなかに立ち入らないでください」。

主に子どもに向けて注意を促す表示として、まったく妥当な内容である。だが、今回の長島の作品のあり方と照らし合わせて、やや違和感を覚えてしまった。というのは、木製ボードにプリントした「記憶にない風景」や、ロールサイズの印画紙を断裁して引き伸ばした「私の指には読めない本」は、どうしても「触ってみたくなる」作品だからだ。子どもや目の不自由な人が手で触れて、汚れたり、壊れたりしてもいいような展示の仕方も、選択肢としてあるのではないだろうか。

なお、これも例年通りに、同館の2階スペースでは横浜市所蔵の「ネイラー・コレクション」による企画展が開催されていた。ユニークなコンセプチュアル・フォトをつくり続けている野村浩が構成した、今回の「暗くて明るいカメラーの部屋」は、見応えのある面白い展示である。19世紀以来の写真を巡る、小さな旅を楽しむことができた。

2019/02/08(金)(飯沢耕太郎)

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公文健太郎「地が紡ぐ」

会期:2019/01/15~2019/02/13

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

前作の「耕す人」(2016)で日本の農業をテーマに力作を発表した公文健太郎の新作展である。今回はさらに視点を広げ、それぞれの土地に根ざした人々の生活の営みや文化に目を向けている。

3部構成の第1章の「神事を受け継ぐ地」では、青森県下北郡東通村の鹿橋(ししばし)という集落に伝わる「能舞」を取り上げた。先祖代々受け継がれてきた神楽がどのように住人たちの生活に溶け込んでいるかを、舞いに使う面のクローズアップも含めて丁寧に追っている。第2章の「自然の恵みを享受する地」では、栃木県那須郡那須町湯本の湯治場を撮影した。ここでも、大地の恵みといえる温泉が住人たちの暮らしのなかに取り込まれている。第3章「ものづくりで生きている地」のテーマは、生活雑器の国内シェアの4分の1以上を生産しているという長崎県東彼杵郡波佐見町の中尾郷である。「おれらは土を喰って生きてきたんじゃ」と語る94歳の老陶工を中心に、日本の窯業の現状に迫っている。

3つの章はそれぞれ違った方向を向いているが、それらが噛み合うことで、2010年代後半の日本の社会・文化の基層を浮かび上がらせる構成がとてもうまくいっていた。写真を天井から吊るすなど、会場のインスタレーションもよく考えられており、公文の表現力の高まりを感じることができた。彼はいま次の作品として「川」と「半島」の写真を撮り始めているという。文字通り「地に足がついた」写真家として、さらなる展開が期待できそうだ。

2019/02/07(木)(飯沢耕太郎)

明治の写真展『華影』華族たちの絵画主義 ピクトリアリズムを追って

会期:2019/02/05~2019/03/03

JCII フォトサロン[東京都]

『華影(はなのかげ)』は1902年~08(明治35~41)年頃に刊行されていた写真雑誌である。一種の同人誌で、会員はすべて写真を愛好する華族たちだった。当時は、ようやく素人写真家たちを中心に「芸術写真」の気運が盛り上がってきた頃で、『華影』もその流れに沿って創刊されたようだ。なかなか見る機会がなかったのだが、今回、日本カメラ博物館(JCII)が保存している13冊に掲載された写真図版を複写・プリントした作品が初公開された。日本写真史の再構築という意味で、とても有意義な展示といえる。

「最後の将軍」徳川慶喜、その弟の徳川昭武、さらに徳川達道(さとみち)、松平乗長、松平直之、阿部正恒(まさたけ)、戸田忠男、井伊直安、正親町實正(おおぎまち・さねまさ)といった常連作家の作品は、ほとんどがピクトリアリズム(絵画主義)の美意識に則って制作されている。1904年以降に写真家・写真事業家の小川一真と、東京美術学校教授の西洋画家、黒田清輝が作品の審査にあたるようになり、その傾向がより強まった。だがそれだけでなく、身辺の雑事を題材にしたスナップ写真的な写真や、演出を加えて滑稽味を打ち出した作品など、作風の幅はかなり広い。上流階級の手遊びと言ってしまえばそれまでだが、彼らの遊び心溢れる写真群はなかなか魅力的であり、むしろ現代的とさえいえる。兄の徳川慶喜とともに若い頃から写真に親しみ、生涯に1500枚余りの写真原板を残した徳川昭武や、東京美術学校で日本画を学んだという松平乗長らの作画意識は、かなり高度なものがある。彼らの活動を、同時代の日本の写真表現の中にどう位置づけるかが、これからの課題といえるだろう。

2019/02/06(水)(飯沢耕太郎)

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