artscapeレビュー

菅野由美子展

2023年11月01日号

会期:2023/09/19~2023/10/07

ギャルリー東京ユマニテ[東京都]

1980年代にニューウェイブのひとりとしてデビューして約40年。数年の中断を経て、「器」を描くようになってからも早20年近くが経つ。初めは身近なグラスや食器をひとつだけ、あるいは2つ3つ並べただけの、まるで17世紀スペインのボデゴン(厨房画)のような、素朴で静謐な静物画だった。2007年のコメントを見ると、「作為、意図、あるいは表現というようなものを極力排しながら、淡々と、普通に、ものがそこにあるさまを描きたい」と述べているように、もの派もニューウェイブも通過した後の普遍的な絵画表現を目指しているようにも映った。

ところが何年か描いているうちに、画面を極端に横長(または縦長)にしたり、背景を幾何学的に構成したり、遠近感を消したり、少しずつ表現に欲が表われてくる。ある意味初心を裏切っているようにも見えるが、しかし職人じゃあるまいし、5年も10年も同じモチーフを描き続けていればおのずと変化が訪れるもの。むしろ変化を受け入れないのは不自然だし、アーティストなら変化を恐れてはいけない。2年前の個展では、コロナ禍で会えなくなった友人たちからマグカップの画像を送ってもらい、それらを画面上で組み合わせて描くなど、彼女としては珍しく社会との接点を探ったりもしている。

そして今回、さらなる変化が見られた。ひとつの画面に同じ器がプロポーションを変えて何度も登場したり、同じ画面なのに器の影が右を向いたり左を向いたり、空間がねじれ、変容してきているのだ。たとえば《five_15》は、棚が大きく上段、中段、下段に分かれ、上の棚からそれぞれひとつ、4つ、8つの器が置かれている。ところが下段左の3つの器はサイズとプロポーションを変えて下段右と中段にも登場し、下段の右端のカップは幅が広がって上段に鎮座している。いや鎮座しているというより、パソコンのウィンドウのように嵌め込まれているといったほうがいいか。

《nine_1》は濃紺の地に9個の器が配されているが、縦長の画面にどれもほぼ同じ大きさで描かれているので遠近感がなく、左上の器だけ背景が黒いため影がなく宙に浮いているように見える。また、地が暗いのでわかりづらいが、ほかの器の影は右を向いたり左を向いたりてんでばらばら。要するに現実感が希薄化しているのだ。と思ったら、《two_28》のように、正方形の画面にふたつの器を奇を衒うことなくシンプルに描いた作品もある。さてこれからどのように変わっていくだろうか。



展示風景[写真提供:ギャルリー東京ユマニテ]


菅野由美子展:https://g-tokyohumanite.com/exhibitions/2023/0919.html


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