毎月1日、15日号発行の美術館・アート情報をお伝えするWebマガジン(次回7月1日更新予定)

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

深川の人形作家 石塚公昭の世界

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会期:2016/04/23~2016/05/08

深川江戸資料館レクホール[東京都]

石塚公昭の仕事に注目しはじめたのは最近だが、人形作家としてのキャリアは1980年代からだから、かなり長い。ジャズやブルースのミュージシャンからスタートして、近年は小説家を中心に細部まで作り込んだ人形を制作し続けている。今回、東京・清澄白河の深川江戸東京資料館で展示された、泉鏡花、稲垣足穂、江戸川乱歩、澁澤龍彦、谷崎潤一郎、寺山修司、中井英夫、夢野久作、さらにエドガー・アラン・ポーやジャン・コクトーといった顔ぶれを見ても、彼の好みがどちらかといえば耽美・幻想系の小説家に偏っているのがわかる。
さらに、それぞれの小説家の作品を読み込み、人形を使ってその作品世界を再構築するために、石塚は写真を積極的に用いている。例えば江戸川乱歩なら、怪人二十面相ばりに気球に乗り込もうとしているとか、三島由紀夫なら燃え盛る金閣寺の前に立ち尽くすとか、稲垣足穂なら人力飛行機に乗り込むとか、作品中のある場面を設定してセットを組んだり、実際の風景のなかにはめ込んだりして撮影しているのだ。その凝りに凝った場面設定はどんどんエスカレートしており、日本の写真家には珍しい洗練された「コンストラクティッド・フォトグラフィ」として成立しているのではないかと思う。近年は、江戸川乱歩や谷崎潤一郎をフィーチャーした作品を、1920年代に流行したオイル・プリントの技法で制作するという実験も試みている。人形作家だけではなく、写真家としての石塚公昭にも注目していきたい。彼の仕事にはまだ、さまざまな可能性が秘められている気がする。

2016/05/06(金)(飯沢耕太郎)

珠かな子 改名記念展「マタギタマ」

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会期:2016/05/06~2016/05/15

神保町画廊[東京都]

珠かな子は、自撮りによるややエロティックな写真を「村田タマ」名義で発表してきた。可愛らしい容姿で人気があったのだが、自分の写真の世界をどんなふうに展開していくのか、方向性を定めきれない揺らぎが、魅力的でもあり心配でもあった。だが、今回の「改名記念展」を見て、彼女のなかに、写真を撮り続けることの覚悟がしっかりと育ちつつあるように思えた。
「マタギタマ」というタイトルは、「村田タマ」から「珠かな子」へと跨いでいくという意志表明と、文字通りの「マタギ」とのダブルミーニングである。マタギ(猟師)の「自分の命を晒して猟をする。そして命に敬意をはらって食す」という生き方と、「少女から大人になり、子供を孕み産む」という自分の姿とを、写真行為を通じて結びつけようという意図が、今回のシリーズには明確に貫かれている。それを象徴するのが本物の熊の毛皮(会場に展示してあった)で、それを身に纏ったり、画面の中に取り込んだりしたセルフ・ポートレートが、展示の重要なパートを占める。それに加えて、テディ・ベアや小熊フィギュアの「カワイイ」イメージがちりばめられており、強さと弱さ、美しさと醜さ、気高さとポップな俗っぽさとが、引き裂かれつつ同居していた。「自撮り」写真を、ナルシシズムに溺れることなく、かといって退屈な繰り返しに陥ることもなく、どんなふうに展開していくのかというのは、多くのセルフ・ポートレートの写真家に共通する課題だが、その答えのひとつがここにあるのではないだろうか。

2016/05/06(金)(飯沢耕太郎)

ライアン・マッギンレー「BODY LOUD!」

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会期:2016/04/16~2016/07/10

東京オペラシティアートギャラリー[東京都]

1977年、アメリカ・ニュージャージー州ラムジー生まれのライアン・マッギンレーは、2000年代に入ってから頭角をあらわし、2003年にはホイットニー美術館で個展を開催するなど、写真の新世代の旗手と見なされてきた。「ポスト・ティルマンス」の一番手ともいわれ続けてきたのだが、日本での最初の大規模点となる本展を見て、そのことには疑問符をつけざるを得ない。
マッギンレーの撮るあくまでもポジティブな若い男女のヌードは、たしかにアメリカのユース・カルチャーの本質的な部分を掬いとっている。「9.11」以後の社会の不安感、閉塞感に対して、若者たちのポジティブな生命力で対峙するというのは、たしかにひとつの戦略としては成り立つだろう。だが、それがいつまでたっても一本調子、同工異曲のイメージの繰り返しになっていて、ヴォルフガング・ティルマンスのように多層的なレイヤーとして現実世界を捉え返す視点に欠けているのは、あまりにも能天気としか言いようがない。
今回の展示の目玉は、壁一面に「ビニールステッカー」のプリント約500点を貼り巡らした巨大作品「YEARBOOK」(2014)だろう。だが、その圧倒的なスケール感にもかかわらず、そこに写っている男女の姿は、次第に区別がつかなくなり、均質化して見えてくる。まさにインスタグラム的な見え方の極致というべきで、その親しみやすさは、写真に向かってスマートフォンのシャッターをひっきりなしに切っていた観客たちに、大いにアピールするのではないだろうか。だが、おそらくこれらの写真は、会場を出れば、あっという間に忘れ去られてしまうだろう。スマホのデータもそのうち消去されてしまうのではないか。「それでいいのだ」という考え方もあるかもしれないが、「それでいいのか?」という疑問は残る。

