artscapeレビュー
村田真のレビュー/プレビュー
会田誠「愛国が止まらない」
会期:2021/07/07~2021/08/28
ミヅマアートギャラリー[東京都]
作品は大きく分けて3つ。まず目に飛び込んでくるのは、天井から吊り下げられた巨大な日本兵のハリボテ。それを取り囲むように壁に並べられた40-50点におよぶ「梅干し」シリーズ。そして、別室の「北東アジア漬物選手権の日本代表にして最下位となった糠漬けからの抗議文」。一見なんの脈絡もない、という以前になんのことやらわからない3作品だが、これらを結びつけるのが「愛国」だ。
ハリボテの日本兵は「MONUMENT FOR NOTHING」シリーズの5作目で、2年前に兵庫県立美術館の「Oh!マツリ☆ゴト 昭和・平成のヒーロー&ピーポー」で公開された大作。痩せこけた日本兵の亡霊が国会議事堂らしき建物のてっぺんに人差し指を置いている。第2次大戦で戦死した230万もの日本兵の大半は、軍の無策によって戦う前に餓死、病死、自殺など無駄死にしたという吉田裕著『日本軍兵士』(中公新書、2017)に触発されてつくったもの。ミケランジェロの天井画《アダムの創造》もピンポイント引用している。この兵士、どんな気持ちで議事堂に手を伸ばしているのだろう。
白地に赤い梅干しの絵は、もちろん日の丸を連想させる。そういえば1993年に銀座で「ザ・ギンブラート」展をやったとき、会田が路上で売っていた《方解末と辰砂》という小品を買ったことを思い出した。小さな桐箱に敷いた白い方解末の上に赤い辰砂の粒を載せた日の丸弁当仕立ての絵画で、内容も形式も100パーセント日本画という代物。いまやわが家の家宝だが、「梅干し」シリーズもその延長線上にある。だがそれだけでなく、高橋由一の《豆腐》も念頭に置いて制作したという。《豆腐》はまな板の上に豆腐、焼き豆腐、油揚げを無造作に置いただけの貧乏くさい油絵だが、その貧乏くささが日本の近代美術の出発を象徴しており、梅干しと通じるところがある。もうひとつ指摘すれば、梅干しの描き方が日本独自の受験絵画の筆づかいであること。もともと会田の描画技法は受験絵画の延長といえるが、ここでは特にそれを強調しているように見える。
「北東アジア漬物選手権の日本代表にして最下位となった糠漬けからの抗議文」は昨年、中国、韓国、北朝鮮、日本の4カ国のアーティストが参加するグループ展のために制作したが、コロナ禍のため延期となり、ここに出品することになったという。正面には漬物選手権の表彰台の写真が掲げられ、中央の1位の座にキムチ(韓国・北朝鮮)が鎮座し、2位にザーサイ(中国)、3位に糠漬け(日本)が収まっている。その手前のパネルにはハングル、中国語、日本語によるコメントが載っているが、日本語のコメントは最下位に沈んだ糠漬けの言い訳と抗議に終始していて見苦しい。
これらの作品が、ストレートではないものの愛国心に満ちていることは間違いない。なにしろ日本は会田にとって尽きせぬネタの源泉なのだから、愛さずにはいられないはず。そういえば、タイトルの「愛国が止まらない」はWinkの「愛が止まらない」に由来すると思われるが、Winkのひとりも「あいだ」じゃなかったっけ。
2021/08/21(土)(村田真)
The Still Point─まわる世界の静止点
会期:2021/08/06~2021/09/05
kudan house[東京都]
靖国神社からほど近い場所に建つ九段ハウス(kudan house)は、「旧山口萬吉邸をリノベーションした会員制のビジネスイノベーション拠点」。リノベとイノベが韻を踏んでるね。1927年に竣工して1世紀近い歴史を誇るこの登録有形文化財で現代美術展を開こうということだ。主催はアートのある暮らしを提案するCCCアートラボ、キュレーションは銀座蔦屋のギャラリーTHE CLUBのマネージングディレクターを務める山下有佳子氏。タイトルの「The Still Point」はエリオットの詩から引いたもので、コロナ禍で停止してしまったかのような「時間」について考えようということらしい。内外20人ほどの作品が地下も含めた3フロアに点在している。
まず1階には、ルチオ・フォンタナやサム・フランシスら巨匠の絵画が展示されているが、作品はともかく、こんな立派なお屋敷でお披露目するというのに、ただ壁にかけるだけではもったいないでしょ。階段下にはダニエル・ビュレンのストライプ絵画が立てかけてあったが、こういう展示のほうが目を引く(紅白のストライプ自体も目を引くが)。2階は名和晃平、菅木志雄らの立体が1部屋ごとに置かれているが、ここも展示に芸がない。趣向の異なる0号のキャンバスを5点並べた猪瀬直哉の絵画は、作品として唯一おもしろいと思った。地下には河原温の絵葉書、杉本博司の「劇場」シリーズ、宮島達男の鏡の数字などが展示されていて、そういえば「時間」をテーマにした展覧会であることを思い出した。まあテーマなんてどうでもいいけど。
繰り返せば、せっかく登録有形文化財の貴重な建物を借りているのに、壁に絵をかけたり床に彫刻を置いたりするだけではギャラリーと変わらない。おそらく歴史的建造物だけに「あれしちゃダメ、これしちゃダメ」と制約が多いのだろうけど、どうせやるならこの空間でしか実現できないような思い切ったインスタレーションを見せてほしかった。と思って配布されたマップをもういちど見たら、「一部を除き、作品は全て販売しております」と書いてある。あ、売り物なのね。展覧会場というよりショウルームと捉えるべきか。それなら納得。
