artscapeレビュー

開館10周年記念展ニューホライズン 歴史から未来へ

2023年11月01日号

会期:2023/10/14~2024/02/12

アーツ前橋+前橋市中心市街地[群馬県]

アーツ前橋の開館10周年記念展。振り返れば、作品紛失とか契約不履行とかいろいろ「歴史」があったけど、とりあえず置いといて「未来」の「新たな地平」へ踏み出そうってか(笑)。「ニューホライズン」の芸術監督はアーツ前橋の特別館長に就任した南條史生氏。特別館長ってなんだ? 南條氏は、共同ディレクターを務めた第1回横浜トリエンナーレでは「メガ・ウェイブ──新たな統合に向けて」を、森美術館の副館長時代には開館記念展に「ハピネス──アートにみる幸福の鍵」を、館長時代の10周年記念展では「LOVE展 アートにみる愛のかたち」を、それぞれ手がけてきた。カタカナ・横文字のタイトルに、明るく前向きなサブタイトルをつける傾向は変わっていない。

会場はアーツ前橋のほか、近所の白井屋ホテル、百貨店、空きビル、路上にも広がり、出品作家は計26組。展示作品は未来志向の割に映像やメディアアートは意外と少なく、絵画が多い。特に目立つのはブラッシュストロークを強調した作品で、井田幸昌、武田鉄平、山口歴がそれに当たり、ペインタリーな五木田智央と川内理香子も加えれば5人に上る。だがよく見ると、武田は筆触を精密に写したフォトリアリズム絵画、山口はボードを筆跡のかたちに切り抜いた一種のレリーフで、どちらもブラッシュストロークをモチーフにした「だまし絵」にすぎない。こうしたトリッキーなだまし絵は最初は目を引くものの、仕掛けがわかればすぐ飽きてしまう。

メディアアート系ではビル・ヴィオラとレフィーク・アナドールによる映像、ジェームズ・タレルとオラファー・エリアソンによる光を使ったインスタレーションなどがあるが、アナドール以外はこぢんまりしている。ちなみに、アナドールの映像は鮮やかな色彩の液体が色を変えながら流動していくもので、これを絵具の奔流と捉えればブラッシュストロークにも通じる。だまし絵も含めて視覚的にインパクトのある作品が多く、見て楽しめる展覧会になっている。

異彩を放つのが村田峰紀だ。交差点に面した1階のガラス張りのロビーに白い箱を置き、村田自身がすっぽり入って首だけ出しているのだ。ポータブルサウナにも見えるが、どっちかといえば晒し首。時折ヴィーンと機械音を発しながら振動する。自慰でもしてるのかと想像してしまうが、たぶん箱のなかで本を引っ掻いているんだろう。「ニューホライズン」というさわやかなタイトルに抗うような不穏なパフォーマンスだ。彼が前橋出身という来歴を抜きに選ばれたとしたら、出色の人選といわねばならない。



村田峰紀によるパフォーマンス風景[筆者撮影]


アーツ前橋以外の会場を回ろうと街を歩いてみて驚いた。中心街というのに更地は多いわ、シャッターは閉まっているわ、歩行者は少ないわ、まるでゴーストタウンのようにさびれまくっているではないか。そんな街だからこそアートで活気づけようと、白井屋ホテルやまえばしガレリアみたいなアートゾーンができたり、今回のように街なかにアートを置いたり、いろいろ試みているのだろう。アートの住処は整備された美術館や金持ちの豪邸だけでなく、さびれた廃墟にもフィットするからな。

白井屋ホテルは裏口が半ば土に覆われているのでびっくり。入っていくと柱と梁がむき出しの空間に出る。表玄関に回ると、ローレンス・ウィナーによる「FROM THE HEAVENS」などと書かれたコンセプチュアル・アートが壁面に掲げられていたりして、ウワサには聞いていたけどここまでやるかってくらい思い切ったリノベーションが施されていた。設計は藤本壮介。ここではロビーに蜷川実花の色鮮やかな花のインスタレーションが見られるが、蜷川作品については後述したい。

路上にもいくつか作品が置かれる予定だが、ぼくが見ることができたのは中央通りの商店の前に置かれた関口光太郎の《ジャイアント辻モン》。骨組みに新聞紙で肉づけしてガムテープで巻いた高さ5メートルはありそうな巨人像で、上半身にはオウムが止まっている。前橋出身の関口にとってこのエリアは思い出の場所であり、その思い出が辻神になった姿だという。その先の小さな百貨店といった風情のスズラン前橋店では、別棟の空きフロアでマームとジプシーによるインスタレーション《瞬く瞼のあいだに漂う》が見られる。マームとジプシーはやはり前橋出身の藤田貴大が脚本・演出を務める演劇集団で、近年は演劇と美術を架橋する活動も行なっている。ここでは空き店舗の空間を利用して、市内をフィールドワークして得られた映像や写真、テキスト、声などで前橋の記憶をインスタレーションしてみせた。

その先のHOWZEというバブリーなビルでは、WOW、川内理香子、蜷川実花ら5組が各フロアに作品を展示。水商売の店が入っていたせいかビル全体が妖しげだし、作家数も多いし、見応えがあった。WOWの《Viewpoints - Light Bulb》は、ランダムに明滅する裸電球と数十枚の鏡を巧みに配置し、ある1点に立つと光が1本の水平線に見えるというインスタレーションを実現。視覚的にインパクトがあるし、水平線(ホライズン)だし、この展覧会にピッタリかもしれない。川内理香子はアーツ前橋にも絵画を出しているが、ここではネオン作品を発表。コンクリートむき出しの壁や床に捻じ曲げたネオン管が赤く輝き、廃墟のような場所性と相まって妖しい雰囲気を増長している。



WOW《Viewpoints - Light Bulb》より[筆者撮影]


1フロアだけキャバレーの内装が残されているが、これを有効活用したのが蜷川実花だ。赤、青、紫の艶かしい照明の下を抜けると、広々としたフロアに水を貯めた水槽やモニターが置かれ、色とりどりの金魚を映し出している。酔客の代わりに金魚が踊っているのだ。奥には赤いカーテンのかかった小舞台があり、バブルの栄華が偲ばれる。これはいい。アーツ前橋の作品がどっちかといえば優等生的な表の顔だとしたら、ここにある作品はちょっと不良っぽい裏街の顔で、うまくバランスが取れているように思えた。



蜷川実花《Breathing of Lives》より[筆者撮影]


開館10周年記念展ニューホライズン 歴史から未来へ:https://www.artsmaebashi.jp/?p=18770


関連レビュー

群馬の美術館と建築をまわる|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2020年12月15日号)

2023/10/13(金)(内覧会)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00066640.json l 10188393

2023年11月01日号の
artscapeレビュー