artscapeレビュー
六本木クロッシング2022展:往来オーライ!
2023年03月01日号
会期:2022/12/01~2023/03/26
森美術館[東京都]
六本木クロッシングは、森美術館が3年に一度、日本の現代アートシーンを総覧する企画として2004年に始めた展覧会である。7回目の本展は、4名のキュレーターにより、「日本の現代アート」という枠組を越えた22組の作家によって構成されている。多文化性や脱植民地的思考、メディアテクノロジーによって再編される時空間の認識、個人の属性に対する眼差しなど、私たちの認識に働きかける試みは、現在ならではの問いを内包している。と同時に、展覧会という制度のなかでこの問いをいかに切実なものにできるのかは、一考の余地がある。主催者・企画者の意図と作品がもつメッセージとの関係、作品のなかで取り扱われている主題と作家との関係、これらの関係性を表象することによって鑑賞者との間に生じるパワーバランスの問題を避けて通ることができないからだ。
こうした問いへの応答として際立っていたのは、石内都の「Moving Away」(2015-2018)シリーズである。展覧会の中盤に位置づけられた石内の作品は、極めて私的な色合いが強い。金沢八景(神奈川)のスタジオ周辺を被写体とし、彼女の生地でもある群馬県桐生市へ移転するまでのスナップショットが大きくプリントされ、配置されている。その一点ずつを見ていくと、カーテンに触れるような仕草が収められたショットは、彼女が同年代の女性たちの手や足を撮影した「1・9・4・7」を彷彿とさせ、芽の伸びた玉ねぎは、「Mother’s」で母の遺品が撮影された台所を思い起こさせる。そして、カーブミラーに小さく写る控えめなセルフポートレートとは対照的に、43年にわたりプリントを行なったという暗室からは、米海軍基地の街、赤線跡を撮影した「絶唱、横須賀ストーリー」「連夜の街」など、粒子の粒が際立つような初期の白黒写真が連想されるのだ。「引っ越し」という過去からの切断を主題としながらも、石内が取り組んできた数々の主題を想像させることにより、鑑賞者が自らに向き合うマインドセットが立ち上がる。
一方、やんツーの新作《永続的な一過性》(2022)は、自律搬送ロボットが多様なオブジェのなかから一つを選択して運び、展示・撤去を繰り返すというインスタレーションで、物流倉庫が着想の源にあるという。あらゆるものを「輸送する」という地平において等価に扱う物流のシステムをシミュレーションすると同時に、展示行為になぞらえた作品である(名和晃平の《Untitled》(プロトタイプ)を含め、借用された3点が「多様なオブジェ」の一部として扱われている点も、見どころのひとつであろう)。やんツーの作品ではオブジェが台座に設置された際にのみ、鑑賞者がキャプションを読むことができる。ロボットにより作品が搬入されるのを待ち、作品と解説を対照しながら鑑賞する行為もまた、システムに組み込まれているというアイロニーとも読み取れる。興味深かったのは、前述のキャプションや解説はすべてQRコードで読み込む仕組みとなっており、展覧会会場の外部から書き換え可能であることを示唆している点だ。やんツーによるシステムの模倣は、展覧会という制度を相対化し、パロディとして扱うことにとどまらない。私たちの生活に浸透するメディア技術を想起させ、グローバル資本主義下の監視や検閲、規格化・均質化といった問題への問いとしても機能している。
今回の展示で気になったのは、共同企画者一同によるステートメント以外に明確な章立てを示していない点であろう。その狙いはどこにあるのか。タイトルの「往来オーライ!」は誰に向けられた言葉なのか。本稿では2人の作品を対比的に解釈することを試みたが、会期中複数の解釈が生まれるところに往来の可能性が託されているに違いない。
公式サイト:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/roppongicrossing2022/index.html
2023/02/04(土)(伊村靖子)