2016/05/04(水)(飯沢耕太郎)

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本橋成一「在り処(ありか)」

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会期:2016/02/07~2016/07/05

IZU PHOTO MUSEUM[静岡県]

本橋成一は1940年東京生まれだから、荒木経惟、篠山紀信、沢渡朔、土田ヒロミ、須田一政らと同世代である。2歳上の森山大道や中平卓馬を含めて、まさに「日本写真」の黄金世代というべき充実した多彩な顔ぶれだが、本橋はそのなかでもやや地味な存在であり続けてきたといえるだろう。だが、その彼の50年以上に及ぶ写真家としての営みを集大成した、今回のIZU PHOTO MUSEUMでの展示を見ると、彼のしぶとく、したたかな仕事ぶりにあらためて目を見張ってしまう。ドキュメンタリー写真という枠組みにきちんと寄り添いながらも、ときにはそこからはみ出し、テーマ的にも、手法的にも、地域的にも、大きな広がりを持つ写真を撮り続けてきたことが、くっきりと見えてくるのだ。
約200点の展示作品は、1968年に第5回太陽賞を受賞した初期の代表作「炭鉱〈ヤマ〉」(1964~)をはじめとして、「上野駅」(1980~)、「屠場〈とば〉」(1986~)、「藝能東西」(1972~)、「サーカス」(1976~)、「アラヤシキ」(2011~)、「チェルノブイリ」(1991~)、「雄冬」(1963~)、「与論島」(1964~)といったテーマ別に並んでいた。そこから浮かび上がってくるのは、本橋がある特定の被写体に集中して撮影するよりは、その周囲の環境のディテールを丁寧に写し込んでいることだ。むしろ、聴覚や嗅覚や触覚を含めた全身感覚的なその場の空気感こそを、写真を通じて捉えようとしているように思える。本展のタイトルにもなっている「在り処」、すなわち「生が息づく場所」をどう定着するのかという持続的な関心こそが、本橋の真骨頂といえるのではないだろうか。
興味深かったのは、東京綜合写真専門学校在学中に撮影された、彼の最初期の作品「雄冬」と「与論島」に、すでに後年の本橋の、被写体の周辺を画面に広く取り入れていくスタイルがあらわれてきていることだ。北海道増毛町雄冬と鹿児島県与論島で撮影されたこれらの写真群を、展示の最後に置いたところに、本展を「原点回帰」として位置づけようという本橋の意思が、明確にあらわれているように感じた。

2016/05/01(日)(飯沢耕太郎)

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「マグナム・ファースト日本展」

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会期:2016/04/23~2016/05/15

ヒルサイドフォーラム[東京都]

マグナム・フォトはロバート・キャパ(ハンガリー)、アンリ・カルティエ=ブレッソン(フランス)、デイヴィッド・シーモア(ポーランド)を中心に1947年に設立され、「写真家による写真家のための写真エージェンシー」として、現在に至るまで強い影響を及ぼしてきた。本展は、初期マグナムの活動を支えた8人の写真家たちの作品83点によって、オーストリアの5都市で1955年に開催された「時の顔(Face of Time)」展を再構成したものである。この展覧会の出品作は、その後行方がわからなくなっていたのだが、2006年になってオーストリア・インスブルックのフランス文化会館の地下室から、全作品が発見され、「マグナム・ファースト」展として世界中を巡回することになった。マグナムの草創期のヴィンテージ・プリントを、まとめてみる機会はめったにないので、それだけでも貴重な展示といえる。
本展の出品作家は、創設メンバーのキャパ、カルティエ=ブレッソンに加えて、ワーナー・ビショフ(スイス)、エルンスト・ハース(オーストリア)、エリック・レッシング(同)、ジャン・マルキ(フランス)、インゲ・モラス(オーストリア)、マルク・リブー(フランス)の8名。展示された作品を見ると、第二次世界大戦終結から10年というこの時期に、「報道写真」の理念が写真家たちのバックボーンとなっていたことがよくわかる。例えば、のちに「決定的瞬間」の美学を確立していくカルティエ=ブレッソンにしても、まぎれもなくフォト・ジャーナリストの視点で、インドのガンジー暗殺の前後を記録した一連の写真を出品している。それぞれの写真家の代表作として知られている作品だけでなく、若々しいエネルギーを発する初期写真が多数展示されているのが興味深かった。そのなかでも特に印象に残ったのは、会場の最後に並ぶワーナー・ビショフの、堂々とした風格を備えた写真群である。1954年、ペルー取材中に自動車事故で悲劇的な死を遂げた彼の写真を、あらためて再評価する時期に来ているのではないだろうか。

2016/04/30(土)(飯沢耕太郎)

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飯沢耕太郎

1954年生まれ。写真評論家。きのこ文学研究家。筑波大学大学院芸術学研究科修了。主な著書=『写真美術館へようこそ』『ジャパニーズ・フォトグラ...

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2016年06月15日号