毎月1日、15日号発行の美術館・アート情報をお伝えするWebマガジン(次回12月15日更新予定)

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

第3回代官山フォトフェア

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会期:2016/09/30~2016/10/02

代官山ヒルサイドフォーラムほか[東京都]

写真作品を扱うギャラリー、書店・出版社から成る日本芸術写真協会(FAPA)が主催する「代官山フォトフェア」も3回目を迎えた。今年の目玉は、写真史家の金子隆一のコレクションから厳選して展示した「The Photobook」展(ヒルサイドプラザ)。「1960年代以降、世界の中でも独自の変遷を遂げてきた日本の写真集を、総合的に紹介する」展覧会である。たしかにこのところ、日本の写真集に対する関心は世界的に高まりを見せており、時宜を得た好企画といえる。
会場には、小石清『初夏神経』(1933)、川田喜久治『地図』(1965)、荒木経惟『センチメンタルな旅』(1971)などの極めつきの名作写真集のほか、元村和彦が主宰していた邑元社から刊行されたロバート・フランク『私の手の詩』(1972)などの写真集のコーナー(装丁・デザインは杉浦康平)、コロタイプ、グラビア、オフセットなど、印刷システムの違いによる視覚的効果を比較するコーナーなどがあり、充実した内容だった。この展示に限らず、「写真集の展覧会」は、もっといろいろな角度から企画できるのではないだろうか。
代官山フォトフェアでは、FAPA bookとして毎回写真集を刊行している。石内都『Belongings 遺されたもの』、荒木経惟『去年の写真』に続いて、今年は川田喜久治『遠い場所の記憶:1951-1966』が出版された。それに合わせた企画展には、なかなか見ることができない川田の1950~60年代の初期作品が展示されており、東松照明の同時代の作品との比較も含めて興味深い内容だった。川田の旺盛な実験精神が、この時期からすでに芽生えていたことがわかる。ほかに横田大輔、小林健太、志賀理江子らによるトークセッションなど、多彩な催しが行なわれた。天候不順で、観客数は期待されたほどは伸びなかったようだが、昨年と比較しても意欲的な展示・イベントが多かった。東京都写真美術館もリニューアル・オープンしたこともあり、代官山・恵比寿地区全体を巻き込んで、より規模の大きな写真フェスティバルとして展開していけるといいと思う。

2016/10/01(土)(飯沢耕太郎)

それぞれの時「大阪」~森山大道・入江泰吉・百々俊二展~

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会期:2016/09/03~2016/10/30

入江泰吉記念奈良市写真美術館[奈良県]

奈良市写真美術館には「入江泰吉記念」という冠がついているので、各展覧会には入江泰吉作品の展示が必須になる。今回の「それぞれの時「大阪」」展でも、森山大道と百々俊二の「大阪」の写真と入江の写真をどう組み合わせるかに、相当苦労したのではないかと思う。
入江は戦後、生まれ故郷の奈良で暮らし、「大和路」を中心に写真を撮影・発表してきたが、戦前は大阪で「光藝社」という看板を掲げて活動していた。ところが、1945年3月の大空襲で自宅と店が全焼し、撮りためたネガや写真機材のほとんどが灰燼に帰してしまった。そのとき、唯一焼け残ったのが、今回展示された「文楽」のネガとコンタクト・プリントである。名人が一斉に輩出した、昭和10年代の人形遣い、囃子方らのポートレートと、のちに空襲で焼失する文楽人形をクローズアップで撮影した写真は、とても面白い。コンタクト・プリントには「おおいやき」、「やや明るく」などの書き込みがあり、写真家の息遣いが生々しく伝わってくる。戦後の風景や仏像の写真とはかなり趣が違う、若々しい雰囲気の写真群である。
百々俊二と森山大道の「大阪」もそれぞれ面白かった。百々は九州産業大学の卒業制作だった「新世界劇場」(1969~71)を皮切りに、「大阪・天王寺」(1975~78)、「新世界むかしも今も」(1979~86)、「大阪」(2005~10)と、40年以上にわたって撮影し続けた150点以上の写真を展示していた。一方、大阪・池田市出身の森山大道は、1990年代に撮影された路上スナップを中心に、64点をニュープリントで出品した。彼らの写真を見ていると、街と人とのあり方が、東京と大阪では違っていることに気がつく。路上の人々が、街から遊離しているように見える東京と比較して、大阪では街と分かちがたく一体化した人々の姿を見ることができる。百々も森山も、群衆に紛れ込み、時に彼らを見返しつつシャッターを切るなかで、次第にエキサイトしていく様子が写真から伝わってくる。大阪という空間そのものが、写真家たちにとって魅力的なカオスとなっているのだ。この街から、路上スナップの名作が次々に生まれてくるのも当然というべきだろう。

2016/09/30(金)(飯沢耕太郎)

