artscapeレビュー

2023年04月01日号のレビュー/プレビュー

マルタン・ブルブロン『エッフェル塔~創造者の愛~』、ジャン=ジャック・アノー『ノートルダム 炎の大聖堂』

[全国]

もうすでに日本で公開されているが、ひと足先にパリのランドマークの建設プロセスを描いた映画『エッフェル塔~創造者の愛~』を鑑賞し、以下のコメントを寄せた。


様式なき造形ゆえに、当初のエッフェル塔は「建築」として評価されなかった。
しかし、結果的にその大胆な構造は、20世紀建築の可能性の扉を開く。
そして今や現地では目撃できない建設途中の姿が凛としていること!
この映画はなぜ一人の技術者が新しい美を創造しえたかについて独自の解釈を与えた。


ギュスターヴ・エッフェルは、いわゆる技術者であり、ボザールで様式を徹底的に学ぶ建築家ではなかったがゆえに、新しい構造の可能性を自由に考えることができたのだが、映画においてそのへんの背景はややわかりにくい。19世紀は様式にもとづく芸術的な建築が限界を迎え、構造と芸術が引き裂かれた時代だった。また、もうすでに完成した状態でしか、われわれは見ることができないので、この映画の見所のひとつは巨大なセットとしてつくられた建設途中のエッフェル塔だろう。独創的なポイントは、史実に対し、エッフェルの秘められたラブストーリー(フィクション)を組み込んだことによって、新しい解釈を与えたことである。ネタバレになるので詳細の記述は避けるが、2000年代に入り、東京タワーにスカートをはかせたいといった思いがけない卒業設計が登場し、塔の女性化に衝撃を受けたことを個人的に思いだした。塔はしばしば男性的なものとされているからだ。


パリのもうひとつのランドマークの映画が、日本では4月公開に公開される。2019年にノートルダム大聖堂の屋根で火災が発生し、燃える姿が世界に衝撃を与えた事件をモチーフにした作品『ノートルダム 炎の大聖堂』だ。当時のリアルな映像(おそらく、報道や個人が撮影した素材)も交えたドキュメンタリー・タッチの映画である。そして消防隊の視点からとらえたことが大きな特徴だ。警報が鳴ったにもかかわらず、誤作動と判断された初期発見のミス、渋滞や塔を登る途中のドアが開かないことによる初期消火の失敗が重なったうえに、そもそも消防を前提としない高い構築物ゆえに、いかに大変な現場だったことがわかる。歴史を振り返ると、尖塔は落雷によって火災を繰り返しており、われわれがよく知る姿は19世紀にヴィオレ・ル・デュクが新しくデザインしたものだ。映画では、聖遺物に対する属人的な管理にも驚かされた(もし担当者がもっと遠い場所にいて、駆けつけることができなかったら?と思う)。火災をテーマとする映画は少なくないが、これは人命救助ではなく、文化財のために消防隊が命をかける特殊な事例である。なお、セットやVFXの出来が良いことも最後に付記しておく。


『エッフェル塔~創造者の愛~』公式サイト:https://eiffel-movie.jp
『ノートルダム 炎の大聖堂』公式サイト:https://notredame-movie.com

2023/02/08(水)(五十嵐太郎)

バンコクのショッピングモール

[タイ、バンコク]

12年ぶり、3回目のバンコクは、コロナ禍の入国ハードルがないことと、浅子佳英による近年のショッピング・モール報告が気になって訪れた。したがって、これまでと違い、寺院はほとんど見学しなかった。到着した初日は、大雨だったため、屋外を歩かなくてもすむように、丸一日かけて、サイアム・センターターミナル21など、スカイトレインの駅と連結する商業施設をいくつかまわり、なんと2万5千歩も歩いた。美術館をはしごしても、なかなかこの数字には到達しない。外部なき都市空間、すなわちひたすら巨大な室内空間に飲み込まれるような体験だった。ともあれ、エムクオーティエマーブンクロンセンター(MBK)など、駅とモールのあいだに外部空間が存在する場合、透明な折りたたみ式の構築物を広げることによって、濡れずにアクセスできる。またスカイトレインが高架であるため、ショッピング・モールの基準となるフロアは基本的に2階だ。豪雨や洪水などにより、チャオプラヤー川の水位が上昇し、バンコクがときどき浸水することを踏まえれば、合理的な計画だろう。



