artscapeレビュー

キュンチョメ『女たちの黙示録』

2022年03月15日号

会期:2022/02/19~2022/02/27

※配布型作品

シアターコモンズ'22の演目のひとつであるキュンチョメ『女たちの黙示録』は「キュンチョメが異なる立場や背景を持つ女性たちの声に耳を澄ませ、そこから生み出された予言」が鑑賞者に送り届けられる配布型の作品。観客は郵送あるいはシアターコモンズ会場での受け取りを指定し、受け取った作品を自宅などさまざまな場所で「鑑賞」することになる。なお、本作は3月末まで鑑賞可能だが、以下では内容に触れているため注意されたい。

郵送方式を選択すると、やがて黒い段ボール箱が送られてくる。箱を開けると中には銀のリボンで口を閉じられた濃紺の袋。2月中旬という季節柄、バレンタインのプレゼントを連想しつつ袋を開けるとフォーチュンクッキーが7つ入っていた。ひとつ割ってみると中の紙片には電話番号が記されている。電話をかけるとコール音の後、女声を思わせる合成音声が物語を語り出す。

私が最初に聞いた物語は「女たちの黙示録その13 宇宙介護支援センター」と題されていた。「人生の最後を宇宙で過ごしてみませんか」とはじまるこの物語では、宇宙で余生を過ごそうとする富裕層の老人と、その世話をするために宇宙放射線で命を削って働く貧困層の姿が描かれる。宇宙には介護士たちを弔うための天使像が建てられ、やがてそれらの天使像が降り注ぎ地球は滅亡することになる。

「黙示録」のタイトルの通り、語られるのはいずれも「終わりの物語」となっているのだが、「女たちの」という冠にふさわしいのは「その3 クジラと呼ばれた女」だろう。ロシアではヤギ、フランスではウサギ、ポーランドではウシ等々、世界各国で侮蔑の意味を込めて動物の名で呼ばれてきた女たちは本物の動物となり去っていき、そして世界は滅びることになる。

抑圧され発することのできなかった声が体内で石となり人を殺す「その4 声が石になるとき」、人工知能が世界の終わりをもたらす「その7 完璧な宗教」と「その23 0.0001秒のいたずら」、眠りを求める地球が人間を排除しようとする「その17 不眠症の地球」、実験用マウスと人間の立場が逆転する「その26 ネズミの演説」。電話をかける私はそのたびに異なる世界へと接続し、異なる声が語る異なる世界の終わりの物語を聞く。物語の終わりとともに通話は途絶し、「プー、プー」という終話音はまるで電話の向こうの世界が消滅してしまったかのような寒々しさを感じさせる。

ところで、この黙示録はなぜフォーチュンクッキーの形式で届けられたのだろうか。「黙示録」的なものを有する宗教の多くにおいて、そこで描かれる世界の終わりは唯一絶対のものとしてあるだろう。あるいは、実際に世界が終わることがあるならば、その終わり方は結果としてひとつに収斂するのかもしれない。だが、まだ終わっていないこの世界において、そのあり得る終焉はひとつではない。複数形の黙示録は、宗教の権威性を担保するための唯一の真実、逃れられぬ未来としてではなく、あり得る終わりを回避するための、外れるべき予言として届けられているのだ。

ランダムに封入された(と思しき)予言はランダムに開封され、電話を通して個々の鑑賞者の耳に届く。ごく個人的な体験となる予言の聴取はしかし、いつかどこかでほかの誰かと共有される体験でもあるだろう。予言に無限のバリエーションがあるとは思えず、ならば同じ番号の予言を共有する誰かがいるはずだからだ。一方、ランダムな数字の並びは、私には知ることのできない世界の終わりがあることも告げている。そこには誰にも知ることのできない世界の終わり、欠番の予言さえも含まれているかもしれない。

『女たちの黙示録』の意義はむしろ、このようなかたちで起動する想像力の方にこそあるように思われる。フォーチュンクッキーが入っていた袋には「これは終わりの物語です。同時に、はじまりでもあります。」と記されたタグが付されていた。語られる世界の終わりは多様だが、いずれも現代社会の問題をほとんどあからさまに映した寓話となっており、そこに託されているものは明らかだ。私という個人が抱え、あるいは関わることができる問題は現代社会で起きているさまざまな問題のごく一部に過ぎない。だが、その問題を共有する誰かはきっとどこかにいる。そしてまた、目の前にいる誰かは私とは別の問題を抱えているだろう。それを知ること、そのような想像力を起動させること、そして何より、予言を語る者の声に耳を傾けること。それこそが世界の終わりを回避するための第一歩となるはずなのだ。


キュンチョメ『女たちの黙示録』:https://theatercommons.tokyo/program/kyun-chome/

2022/02/20(日)(山﨑健太)

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