artscapeレビュー

安室奈美恵「BEST FICTION TOUR」

2009年04月01日号

会期:2009/03/07~2009/03/08

横浜アリーナ[神奈川県]

休憩なしの140分。45万人を動員する巨大ツアー。3曲目だったか「New Look」の冒頭、古のミュージカル映画のような巨大ハイヒールの上でポーズをとる安室に、会場の女子たちが一斉に「かわいいー」とため息混じりの叫び声を上げた。あの瞬間が、このライブのハイライトだった。舞台両脇のスクリーンに映る安室は、圧倒的にかわいく、その輝きは安室があらためて手にした勝利を饒舌に語っていた。新曲「Dr.」に典型的な、多様な要素を濃縮状態で繋いでゆく複雑で刺激的な楽曲は、万人受けするポップスとは言いがたい。けれども、だからこそファンは突っ走る安室にどうにか食らいついてゆきたいと熱望するのだろうし、だからこそ安室はいま「憧れの存在」なのだろう。「歌謡曲歌手」というステレオタイプでいまの安室を括るのはちょっとずれている。次々と耳に飛び込んでくる多国籍な音楽イメージ、ヒップ・ホップはもちろんのこと、過去のポップス、ゴス的なテイスト、アフリカン、チアーやマーチングや沖縄民謡など。それが、きちんと「安室奈美恵」というブランドイメージをまとって繰り出されるのだから「ついていきます!」とつい漏らしてしまいたくなるというもの。いや、かつて「歌謡曲歌手」とはそういう存在だったのであって、80~90年代のアイドルが振りまいた素人性の魅力の背後に隠れてしまった歌謡曲歌手本来の力が、いま安室奈美恵によって復活しているということなのかも知れない。ノーMCで踊りっぱなし歌いっぱなしのひとり「アムロ・ランド」状態に徹底的に打ちのめされた観客に向けて、安室はかわいく手を振り、最後に一言だけ「また遊びに来てねー」と語りかけた。観客はまるでミッキーマウスに応えるみたいに、遠くの安室に大きく手を振り返した。

2009/03/08(木)(木村覚)

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