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artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

佐伯慎亮『リバーサイド』

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発行所:赤々舎

発行日:2016/12/08

佐伯慎亮(しんりょう)は1979年、広島県生まれ。2001年に第23回キヤノン写真新世紀優秀賞を受賞した。最初の写真集『挨拶』(赤々舎)を刊行したのは2009年だから、本作はほぼ7年ぶりの新作写真集ということになる。
切れ味の鋭い日常スナップという点においては前作と変わりがないのだが、そのあいだに結婚して3人の子供ができ、奈良に移り住み、近親者の死などの経験を重ねたことで、写真に深さと凄みが増してきた。もともと、彼の写真は「呼び込む」力が強いのだが、この写真集を見ると、まさにありえないような場面が写り込んでいる写真が異様に多い。例えばラストの写真、子供が崖の上の岩場のような場所に立っていて、その横に奇妙な顔のような形の白い石がある。石の頭の部分に手の影が映っているのだが、その手が誰のものなのか、なぜそこに写っているのか、どうも釈然としないのだ。そのような、奇跡としか思えない瞬間が写真集のあちこちに散在している。このような写真は、単純に神経を研ぎ澄まし技術を磨いたところで、そう簡単に撮ることができるものではない。佐伯は、たしか若い頃に真言宗の僧侶の修行をしていたはずだが、その時に身につけた感知力、認識力が、写真家の営みとして開花しつつある。
とはいえ、写真集を全体として見れば、オカルト的な歪みや捻れなど微塵も感じさせない、気持ちのいい、穏やかな雰囲気の写真が並んでいる。大竹昭子が写真集の帯に寄せた文章で「恩寵」という言葉を使っているが、たしかにそんな宗教的な気分もないわけではない。佐伯は確実に、現実世界を独特の視点から切りとる業を身につけつつある。

2017/03/02(木)(飯沢耕太郎)

草野庸子「EVERYTHING IS TEMPORARY」

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会期:2017/03/01~2017/03/13

QUIET NOISE arts and break[東京都]

草野庸子は1993年、福島県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、2015年に第37回キヤノン写真新世紀で優秀賞(佐内正史選)を受賞している。今回の個展は写真集『EVERYTHING IS TEMPORARY(すべてが一時的なものです)』(Pull the Wool)の刊行に合わせてのもので、カフェ・ギャラリーの壁面に大小の写真を撒き散らすように展示していた。
このところ、若い写真家たちが、フィルム使用のアナログカメラの写真を発表することが多くなってきている。デジタルカメラとともに育った彼らにとって、アナログのノイズの多いプリントが逆に新鮮に見えるのだろう。くっきりと、シャープに事物を捉えるよりも、コンパクトカメラや「写ルンです」の、ややふらつき気味のフレーミングのほうが、「せつなさ」や「はかなさ」を定着するのに向いているように思えるのかもしれない。草野の写真にも、まさに「EVERYTHING IS TEMPORARY」という感情が、過不足なく写り込んでいる。白木の枠で壁面を囲って、その中に写真を並べたり、モノクロームとカラーの写真を併置したりするなど、作品のインスタレーションにも工夫が凝らされていた。
ただ、このままだと、「日々の泡」をすくい取っただけのありがちな写真で終わりそうだ。展示作品には花の写真が目につく。ジョエル・マイヤーウィッツの『ワイルド・フラワーズ』(1983)のように、日常の場面で花の姿を目にすると、かなり意識的にシャッターを切っているように見える。そのあたりに焦点を絞って作品化することも考えられるだろう。何を伝えたいのかをより明確に研ぎ澄ますとともに、意欲的に表現の領域を拡張していってほしい。

2017/03/02(木)(飯沢耕太郎)

「写真家金丸重嶺 新興写真の時代 1926-1945」

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会期:2017/02/18~2017/03/03

日本大学芸術学部芸術資料館[東京都]

金丸重嶺(かなまる・しげね、1900-1977)の名前を知る人も少なくなってきたのではないだろうか。日本の広告写真の草分けの一人であり、戦後は日本大学芸術学部写真学科教授として写真教育に携わり、日本広告写真家協会(APA)会長など、写真界の要職を歴任した。だが、生前の名声と比較すると、没後はやや忘れられた存在になっていたように思える。「没後40年記念展覧会」として企画された今回の展示は、その彼が写真の世界で頭角を現わしていく1920~40年代にスポットを当てるものであり、約100点の写真作品と資料が出品されていた。
展示は「東京」、「金鈴社」、「P.C.L」、「満州」、「ベルリンオリンピック」、「欧州風景」、「国策宣伝」の7部で構成されている。写真家としてスタートした時期の初々しい写真群から、1926年に鈴木八郎とともに設立した「日本最初の商業写真スタジオ」である「金鈴社」の活動、1936年のベルリンオリンピックの取材とその後の欧州旅行、そして戦時体制下の国策宣伝への関与などが、手際よく紹介されていた。初めて見る作品・資料も多く、1930年代のモダニズム的な「新興写真」の担い手の一人でもあった彼の、写真家としての活動ぶりがくっきりと浮かび上がってきた。今後は、代表的な著書である『新興写真の作り方』(玄光社、1932)をはじめとして、戦前・戦後の写真界とのかかわりをより広く概観する展示を見てみたい。
なお、本展のカタログとして『FONS ET ORIGO Vol.XX, No.1 Spring 2017 没後40年記念 写真家金丸重嶺 新興写真の時代 1926-1945』(日本大学芸術学部写真学科)が刊行されている。