アイコンサイアム




アイコンサイアムのなかのアイコンラックス




サイアム・ディスカバリー




サイアム・パラゴンのシネコン




駅のホームからターミナル21が見える




エムクオーティエ 中庭の屋外通路にも雨避けの構築物


こうしたショッピング・モールが郊外ではなく、都心で発達するのは、もちろん熱帯の環境ゆえに、冷房が効いた空間が求められるからだろう。タイ、インドネシア、ベトナムなどの東南アジアでは、しばしばモダニズムのピロティが風通しがよい日陰として活用される事例も目撃してきたが、やはり空調の方が快適なのだ。こうした駅直結モール群は、ドバイでも観察され、しかも屋内スキー場や巨大な水槽を備えるなど、凄まじい進化を遂げているが、まわりは砂漠に囲まれた街であり、日本とはあまりに状況が違う。だが、バンコクは電線が多い、ごちゃごちゃした街並みのアジア的な環境ゆえに、日本と比較しやすい。それだけに、ありえたかもしれない未来を想像し、近年の東京における再開発デザインの遅れを痛感した。空間の大きさ、ダイナミックな吹き抜け、プランやテーマの多様性、力が入ったデザイン、そして元気であること。いずれの点においても、バンコクの方が東京に優っている。バンコクでは、中国、台湾、シンガポールの商業施設などで試みられた手法もとり入れているが、それらを総合しつつ、実験的な空間にも挑戦している。



スキー・ドバイ


2023/02/16(月)、18(水)、19(木)(五十嵐太郎)

バンコク・アート・ビエンナーレ2022と国立美術館

会期:2022/10/22~2023/02/23

バンコク芸術文化センター、JWDアートスペース、サイアム博物館ほか[タイ、バンコク]

バンコク市内の複数の会場を用いて、コロナ禍を意識したバンコク・アート・ビエンナーレ2022が開催されていた。メイン会場は、ニューヨークのグッゲンハイム風に吹き抜けのまわりに螺旋スロープの空間をもつバンコク芸術文化センター(BACC)である。外壁にはアマンダ・ピンボディバキア(Amanda Phingbodhipakkiya)の作品が大きく描かれていた。BACCでは、館内の上層を会場に用い、タイの作家が多いのは当然として、ダミアン・ジャレ(Damien Jalet)、キムスージャ(Kimsooja)、片山真理ほか、ロシア、モンゴル、ドイツ、オーストラリア、イタリア、インドネシアなどから参加しており、思いのほか賑やかだった。そして身体の痛みを伴う作品が目立つ。ビエンナーレの全体テーマは「カオス」であり、35ヵ国から参加している。なお、入場は無料だが、街中でも分散展示していた。今回、全会場をまわる時間はなかったが、おそらくワット・ポーやワット・アルンなどの有名寺院では、作品を見るために、拝観料を支払う必要がある。またサムヤーン・ミッドタウンセントラル・ワールドなどのショッピングモールでは、屋外に作品を展示していた。



バンコク芸術文化センター




バンコク芸術文化センター(左はキムスージャ)




バンコク芸術文化センターの吹き抜けの展示


倉庫のフロアを転用した本格的なギャラリー、JWDアートスペースは、作品数が多く、第2会場というべきエリアだった。ここは東南アジア、アフリカ、ギリシア、ロシア、南米の作家でかため、辺境へのまなざしが強い。サイアム博物館も、ビエンナーレの街なか会場として活用され、敷地内の別棟や屋外に宮島達男らの作品を展示している。なお、これは1922年に竣工した洋風近代建築を保存した施設だが、展示はインタラクティブな仕かけが多い分、内容は薄い。もっとも、タイ的とは何かという全体テーマの設定は興味深く、もしこれを日本でやったら、どうなるか考えさせられる。

ところで、タイの美術の流れを知るために訪れた国立美術館は、西洋の様式建築の外観をもつ。ここは改修中のため入れないエリアが多かったため、こじんまりとした展示だったが、1949年に開催された政府主導の美術展を起点に、アートの洋風化と近代化の流れを紹介していた。またアートの教育活動に貢献したイタリア人の彫刻家シン・ピーラシーに関する企画展を開催していた。




JWDアートスペース。Nengi Omukuの作品展示風景




ビエンナーレ 会場風景、サムヤーン・ミッドタウンの屋外展示。Maitree Siriboonの作品




宮島達男の作品 展示風景、サイアム博物館




シン・ピーラシーの作品 展示風景、国立美術館


公式サイト:https://bab22.bkkartbiennale.com

2023/02/16(月)〜2023/02/19(木)(五十嵐太郎)

近江八幡の建築

[滋賀県]

最寄りの駅からタクシーで10分ほどの《ラコリーナ近江八幡》を訪れた。もちろん、藤森照信の建築が存在しているからだが、その後、土塔や銅屋根の本社など、エリア内にだいぶ藤森建築が増えており、1月にはバームファクトリーがグランドオープンしたばかりで、今後もさらに拡張するらしい。新しい施設は、バウムクーヘンを生産する工場を見学し、そこで食べたり、購入できたりする場であり、長蛇の列が生まれていた。この賑わいを見ると、大成功のプロジェクトであり、リング状の回廊、棚田、ワイルドなランドスケープ、フードコート、ギフトショップなども備え、まさにジブリ的な建築群による食のテーマパーク状態に成長していた。それにしても、藤森建築は、一般人に刺さる表層の素材感は徹底的だが、逆に「空間」はない。また不思議な造形だが、大胆な構造など、テクトニックで勝負するタイプでもない。建築家による建築家のためのデザインとは違う。ある意味で潔い態度かもしれないが、そのことによって圧倒的な人気を獲得していることは興味深い。



