artscapeレビュー
キュンチョメ個展「暗闇でこんにちは」
2016年10月01日号
会期:2016/08/27~2016/09/24
駒込倉庫 Komagome SOKO[東京都]
キュンチョメの新作展。2階建ての倉庫をリノベーションした会場の1階のフロアをすべて使用して展示を構成した。出品された作品の大半は、トーキョーワンダーサイト本郷で催された「リターン・トゥ」(2016年4月16日~5月29日)などですでに発表されたものだったが、それでも質の面でも量の面でも充実した展観だった。
《ここで作る新しい顔》は、《新しい顔》をバージョンアップしたもの。後者は、はるか遠い場所から逃れてきた難民と新しい場所で、福笑いのように新しい顔をつくる映像作品だが、前者は実際に東京に在住する難民を会場に常駐させ、来場者とともに目隠しをしながら新しい顔をつくるライブ・パフォーマンス作品である。来場者は、おのずと生々しいリアリティーとともに難民問題に直面することを余儀なくされるのである。
なかでもひときわ強い印象を残したのが、新作の映像作品《星達は夜明けを目指す》(2016)。暗闇のなか星座のような明かりが見えるが、それらが小さく揺れ動きながらだんだん近づいて来ると、7人の男女が二人三脚の状態で横一列になってこちらに進んでいることがわかる。彼らはロンドンで暮らす移民や難民で、口にそれぞれライトを咥えている。言葉を発することがないまま、目前の明かりを頼りに足並みをそろえて前進する姿。むろん彼らの逃避行をそのまま再現したものではないにせよ、その脱出と流浪の軌跡を象徴的に示したパフォーマンスと言えるだろう。
以上の3つの作品はいずれも移民問題を主題にしているが、ここに通底しているのは向こうからこちらにやってくるというイメージである。《星達は夜明けを目指す》は言うまでもないが、《新しい顔》にしても《ここで作る新しい顔》にしても、いずれも難民問題が決して遠い向こうの国の出来事だけではなく、まさしくこの国とも無縁ではないことを端的に示している。難民は向こうからやってくるものなのだ。
だが、このイメージは実はキュンチョメのこれまでの作品には見られない新たな局面を示しているようにも思う。なぜなら、彼らの秀逸な作品はいずれも、こちらから向こうに出かけていくイメージが強かったからだ。福島の問題にせよ富士の樹海における自殺問題にせよ、彼らは生々しいリアリティーのありかを求めて率先して各地に出かけてゆき、そこで何かしらの作品を表現してきた。むろん以上の3作品も海外へのレジデンスが基盤となっていることに違いはない。けれども、そのようにして制作された作品だとしても、そこにこれまでとは正反対のイメージが立ち現われていることの意味は決して小さくないはずだ。
それは、おそらくこちらとあちらの双方向的なコミュニケーションなどを指しているわけではない。そうではなく、むしろこちらが待ち構えることの意味を彼らが重視していることの現われではないか。待ち構えるからこそ、向こうからやってくるものに遭遇し、それらを受け入れることができる。《星達は夜明けを目指す》で彼らがカメラを通過する瞬間のぞくぞくした感覚こそ、待ち構える態度の醍醐味である。
2016/09/15(木)(福住廉)