2019年04月15日号
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artscapeレビュー

岡崎藝術座『レッドと黒の膨張する半球体』

2011年11月1日号

会期:2011/10/28~2011/11/06

にしすがも創造舎 体育館[東京都]

本作はいわば「孤独で恐ろしい肖像画」だった。登場人物による一人称の告白的な語りがそう思わせるだけではない。役者はほぼつねに正面を向き、移動の際にまでその正面(背面)性にこだわる。そんなところにも肖像画的性格は感じられる。しかもこの肖像画はひどく歪んでいる。二人の男が冒頭に現われると、鼻くそをほじりながらにやにやと笑い、屁をこき、尻に触れ匂いを嗅ぐ。その後に登場するもう1人は、観客に背を向け狂ったように全身を激しく揺さぶり、女とともに四つん這い姿になると、尻の穴を観客に向ける。醜悪な身振りに人物のイメージが「歪む」。皮の剥がされた牛が舞台の奥に吊るされているのも手伝い、その歪みはフランシス・ベーコンの絵画を彷彿とさせる。だからといって、そこにベーコンの絵画のような運動感はない。動きは記号的で、ゆえにけっしてダンスになど変貌したりしない。神里雄大の作品はあくまでも演劇である。醜悪な身振りには理由(物語)がある。ここは2032年の日本。震災と原発事故の影響で、20年前から多くの日本人が海外へ移住する一方、居残った者たちはこの醜悪な身振りが習性となった「移民」との共生を余儀なくされている。二人の男は移民の親子。子どもの母は日本人。異文化間に生じる他者への違和感が「歪み」の正体だった。震災以後の日本をこれほど悲惨なイメージで描いた例を、ぼくはほかに知らない。子どもが一人取り残されるシーンに続き、ラストシーンで唐突に現われた1人の女が水を飲んだせいで妊娠できなくなったと告白することで、最後に舞台の焦点は「子ども」へと絞られていった。移民とのあいだに産まれた子どもと産まれない子ども。神里雄大の想像力が描く未来の日本は絶望的で、笑うしかないほどに笑えない。本作は、受け入れがたいほどにリアルな未来の日本人の肖像画である。

牛丼 鷲尾(レッドと黒の膨張する半球体チラ見せ動画)

2011/10/28(金)(木村覚)

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