artscapeレビュー

呉夏枝「小布をただよう」

2021年07月15日号

会期:2021/06/11~2021/06/27

MATSUO MEGUMI +VOICE GALLERY pfs/w[京都府]

移動を前提とし、リサーチに基づく作品制作を行なっている作家にとって、コロナ禍による移動制限は、制作の根幹に関わり、根底から問い直す契機となる。

現在はオーストラリアを拠点とする染織作家の呉夏枝(お・はぢ)は、韓国の済州島出身の祖母や自身のルーツにまつわる初期作品から、経糸と緯糸の交差が織りなす「布」という構造や「織る」「編む」「糸を結ぶ/ほぐす」といった技法に、時間の積層や記憶の継承・再構築のメタファーを重ねて表現してきた。「第二の皮膚」としての衣服(民族衣装)はもちろん、編み込まれた麻縄は、身体性を強く喚起し、(不在の)身体を想起させる。近年はさまざまな土地へ赴くリサーチとともに射程を広げ、その土地でワークショップを通して出会った女性たちが受け継いできた染織の歴史や記憶を、「近代(化)」「手芸」「ジェンダー」「海を往来する移民や季節労働者」といったより大きな枠組みのなかで捉えている。

例えば、国際芸術センター青森のレジデンスでは、近代化とともに姿を消した「こぎん刺し」など丁寧な手仕事による野良着や肌着のリサーチを行なって写真作品を制作。大阪市現代芸術創造事業Breaker Projectでは「kioku手芸館たんす」を拠点に、地域の女性たちとともに語りながら「編み物をほどく/ほぐす」ワークショップを行なった。また、金沢でのワークショップでは、かつて季節労働者として国境を越えて海を往来した海女に着目し、地域で収集したレースなど編み物をサイアノタイプ(日光写真)の技法で布に転写した。

本展では、リサーチや移動の制限を、「過去の蓄積を反芻し、新たな創作の糧とする期間」と捉え、これまで制作したテキスタイル作品のハギレや試作を縫い合わせるなど再構成して展示した。鮮やかな絣のハギレに重ねられた韓国語のテキスト。腰機(こしはた:持ち運び可能で原始的な織機)で織られた、海に浮かぶ島影。サイアノタイプで青く染め抜かれた、大輪の花のようなレースの連なり。小さな白い絹のチマ(スカート)に刺繍された鮮やかな花。織る、染める、結ぶ、刺繍といった技法の多様性と、作品自体の「記憶」を見せる。

断片どうしが浮遊し、技法や素材、テーマの共通性という見えない糸によってつながり合った空間は、航路が行き交う群島を思わせ、現在進行中の「grand-mother island」プロジェクトを想起させる。また、作品自体の「モビリティ」や「過去の記憶の反芻」は呉自身の創作態度をメタ的になぞるものでもある。同時に、「習作やサンプルを通して作家の思考の跡と核を見せる」試みは、コロナ禍の逆境のなかでの/だからこそ可能になった、オルタナティブな回顧的な展示形態のあり方としても示唆的だった。



[画像提供:ヴォイスギャラリー]



[画像提供:ヴォイスギャラリー]


呉夏枝 公式サイト:http://hajioh.com/

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