artscapeレビュー

ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2023 アルセナーレ会場ほか

2023年09月01日号

[イタリア、ヴェネツィア]

アルセナーレ会場の冒頭におけるディレクターのガーナ系スコットランド人のレスリー・ロッコのステートメントが興味深い。ヴェネツィア・ビエンナーレ側が展示にあまりお金を出さないので、これまで金持ちの国や組織ばかりが出展していたことを批判していたからだ。なお、ジャルディーニ会場のパビリオンは場所を提供するだけで、展示費用の全額が各国の負担である。万博の形式と似ているが、実際にヴェネツィア・ビエンナーレは万博の時代だった19世紀末に誕生し、現在それだけのブランドを獲得しているから可能なシステムである。また2006年以降、筆者はビエンナーレの国際建築展を8回鑑賞しているが、これまで見たなかで日本人の出展者が最少だった(日本館以外では、藤貴彰の《ベネチ庵》くらい)。もっとも、ロッコが明確にアフリカ系の起用を掲げており、当然の結果だろう。歴史的な経緯から欧米はアフリカ系の人間が多いが、そもそも日本には少ない。逆に2010年に妹島和世がディレクターを務めたときはもっとも日本人のプレゼンスが高かった。後から歴史を振り返ると、これが日本の現代建築のピークだったと位置づけられるかもしれない。

なお、本体企画とは別だが、ビエンナーレの会期に合わせて、パラッツォ・フランケッティにおいて、隈研吾の「オノマトペ建築(Onomatopoeia Architecture)」展が開催されていた。新しい日本的な概念としてオノマトペ概念を説明しつつ、美しい写真と精巧な模型を並べ、空間構成や構造の解説は省略している。展示のトップは《国立競技場》(2019)だった。それゆえ、2016年に同じ会場でザハの回顧展を見た記憶が蘇る。このとき彼女が排除された国立競技場案は展示されておらず、代わりに未来的な技術を探るプロジェクトの数々が紹介されていた。



隈研吾による「オノマトペ建築」展(パラッツォ・フランチェッティ)


ところで、あまり指摘されていないが、実は今回のビエンナーレはキャプションが特徴的だった。すなわち、通常はただ解説が付いているのみだが、出品者の顔写真をカラーで添付し、制作関係者のクレジットを細かく記載している。したがって、写真によって女性(おそらく、過去最多だろう)やアフリカ系が多いことが一目瞭然だった。またチームとしての制作を重視する姿勢は、アルセナーレ会場とジャルディーニ会場の中央館のエントランスでも、ロッコの名前の後に、映画のエンドロールのような名前の長い列がパネルで掲げられていたことからも伺える。リサーチャーや秘書の名前まで入っていた。



「Black-Females in Architecture」展の展示キャプション


アルセナーレ会場では、キリング・アーキテクツによる中国の再教育施設の分析、フォレンジック・アーキテクチャーらのウクライナ調査を通じた都市起源の仮説、DAARのイタリア・ファシズム建築保存への問い、リアム・ヤングのSF的な未来など、映像に力作が目立った。また建築模型はフローレス&プラッツ、屋外のインスタレーションはデイヴィッド・アジャイ、国別はウズベキスタンの展示が印象に残る。もっとも、中途半端なアート風の展示が散見されたので、ベタな建築の紹介がもう少し欲しかった。ロッコの問題提起は興味深いが、それを理解するために、個人的にはアフリカの知られていない前提や文脈を共有すべく、もっとアフリカ各国の歴史と建築の背景を展示しても良かったのではないか。ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館が主催するアプライド・アーツ・パビリオンの「トロピカル・モダニズム」(特にガーナとイギリスの関係)の展示のみが、ちゃんと近代建築史を伝えており、こうしたタイプのコンテンツを充実させてほしかった。

なお、筆者が初めて名前を覚えた、貧者のための建築を実践したエジプトのハッサン・ファトヒーも本体企画では言及されておらず、ようやく別企画のパラッツォ・モラの展示に含まれていた。



キリング・アーキテクツによる中国の再教育施設の分析




DAARによる、イタリア・ファシズム建築保存に関する展示風景



フローレス&プラッツの展示室


ロイドの活動(アプライド・アーツ・パビリオン「トロピカル・モダニズム」展)



ハッサン・ファトヒーの展示(パラッツォ・モラ)



ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2023:https://www.labiennale.org/en
ヴェネチア・ビエンナーレ日本館:https://venezia-biennale-japan.jpf.go.jp/j/architecture/2023



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