artscapeレビュー
五十嵐太郎×山梨知彦×東浩紀 「いまこそ語ろう、ザハ・ハディド」
2021年06月15日号
会期:2021/05/14~2021/11/11
ゲンロンカフェに登壇し、日建設計の山梨知彦、思想家の東浩紀の両氏と、ザハ・ハディドの新国立競技場プロジェクトについて語った約4時間のトークは、ネット上で大反響を呼び、期せずして神回となった( https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20210514?)。そもそもこの企画は、2月に新宗教をテーマとした回に筆者が出演した後、ゲンロンカフェで東氏と飲みながら雑談していたとき、監修で関わった「インポッシブル・アーキテクチャー」展の話題が出た際に発案されたものである。
すなわち、東京オリンピックがぐだぐだになっている現在、あの白紙撤回は何だったのか、また実際にプロジェクトはどうなっていたのかを語ること。展覧会でもそうだったように、キーパーソンは山梨氏である。そこでまず彼に打診し、会社の許可が得られたことから実現する運びとなった。もっとも「インポッシブル」展と同様、プロジェクトに関連する画像を使う場合、JSC(日本スポーツ振興センター)の確認が必要であり、当日どこまで新しい情報が出てくるかがわからない。そこでバックアップとして、筆者はザハ・ハディドの軌跡をたどるスライドを用意していたが、トーク本番では知らなかったことが数多く語られることになった。
例えば、4千枚の図面によって設計を終了し、確認申請の提出の準備をしている最中に、突然首相からプロジェクトのキャンセルが発表されたこと。その第一報を聞いた設計の現場では、すぐに真偽を確かめられず、「とりあえず今日は帰ってください」とスタッフに告げられたこと。その後、コンペのやり直しが決まり、デザインビルド方式になったものの、一緒に組むゼネコンが見つからず、ザハがイギリスの日本大使館にまで出向き、お願いしていたこと。山梨氏が冷静な口調で語っていただけに、無念さが推し量られる内容だった。そしてザハ事務所と日建設計が共同し、コンピュータによるシミュレーションを徹底的に遂行した新しいデザインを完成させており、貴重なプロジェクトが実現する機会を喪失したことが判明したのである。
残念ながら、当時は魔女狩りとでもいうべきマスメディアのバッシングや、実現不可能といったデマが吹き荒れる一方、守秘義務に縛られたことによって、設計者が反論できない状況だった。また『日経アーキテクチュア』が事件として関連の記事を報じてはいたが、建築学会や建築雑誌はこの問題をほとんどとりあげていない。だが、その結果、デジタル・テクノロジーと連動した設計・施工の新しいステージを推進できなかったことにより、大きな社会的な損失がもたらされた。今後、同じような事態を招かないためには、施主や設計サイドからの情報開示が必要なことはもちろん、建築に対する報道のあり方を改善しなければならないだろう。
公式サイト:https://genron-cafe.jp/event/20210514/(公開終了 2021/11/11 23:59)
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