artscapeレビュー
off-Nibroll『a flower』
2011年11月1日号
会期:2011/10/21~2011/10/23
森下スタジオ[東京都]
振り付け作品もあるベトナム出身のティファニー・チュンが舞台美術を担当し、シンガポール生まれのユエン・チーワイが音楽を担当した本作。彼らの参加によって矢内原美邦独特の暴力性や黒の世界が、落ち着いた美しいトーンに包まれた。観客30人ほどが囲む小さな空間。枯れたほおづきの状のオブジェが天井から吊られている。舞台前景に沢山の写真立て。花の写真には手が映り込んでいる。冒頭、波の映像とともに「彼女は海が好きでした」の文字が浮かぶ。「彼女?」と思っていると、今度は彼女に関係ある男の話が語られる。どちらも死んだ人。花は「彼女」の愛したものらしい。海の映像が森に変わるとダンサー三人が「私は鹿になりたかった」と呟きつつ枝を角に見立てて歩き回る。次に写真立てを掴んでは「これは○○です」と花の名前を告げたり「このことは覚えています」や「このことは忘れました」と口にしたりしはじめた。きわめて個人的な事柄に接近していることは明らかなのだが、その個人を特定するベクトルが(パンフレットに「彼女」=「祖母」を示唆する文章があるとしても)弱い。そのぶん、〈過去に思ったこと〉〈過去にある個人が存在していたこと〉の強さや重さが質感をともなって舞台に充満する。乱暴に手を引っ張られ、作家本人もよくわからないいらだちや焦燥の渦中に連れて来られた気持ちにさせられる。倒れながら吠えるダンサーの口から鳥の大群が飛び出してくるといった、矢内原と並ぶoff-Nibrollのメンバーで映像作家の高橋啓祐によるインタラクティヴな映像の仕掛けは、「鹿になりたかった」妄想の周りで説得的なイメージをつくる。特筆すべきは観客へのダイレクトなアプローチで、矢内原はときに落ち葉のようなカラフルな紙吹雪を観客の膝に撒いたり、またときにほおづきのオブジェに用いた網を観客に向けて投げつけたりしたことだ。客席と舞台の境界を侵犯した振る舞いは新鮮で、ダンスの上演が一瞬パフォーマンス・アートのように映った。こうしたアイディアも含め、会場の狭さが幸いした面は大きい。off-Nibrollの世界観が説得力をもって表現された上演だった。
a flower off-Nibroll
2011/10/22(土)(木村覚)