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小松左京『復活の日』

2021年06月15日号

発行:KADOKAWA
発行日:1975/10/30

新型コロナウイルスが流行し始めた昨年、『ペスト』とともに再注目を集めた小説が『復活の日』である。御多分に洩れず、私も両作品とも夢中になって読んだ。『ペスト』はフランス領アルジェリアを舞台に疫病に惑わされる庶民の言動を坦々と描いた不条理小説であるが、『復活の日』は同じ疫病を扱いつつもスケールがまったく違った。世界的パンデミックがいまだ収まらず、変異種が次々と生まれている昨今、同作品に改めて注目してみたい。

『復活の日』はSFの名手、小松左京によって書かれた小説だ。1964年に発表されたとは思えないほど斬新で、来たる未来を予知していたかのような内容には慄くばかりである。第一部では1960年代のある年に “チベットかぜ”と呼ばれるインフルエンザが世界中で猛威を奮う様子が描かれる。その年の3月に最初の兆候が現われてからわずか半年間でパンデミックとなり、人類が滅亡に向かうのだ。5月の東京では、朝のラッシュ時、いつもなら満員になる電車が空いている。誰かが激しい咳をすれば、人々は薄気味悪そうに、横を向いて身を引く。そんな描写が昨春のコロナ禍と被り、読みながら身を震わせてしまった。一方、病院の中は戦争同然だったという描写も、現在の逼迫した医療現場と酷似している。

そうした世の中の様子と並行して描かれるのが、米英の国家軍事機密だ。それぞれが断片的な場面として描かれているが、それらをつなぎ合わせていくと、おそらく米国の人工衛星が宇宙から採取してきた微生物をもとに、同国の国防総省である原種がつくられ、それが盗まれて英国へと渡り、同国陸軍省の研究所で恐ろしい“核酸兵器”に変異させられたという経緯が見えてくる。そして強烈な毒性を持った変異種が何者かによって研究所から奪われ、彼らのうかつな飛行機事故によってアルプス山中にばら撒かれてしまうのが事の発端となる。新型コロナウイルスが中国の武漢ウイルス研究所から漏れたものではないかという噂が昨年に立ち、未だに消えないが、同書を読むと、そんな噂もあながち嘘ではないかもしれないという気さえしてくる。

しかし人類は完全に滅亡しなかった。南極に滞在する世界各国隊が生き残ったのである。まるでノアの箱舟のように……。そこで彼らが築く新たな共同体によって人類は“復活”に向かい、そして彼ら自身も想定外だったある出来事によって病原体で覆われた地球が“復活”する。その壮大な結末のすごさをぜひ味わってほしい。


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