2024年03月01日号
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artscapeレビュー

山下麻衣+小林直人 ─もし太陽に名前がなかったら─

2023年04月01日号

会期:2023/01/25~2023/03/21

千葉県立美術館[千葉]

子どもたちはいつの間に、画用紙の上部片側にオレンジ色の太陽を描くことを覚えるのだろうか。私自身、かつて同様の疑問を持ったことがある。パリのニュース番組で天気予報の太陽が黄色で表示されたのを見たとき、この国の子どもたちは何色で太陽を描くのか興味をもったのだ。と同時に、一体人はいつからこのような営為を身につけるのだろうという素朴な疑問が湧いた。太陽が名前をもつということは、それが「太陽」であれ「Soleil」や「Sun」であれ、記号として接地し、反復できるイメージとして定着することを意味しているのだろう。《The Sun In The Corner》(2023)は、それを端的に示した作品だ。



《The Sun In The Corner》(2023)展示風景 千葉県立美術館[撮影:木暮伸也]


山下麻衣+小林直人は、人がこの世に生まれ落ち、一つひとつの出来事に出会いながら、それらの複雑さを捨象するための記号を獲得し、制度のなかで生きるまでのプロセスを丁寧に解きほぐす。この観察に根ざしたささやかな行為(=作品)が、いかにラディカルであり、現実を裏返し、変革をもたらす可能性に満ちているかを想像せずにはいられない。山下と小林は、鑑賞者が世界ともう一度出会い直すことを肯定しているのだ。

例えば、映像作品《積み石》(2018)の冒頭では、部屋の一角に高さ30cm、直径15cmほどの丸太が配置されている。そこに小林が現われ、丸太の間に背を向けて横になりうずくまる。次に山下が歩いて行き、安定する場所を探しながら、小林の上に積み重なる。そこにやって来るのが、愛犬のアンである。アンは、いつもとは違う二人の様子に戸惑いながら、石のように静止した二人とやり取りをしようと試みる。最後に、アンは山下の上に飛び乗り、居場所を探して留まるのである。4分38秒の間に、丸太、小林、山下、アンの関係が構築されていくのだ。興味深かったのは、初めは小林、山下、アンの三者を見ていたのだが、映像を繰り返し観察するうちに、無関係に見えていた丸太との関わりを考え始めたことだ。つまり、見る側もまた関係を見出しているのだ。《積み石》は、家族のような原初的な関わりを想起させるだけでなく、社会の原型を示していると言っても過言ではないだろう。



《積み石》(2018)展示風景 千葉県立美術館[撮影:木暮伸也]


一方、《KEEP CALM, ENJOY ART》(2019)、《世界はどうしてこんなに美しいんだ》(2019)、《人( )自然》(2021)は、山下が自転車に乗り、ペダルを漕ぐと、車輪に取り付けられたLEDホイールライトが残像効果によって短い言葉を照らしだす、映像作品のシリーズだ。そのうちの一作、《KEEP CALM, ENJOY ART》は、イギリス政府が第二次世界大戦の直前に、開戦時の混乱に備え、国民の士気を維持するために作成したプロパガンダポスター「KEEP CALM and CARRY ON(落ち着いて、日常を続けよ)」をもとに制作された作品である。このポスターは制作された当初広く知られることはなかったが、2000年に再発見されたのを機に、「CARRY ON」を別の言葉に読み替えるパロディが世界的に流行したという。言葉は記号を生み出し、集団の記憶を形成するが、その呪縛から人間を解放し、さまざまな解釈や行為を可能にすることもある。作品に引用された言葉は、向かい風を受け、自転車を漕ぎ続ける山下の身体的な負荷や風景とあいまって、生を取り戻すのだ。



《KEEP CALM, ENJOY ART》(2019)



左から《Artist’s Notebook》(2014-)、《積み石》(2018)、《NC_045512》(2023)、《KEEP CALM, ENJOY ART》(2019)、《世界はどうしてこんなに美しいんだ》(2019)、《人( )自然》(2021) 展示風景 千葉県立美術館[撮影:木暮伸也]


ここで紹介したのは展覧会の一部に過ぎない。そして、彼らの作品は、組み合わせによって何通りもの読みを誘発する。「出会い」や「関係」などから想起されるように、「もの派」の実践の拡張として捉えたり、環境芸術の観点から解釈するなど、過去の作品との接点により、新たな文脈を見出すこともできそうだ。

公式サイト:http://www2.chiba-muse.or.jp/www/ART/contents/1668403751371/index.html

2023/03/05(日)(伊村靖子)

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