artscapeレビュー
浜昇「From Scratch」
2023年10月15日号
会期:2023/09/05~2023/09/19
浜昇が、自ら主宰する写真公園林から1990年に刊行した『フロムスクラッチ』はとても好きな写真集だ。写っているのは、街を徘徊するなかで見出された小さなスクラッチ(傷)である。壁やガラス窓や道路などを含む日常の事物の表面に、微かなスクラッチを見出し、それらにカメラを向けてシャッターを切る、ただそれだけの行為の集積だが、そこにはじつに味わい深い眺めが出現していた。スクラッチそのものは、意図的というよりは偶発的にできあがったものだろう。だが、その事物の材質、光の状態、反射や映り込みなどが相まって、偶然とは思えない精妙なテクスチャーが浮かび上がってくるのだ。
今回の展示で、1970年代後半から80年代初頭にかけて撮影されたこのシリーズに、時代的な背景があったことがわかった。1960年代末から70年代初頭にかけての、イデオロギー主導の「政治の季節」の終焉とともに、これみよがしのテーマや方法論を前面に押し出すのではなく、むしろ個々に「穴」を穿つような姿勢があらわれてくる。そこに、浜の展覧会のためのコメントを引用すれば、「反権力でも反エスタブリッシュメントでもない、コンセプチュアルフォトでもない、1970年代のドキュメント」が成立していった。人やモノそのものではなく、むしろその痕跡に目を向けた本シリーズも、「この時代のリアル」をミニマムに追求する傾向のあらわれだったということだろう。
35ミリのフィルムで撮影され、黒枠をつけて8×10インチサイズに引き伸ばされた写真群(未発表作を含む)のたたずまいは、饒舌ではないが説得力がある。あらためて注目してよいシリーズといえるのではないだろうか。
浜昇「From Scratch」:https://pg-web.net/exhibition/from-scratch/
2023/09/06(水)(飯沢耕太郎)