artscapeレビュー
会田誠 展「絵バカ」
2010年06月01日号
会期:2010/05/06~2010/06/05
ミヅマアートギャラリー[東京都]
会田誠の新作展。ギャラリーの壁面を覆いつくすほど巨大な平面作品3点と、映像作品などを発表した。おびただしいほどのサラリーマンの死体やOA機器が文字どおり山積みにされた精緻な絵や、中村一美のように絵具を大量に使って「1+1=2」と描いた大味な絵など、絵の風合いを変えながらも、会田誠ならではのアイロニカルな批評精神が十全に発揮されている。そうした「会田誠らしさ」は、東京藝大に伝えられてきた「ヨカチン」という伝統的な宴会芸を現在の美大女子学生に全裸で踊らせた映像作品でも変わらないから、会田誠の真骨頂を楽しめたことはまちがいない。ただ、そうして手を変え品を変えながらやればやるほど、会田誠の孤独感が浮き彫りにされていたようにも思う。「ヨカチン」を踊りきる女子学生の姿には前世紀の画学生文化にたいする郷愁に加えて、その主体が男子から女子に転移してしまったことが暗示されていたし、その女子による乾いた宴会芸にはかつて篠原有司男が感じた「暗然としたもの」はもはや見るべくもない(篠原有司男『前衛の道』美術出版社、2006年、p.22)。サラリーマンを死体の山に見立てたとしても、サラリーマンの絶頂期ともいえるバブル期ならともかく、彼らが現に生存を追い詰められつつある社会状況では、アイロニーの力も半減せざるを得ず、むしろ単純なリアリズムに見られかねない。アイロニカルな作品とは、文脈への鋭い意識を前提としているが、文脈そのものが変質すれば、当然主体の位置関係も変更せざるを得ないし、方法論も代えなければならない。今回発表された作品のうち、少なくとも平面作品については、その修正作業が追いついていないように見えたのは事実である。サラリーマンも表現主義も、仮想敵としては不適切であり、もはやおちょくるまでもないからだ。映像作品については、宴会芸を女子学生にやらせることによって新たな方法論を獲得したように見えたが、それは会田誠の作家性から離れていく傾向であるという点で、孤絶感をよりいっそう強めていた。
2010/05/08(土)(福住廉)