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桝本佳子「Blue Birds/Blue Ceramics」

2021年06月15日号

会期:2021/05/06~2021/06/25

ワコールスタディホール京都 ギャラリー[京都府]

器に絵付けされたモチーフが、器の表面から立体的に飛び出す。鳥、松、タコ、鹿、五重塔、埴輪、果てはスペースシャトルまでが唐突に器と合体し、陶彫刻とも壺ともつかないバランスで佇み、ナンセンスな笑いを誘う。陶芸家の桝本佳子は、「器の表面を彩る装飾モチーフ」を器(本体)への従属から解放し、三次元の物体である器の表面に描かれた二次元の装飾を再び立体化することで、「彫刻/工芸」「機能/装飾」「本質/付随物」というヒエラルキーの解体や「二次元/三次元」の複雑な往還をユーモアとともに企てる。飛び出す絵本のような親しみやすさと、超絶技巧の細部が魅力だ。

本展では、ドイツのシャルロッテンブルク宮殿にある東洋磁器のコレクション「磁器の間」を見たときの衝撃的な経験を元に、75点の器で構成された迫力あるインスタレーションが展開された。青い染付を施した皿や壺が壁一面に左右対称に並べられ、その厳格なシンメトリーと拮抗するように、器から飛び出したカモメやトンビなどの海鳥が翼を広げて縦横無尽に飛び交う。海鳥の体は器と融合するかのように鮮やかなコバルトブルーの濃淡で染められ、青海波、松、浦島太郎、魚など「海」と関連の高いモチーフの装飾紋様がその体を浸食し、リズミカルなアクセントを添える。だがなぜ、大量の皿や壺を壁にシンメトリックに並べたのか。なぜ、「海鳥」が選択されたのか。



[photo: Nobuyoshi Ochi]


1706年に完成したシャルロッテンブルク宮殿の「磁器の間」をはじめ、17~18世紀のヨーロッパ諸国では、当時はまだ生産技術を持たなかった白く輝く磁器を中国や日本から輸入し、王侯貴族たちが財力や権力を誇示するためのコレクションルームが数多くつくられた。東洋磁器の海洋貿易の中心を担ったのが、17世紀初頭にオランダで設立された東インド会社である。ヨーロッパへ運ばれた東洋磁器は、城館の室内装飾のために用いられ、暖炉の上の飾り棚とその背面に貼られた鏡を中心に、大量の皿や壺を左右対称に配置して壁全体を覆い尽くす「鏡の間」「磁器の間」が生み出された。

こうした東洋磁器を用いたヨーロッパ独自の室内装飾様式と、江戸時代から現代に至る陶磁器、掛物、織物、漆器の紋様を参考にした桝本の本作は、海を越えた東洋磁器の旅や交易史を「海鳥」によって示すとともに、「写し」「コピー」「模倣」をめぐる東西の工芸史の問題も射程にとらえている。当時ヨーロッパへ輸入された東洋磁器は、ヨーロッパ各地での磁器焼成技術の開発を促し、シノワズリ(中国趣味)という新たな装飾様式を生み出したと同時に、高い商品価値のため、多くの模倣品を生み出した。一方、日本の美術工芸の歴史においては、「写し」は「オリジナル」の下位に置かれる粗悪なコピーではなく、技術的習得や先人の卓越した技能に対する称賛の表われといった積極的な意味や役割を持っている。さらに、「磁器の間」に代表されるコレクションは、異文化への憧憬の眼差しと同時に、元の文脈から剥奪された物品を大量に集積することで富と権力を誇示する政治的機能を担っており、文化的覇権力の装置でもある。

「異文化の物品の大量所有によって文化的・政治的覇権力を誇示する装置」としての室内装飾様式それ自体を模倣・コピーするという手続きをとる本作において、「権力の器」としての厳格な秩序構造のなかに侵入し、あるいは飛び立とうとする鳥たちは、それを内部から攪乱し、解放を企てているようにも見える。「器」の概念を、単体としての器から、それらを内包する権力の視覚化装置へと拡張して介入し、「写し」「コピー」をめぐる東西の工芸史・装飾史へとスケールを拡げた本展は、新たな局面を切り開くものだと言える。



会場風景


桝本佳子公式サイト:http://keikomasumoto.main.jp

2021/05/14(金)(高嶋慈)

2021年06月15日号の
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