2021年09月15日号
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artscapeレビュー

アカシアの雨が降る時、ファーザー

2021年06月15日号

認知症をめぐる2つの対照的な作品に出会った。ひとつは鴻上尚史作・演出『アカシアの雨が降る時』(六本木トリコロールシアター)、もうひとつはアンソニー・ホプキンズが第93回アカデミー主演男優賞を受賞した映画『ファーザー』である。

前者の演劇は、認知症になり、反ベトナム戦争が盛んだった1972年の20歳のときに戻った祖母の妄想を否定しないために、孫が恋人(=祖父)役を、息子であることが忘れられた父も他のさまざまな役を演じる悲喜劇だ。正直、横浜の村雨橋でアメリカ軍の戦車をしばらく通さないことに成功した市民運動が実際に起きていたことを知らなかったが、社会や政治の問題に対する諦観の念が広がった現代の状況を踏まえると、この半世紀のあいだの日本の変容に批評的な作品にもなっている。

もっとも、それだけでは観客の心を動かすことはできない。むしろ、目標を喪失した孫と仕事に忙殺された父が、祖母の世界観にあわせるためのドタバタを通じて自分の人生を見つめ直し、一度は壊れてしまった家族の関係が再生する過程が描かれた、見事な物語だった。なお、タイトルは1960年の日米安保闘争時に流行した歌謡曲「アカシアの雨がやむとき」にちなみ、劇中ではハイライトで歌われる。

一方、後者の映画『ファーザー』は、父が認知症になる話だが、家族が再生するどころか、アンソニー・ホプキンズの怪演による哀しい物語だった。ポイントはやはり認知症になった父の視点から、時間が歪み、状況が不可解になっていく世界が描かれたことだろう。その結果、映画は謎が増幅してゆくサスペンス仕立てになり、ときにはホラーのようだ。

したがって、筆者が映画館で鑑賞したとき、冒頭の数分間にずっとおかしなノイズが左側から鳴り続け、それが館の機器の不調なのか、監督による音の演出なのか、わからなかった。普通の映画なら、トラブルだと断言できるのだが(以前、劇場で『デビルマン』を鑑賞したとき、途中から音が消え、しばらくたって上演中止となり、代金が払い戻されたことはある)、認知症の映画だと、当事者にこういうノイズが聞こえるという設定なのかもしれないと思い、結局よくわからなかったという恐るべき作品である。


舞台『アカシアの雨が降る時』
会期:2021/05/15~2021/06/13
会場:六本木トリコロールシアター
公式サイトhttp://www.thirdstage.com/tricolore-theater/acacia2021/

映画『ファーザー』
公式サイト:https://thefather.jp/

2021/05/16(日)(五十嵐太郎)

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