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From Life─写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展

2016年08月01日号

会期:2016/07/02~2016/09/19

三菱一号館美術館[東京都]

19世紀イギリスの女性写真家ジュリア・マーガレット・キャメロン(1815-1879)。本展は2015年に迎えた彼女の生誕200年を記念して、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が所蔵する作品を同館のマルタ・ワイス学芸員の企画で構成する国際巡回展の日本展。キャメロンの作品、書簡類などのほか、同時代の他の写真家の作品も合わせて展示することで、彼女の作品の特徴──革新性を明らかにし、後世への影響をも見る。
キャメロンの作品の特徴は、技術的には人物のクローズアップ、意図的なボケ、現像液の斑や染み、ひっかき傷などネガに手の痕跡をあえて残しているところ。表現の主題としては、親しい人物たちを中心とした「肖像」、家族や友人、使用人たちをモデルとして演出、撮影した「聖母群」や「幻想主題」。とくにその技術面は、同時代の写真家、評論家たちからたびたび批判されたが、現在ではその絵画的表現は後のピクトリアリズム、モダニズムの写真を先取りしたものとして評価されている。「From Life」とは「実物をモデルにした」という意味で、ふつうは美術作品に用いられるが、彼女はしばしば自身の写真作品にこの言葉を銘記しているという。
写真史における評価もさることながら、キャメロンの人物、交友関係もまた興味深い。キャメロンの父親はイギリス東インド会社の上級職員、母親はフランス貴族の子孫。フランスで教育を受けたのち、1838年にインド・カルカッタでチャールズ・ヘイ・キャメロンと結婚。10年後にイギリスに戻ったあとは、妹サラ・プリンセプのサロンで著名人・芸術家たちと親交を結んでいる。キャメロンの家族はセイロン(現・スリランカ)でコーヒー農園を経営しており、1875年以降、同地に移り住み、そこで亡くなっている。彼女が写真を始めたのは48歳のとき。イギリス・ワイト島に住んでいた1863年のクリスマスに、娘夫婦からカメラをプレゼントされたことがきっかけだという。その出自、キャリア、年齢からすれば、彼女にとって写真は趣味に留まっていてもおかしくないように思うが、彼女はそうしなかった。カメラを手にした翌年には自身の写真の著作権登録を始め、ロンドン写真協会の年次展覧会に出品。写真専門誌からは手厳しい批判を受けてもひるむことなく、画廊と作品販売の契約を結び、1865年にはヘンリー・コウルを通じてサウス・ケンジントン博物館(後のヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)に作品を購入させ、同館で展覧会の開催にこぎつける。1868年には博物館の2室を撮影スタジオとして使用する許可を得る。コウルに宛てた手紙には自身の写真が「あなたを歓喜に痺れさせ、世界を驚嘆させる」と記しているという。なんと意欲的、なんと野心的な人物だろうか。
彼女は作品によって名声を得ることを切望したばかりでなく、その販売によって富を得ることも望んでいた。ただし、街の肖像写真師のように誰でも撮るのではない。肖像写真は付き合いのあったグループ、親しい友人たちが中心。有名人にモデルになってもらおうと務め、作品の価値を高めるために彼らにサインをしてもらってもいる。自身のブランディングにも余念がなかったようだ。そうした行動の背景にはコーヒー農園の経営不振があったようだが、はたして写真の販売によってその損失を補うことができたのだろうか。その経営の才がどのようなものであったか、気に掛かる。
本展に合わせて会場出口のショップの壁面がいつもとは異なるギャラリー風のしつらえになっている。こちらのデザインにも注目だ。[新川徳彦]

2016/07/01(金)(SYNK)

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