《ラコリーナ近江八幡》




《ラコリーナ近江八幡》


近江八幡はおそらく学生のとき以来であり、かなり久しぶりの再訪だった。商家などの古い街並みがよく残るなか、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが定住したことから、郵便局、教会や学校の関連施設、住宅、病院など、彼の手がけた近代建築群が数多く点在しており、魅力的な風景を形成していることに改めて感心する。確実に街の個性的なイメージをつくりだしており、建築家冥利につきる仕事だろう。なお、《ヴォーリズと少女の銅像》も2003年に設置された。六角塔屋をもつ《白雲館(旧八幡東学校)》(1877)も修復され、立派なランドマークだった。また出江寛による《かわらミュージアム》(1995)は、装飾や構成が凝ったポストモダン建築であり、展示の内容も充実している。特に余白だらけの二階が、贅沢な空間の使い方だった。これは現在の安普請が重視される風潮なら、批判されそうな建築だが、デザインの密度は高く、きちんと残せば、街の資産になるだろう。ヴォーリズの建築だって、決して安いものをつくったわけではなく、当時としては高価だが、長く維持することで価値を高めたものである。



ヴォーリズ設計の近江兄弟社学園《ハイド館》




ヴォーリズ設計の郵便局




ヴォーリズと少女の銅像




《白雲館(旧八幡東学校)》




《かわらミュージアム》


2023/02/25(土)(五十嵐太郎)

ルーヴル美術館展 愛を描く

会期:2023/03/01~2023/06/12

国立新美術館[東京都 ]

日本ではトリエンナーレ並みの頻度で開かれる「ルーヴル美術館展」だけに、さすがにネタが尽きてきたのか、今回は「愛を描く」をテーマに、西洋美術史のなかでもルネサンスと印象派に挟まれた、日本人にもっともなじみの薄い(はっきりいって人気のない)17-18世紀のバロック・ロココ・新古典主義を中心に集めてきた。出品作品は16世紀から19世紀まで計73点だが、うち17-18世紀が9割近くを占めている。この時代の絵画というと、たいてい乳白色の豊満なヌード女性のまわりを羽根の生えた裸の小僧が飛び交うみたいな、うんざりするほど甘美なやつだ。しかもフラゴナールの《かんぬき》とかジェラールの《アモルとプシュケ》が目玉作品というから、内容は推して知るべし。実際、プロローグと第1、2章までは5分ほどで駆け抜けた(もちろん時間に余裕があればゆっくり見たいけど)。

足が止まったのは後半、「人間のもとに──誘惑の時代」というサブタイトルの第3章。特に17世紀オランダの風俗画は、絵画を読み解く楽しさにあふれている。たとえばスウェールツの《若者と取り持ち女》は、若い男性と老婆が向かい合う構図で、娼婦を買いに来た若者とそれを仲介する取り持ち女を描いたもの。若者は斜めを向いた顔に光が当たり、老婆は横向きでしゃくれ顎が目立ち、逆光になっている。小品ながらこの1枚に男と女、若と老、美と醜、光と闇といった人間の対比を鮮やかに浮かび上がらせている。

テニールスの《内緒話の盗み聞き》は農家の室内を描いたもので、横長の画面の左右ではまったく別の物語が進行中だ。左手前では男が若い女にワインを勧めながら誘惑し、その上の窓から老婆がふたりを見下ろしている。画面の右奥では数人の男が暖炉の前でタバコを吸ったり、薪を運んできたりする様子が描かれる。室内空間の右と左、上と下、手前と奥、内と外という構造を、それぞれ別の登場人物を配置しながら小さな画面のなかに巧みに織り込んでいる。

きわめつきは、ホーホストラーテンの《部屋履き》だ。画面右に把手のついたドアがあるので室内をのぞいたところだろう。左の壁には箒が置かれ、中央に戸口がふたつ連続している。何重にも入れ子構造になった絵画空間。奥のドアには鍵が刺さったまま、その下にはタイトルになった部屋履きが脱ぎ捨てられている。箒、部屋履き、鍵、本、ロウソクと意味ありげなものが散りばめられ、謎かけをしているようだ。しかし人がだれもいないのに、なぜこれが「愛を描く」テーマの展覧会に入っているんだ? と思ったら、奥の壁に娼婦と若者を描いた絵が画中画として描かれているではないか。ここから、「この家の女主人は愛の悦びに屈し、あまり道徳的ではないことに時間を費やすために自分の仕事を怠っていると考えるのが自然だろう」とカタログは解説する。自然か? さらに脱ぎ捨てられた部屋履きや閉じられた本により、「エロティシズムがさりげなく暗示されているのである」とまでいう。すげえな、なんでも愛=エロティシズムに結びつけてるぜ。


公式サイト:https://www.ntv.co.jp/love_louvre/

2023/02/28(火)(村田真)

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