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秦雅則『鏡と心中』

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発行所:一ツ目

発行日:2016/08/09

2008年にキヤノン写真新世紀でグランプリを受賞し、2009~11年に東京・四谷で「企画ギャラリー・明るい部屋」を運営していた頃の秦雅則は、次々に溢れ出していく構想を形にしていく、すこぶる生産的な活動を展開していた。このところ、やや動きが鈍っているのではないかと思っていたら、いきなりハードカバーの写真集が刊行された。これまで、ZINEに類する小冊子はつくっていたが、本格的な写真集としては本書が最初のものになる。
ただ、『鏡と心中』というタイトルの本は、すでに2012年のartdishでの個展「人間にはつかえない言葉」に際して刊行されている。そのときには、写真は口絵ページに12枚ほどおさめられていただけで、「夢日記」のような体裁の文章ページが大部分だった。今回は、いわば写真集判の『鏡と心中』であり、写真図版は72枚という大冊に仕上がっていた。
写っているのは身近な片隅の風景であり、花や植物、小動物、杭や土管などを、しっかりと凝視して、スクエアの画面におさめている。かつての性的なイメージを再構築した破天荒なコラージュ作品とはかなり趣が違う。むしろ静まりかえったスタティックな印象を与える写真群だが、画像の一部に黒々と腐食したような空白が顔を覗かせている写真が目につく。おそらく、フィルムを放置することで生じた傷や染みだろう。それらが現実の風景を、風化していく記憶や、忘れかけた夢に似た感触に変質させている。丁寧につくられたいい写真集だが、秦にはもっと「暴れて」ほしいという気持ちも抑えきれない。次作は真逆の、ノイズや企みが満載の写真集を出してほしいものだ。

2016/09/27(火)(飯沢耕太郎)

彦坂尚嘉「FLOOR EVENT 1970」

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会期:2016/09/09~2016/10/29

MISA SHIN GALLERY[東京都]

彦坂尚嘉は1970年に、自室の八畳間と縁側に工業用ラテックスを流し込み、そのプロセスを記録するというパフォーマンスをおこなった。彦坂が所属していた美術家共闘会議(美共闘)は、この頃「1年間、美術館と画廊を使用せずに、おのおの1回ずつ有料の美術展を開催する」というプロジェクトを展開しており、この「FLOOR EVENT」もその一環として企画されたものである。彦坂が全裸でラテックスを撒く作業は、友人のアーティスト小柳幹夫が補助し、その様子を現代音楽家の刀根康尚が彦坂の用意したカメラで記録した。その後、彦坂自身が、ラテックスが乾いて、乳白色から透明になっていく過程を撮影している。ラテックスは10日後に床から剥がされた。
小柳と刀根以外は観客なしで、ひっそりと行なわれたこのパフォーマンスは、だが写真によって記録されることで、「アート作品」として自立していくことになる。翌71年には、第1回美共闘Revolution委員会のプロデュースで、記録写真による個展が開催されており、今回のMISA SHIN GALLERYでの展示には、ヴィンテージ・プリントと個展の案内ハガキが出品されていた。前衛アーティストたちの、体を張ったパフォーマンスの記録は、当時の空気感をいきいきと伝えてくれるだけでなく、一過性のイベントをアート作品として成立させるために、写真メディアが不可欠の役割を担っていることを明らかにする。この作品だけでなく、羽永光利や平田実による1960~70年代の前衛美術家のパフォーマンスの記録写真が注目を集めているのは、単にその資料的な価値というだけではないはずだ。パフォーマンスを画像として封じ込める写真が、むしろその行為の意味を補強・増幅し、魔術的なイメージに変換するのに一役買っているということだろう。

2016/09/23(金)(飯沢耕太郎)

須田一政写真展「Hitchcockian」

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会期:2016/09/04~2016/09/25

Gallery Photo/synthesis[東京都]

須田一政の作品に、このところTVの画面を写したものが増えてきていると感じていたのだが、どうやらその傾向はかなり前から始まっていたようだ。今回、東京・四谷のGallery Photo/synthesisで開催された須田の個展に展示されていたのは、「2006年に制作されたまま発表されることなく眠っていた」シリーズである。タイトルが示すように、この連作はサスペンス映画の巨匠、アルフレッド・ヒッチコック監督に捧げられている。
須田はヒッチコック映画の大ファンで、彼の作品を飽きることなく、何度も繰り返し見ているようだ。須田に言わせれば、そこには偶然はなく、「コーヒーカップ一つにも暗示的な意味を持たせ、見る側は無意識に彼の仕掛けにはめられる」。写真を使って、その「仕掛け」の分析を試みるというのが、このシリーズのもくろみであり、具体的にはTVの画面に映し出されたヒッチコック映画の映像の断片を、そのままカメラ複写して提示している。その数は230点以上、ヒッチコック映画の名作の数々が、須田の独自の視点で切り取られ、大小の写真にプリントされて、ギャラリーの壁全面に、撒き散らされるように展示されていた。
一言でいえば、ヒッチコック映画の魅力とは、ストーリーの細部への異様なこだわりと、そこに登場してくる小物から匂い立つ、濃密なフェティシズムの香りだろう。須田も、彼なりのこだわりを持ってヒッチコックに対抗し、写真による再構築を試みている。だが、結局のところ「私たちは見ていたものがヒッチコックの脳の内部だったことを思い知る」ことになる。写真を見るわれわれは、須田の導きでその「ヒッチコックの脳の内部」を彷徨うという、不穏ではあるが、どこか甘美でもある旅を体験することができる。そこには、もっと長くそこにいたいと思わせる、じつに蠱惑的な空間が成立していた。

2016/09/22(木)(飯沢耕太郎)

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飯沢耕太郎

1954年生まれ。写真評論家。きのこ文学研究家。筑波大学大学院芸術学研究科修了。主な著書=『写真美術館へようこそ』『ジャパニーズ・フォトグラ...

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