2017/03/01(水)(飯沢耕太郎)

吉岡専造「眼と感情」

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会期:2017/02/28~2017/03/26

JCIIフォトサロン[東京都]

吉岡専造(1916-2005)は、1939年に東京高等工芸学校(現・千葉大学工学部)を卒業後、朝日新聞社東京本社に入社し、以後、同社写真部のカメラマンとして1971年の定年退職まで勤めた。とはいえ、戦後はフリーの立場で仕事をすることも増え、『アサヒカメラ』などのカメラ雑誌にも次々に作品を発表して、大束元、船山克とともに、「朝日の三羽烏」と呼ばれることもあった。今回の展覧会には、遺族からJCIIに寄贈されたオリジナル・プリントのなかから、「生前に吉岡さん自身が選び、まとめていた」という代表作約60点が展示されていた。
むろん、フォトジャーナリストとしての意識が強い写真なのだが、そこには吉岡自身の被写体に対する感情もまた、色濃く滲み出ているように感じる。彼は「私の作画精神」(『アサヒカメラ』1953年4月号)という文章で、自分には「心の眼」と「写真のメカニズムの眼」の「二つの眼」があると書いている。撮影に際しては、「写真のメカニズムの眼」に従わなければならないのだが、それはあくまでも「心の中にあるカメラの仮の姿」にすぎない。そんな彼の写真家としての信念が、実際の作品にもきちんとあらわれていた。
特に、『アサヒカメラ』に1952年5月号から57年12月号まで69回にわたって連載され、そのうち吉岡が27回分を担当した「現代の感情」は注目すべき連作である。「傍聴席」(『アサヒカメラ』1952年5月号)、「運命の子ら」(同1952年6月号)、「鳩山退場」(同1957年3月号)などの名作を見ると、ヒューマニスティックな感情を基点にしつつ、カメラのメカニズムを巧みにコントロールしてその場の状況を的確に描き出していく、彼の「心の眼」の動きがいきいきと伝わってくる。

2017/03/01(水)(飯沢耕太郎)

普後均「肉体と鉄棒」

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会期:2017/02/15~2017/02/25

ときの忘れもの[東京都]

「肉体と鉄棒」というのはなかなか面白いタイトルだ。ある日突然、普後均にそのタイトルが「降りてきた」のだという。すぐに近くの鉄工所に赴き、「高さも幅も2mほどの組み立て式の鉄棒を作ってもらった」。タイトルが先に決まるというのは、特に珍しいことではないが、そこから作品に落とし込んでいくときには、周到で注意深い操作が必要になる。普後は、まず新品の鉄棒を数年間自宅の外に放置して錆びさせ、2003年頃からようやく撮影にとりかかった。それから10年以上をかけて、少しずつ数を増やしていったのがこの「肉体と鉄棒」のシリーズである。会場には深みのあるトーンのモノクローム印画、17点が展示されていた。
鉄棒にはさまざまなものが乗ったり、ぶら下がったりしている。ヌードの女性もいるし、バレーシューズを履いた脚、猿、蛇、カタツムリなどの生きもの、氷や医療用器具まである。それらの取り合わせは、当たり前のようでいて、そうではないぎりぎりの選択がされており、ピンと張り詰めた緊張感を覚える。とはいいながら、融通無碍で、どこかユーモラスでもあるのが面白い。ほぼ同時期に撮影していた、貯水槽の丸い蓋の上にさまざまな人物たちを配置する『ON THE CIRCLE』(赤々舎、2012)のシリーズでもそうなのだが、普後は演劇的なシチュエーションを緻密に構築していくことに、独特の才能を発揮しつつあるようだ。このシリーズもぜひ写真集にまとめてほしい。同時に、彼が次にどんな写真の舞台を設定するのかが、とても楽しみになってきた。

2017/02/23(木)(飯沢耕太郎)

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飯沢耕太郎

1954年生まれ。写真評論家。きのこ文学研究家。筑波大学大学院芸術学研究科修了。主な著書=『写真美術館へようこそ』『ジャパニーズ・フォトグラ...

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