庭に出ると、建築の焼け跡みたいな黒焦げの木材による構造物が建っている。これは「パビリオン・トウキョウ2021」の出品作品のひとつ、石上純也の《木陰雲》だ。関東大震災後に建てられ、第2次大戦の戦火をくぐり抜けてきた九段ハウスの庭に、焼け焦げて骨組みしか残らなかったみたいな建造物を建てるとは、なんと大胆な発想か。こちらは屋外だけに、まさにこの場所ならではのサイトスペシフィックなインスタレーションが実現できている。でもよく見ると、庭に直接柱を立てず、石を積んだ上に立てたり、屋根の部分もできるだけ樹木に触れないように木材を組むなど、涙ぐましい努力の跡がうかがえる。どちらもオリンピック・パラリンピックの会期に合わせた展覧会だが、オリパラが終わってからもこういう企画は続けてほしい。
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パビリオン・トウキョウ2021、水の波紋展2021 消えゆく風景から ─ 新たなランドスケープ(後編)|村田真:artscapeレビュー(2021年09月01日号)
2021/08/21(土)(村田真)
パビリオン・トウキョウ2021、水の波紋展2021 消えゆく風景から ─ 新たなランドスケープ(後編)
[東京都]
先日見逃したキラー通り(外苑西通り)沿いの作品を見る。ワタリウム美術館にも何人か展示しているが、館内作品は省略。美術館の先のビルの裏に広がる空き地を舞台に、SAIDE COREが《地球 神宮前 空き地》(2021)と題して7組のアーティストをフィーチャーしている。空き地に柵を設けて導線をつくり、その先に駐車場の「Times」の黄色い看板を10枚ほど展示したり、スケボー用のスケートパークを設置したり。その脇には打ち捨てられた数台のキャリーケースのふた半分が切り取られ、なかに空き地の雑草が移植されている。さらにその奥にはバリー・マッギーが落書きした小屋があり、見上げるとビルの屋上の看板に描かれたマッギーのグラフィティが目に入るという趣向だ。その空き地の一角に、何台もの監視カメラを取り付けた小屋が建っているのだが、周囲をブルーシートで囲われて立ち入り禁止になっている。あれはなんなの? そんなナゾも含めて、この空き地が「水の波紋」のなかでいちばん「波紋」を呼んだ作品だ。
さらに進むと、新国立競技場の手前の空き地に野菜を植えたファブリス・イベールの《たねを育てる》(2008)がある。「アートで街を野菜畑にする」というプロジェクトで、江戸野菜を育てているそうだ(「水の波紋展2021」)。その先に建つのは、「パビリオン・トウキョウ」の藤森照信の《茶室「五庵」》(2021)。芝に覆われた台形の基壇の上に、見晴らし台のような茶室を載せたつくり。予約しなかったので入らなかったが、イベールの畑ともども都会のど真ん中にこんな田舎の時空が出現するのは悪くない。
思えば、最初の「水の波紋95」が開かれたのは、バブル崩壊後とはいえ、まだ日本経済に勢いのあった時代。ところがその後、経済的には停滞しているのに、2度目のオリンピックもあって東京は再開発に沸き、このへんの風景もだいぶ変わったし、また現在も変わりつつある。今回の「水の波紋」はそんな変わりつつある都市の隙間を見つけ、うまく作品を潜り込ませることができたと思う。その点では、建築家が主体となって訪日客に日本文化を紹介しようとした「パビリオン・トウキョウ」より刺激的だった(もっとも「パビリオン・トウキョウ」の企画もワタリウム美術館だが)。もうこうなったら、「水の波紋」は4半世紀に一度、「パビリオン・トウキョウ」は次の東京オリンピックが開かれる半世紀後(?)くらいに、また開いてみたらどうだろう。25年と50年に一度の芸術祭。そうすれば、都市の変化と同時にアートの移り変わりも浮き彫りにされるはずだ。
パビリオン・トウキョウ2021
会期:2021/07/01〜2021/09/05
会場:新国立競技場周辺エリアを中心に東京都内各所
ビクタースタジオ前/明治神宮外苑 いちょう並木入口/国際連合大学前/旧こどもの城前/渋谷区役所 第二美竹分庁舎/代々木公園 パノラマ広場付近/kudan house庭園/浜離宮恩賜庭園 延遼館跡/高輪ゲートウェイ駅 改札内
公式サイト:https://paviliontokyo.jp/
水の波紋展2021 消えゆく風景から — 新たなランドスケープ
会期:2021/08/02〜2021/09/05
会場:東京・青山周辺 27箇所(岡本太郎記念館、山陽堂書店、渋谷区役所 第二美竹分庁舎、テマエ、ののあおやまとその周辺、梅窓院、ワタリウム美術館とその周辺)
公式サイト:http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202108/
2021/08/18(水)(村田真)
パビリオン・トウキョウ2021、水の波紋展2021 消えゆく風景から ─ 新たなランドスケープ(前編)
[東京都]
いま東京オリンピック・パラリンピックに連動して、都内のあっちこっちで街頭展が開かれている。主なものだけでも「パビリオン・トウキョウ」「水の波紋」「東京ビエンナーレ」などがあるが、特に「パビリオン・トウキョウ」と「水の波紋」の作品は、新国立競技場にほど近い神宮前・青山界隈に集中しているので、2日に分けてまとめて見に行った。ちなみに、「パビリオン・トウキョウ」は東京都および都の財団などが主催し、地元のワタリウム美術館が企画。「水の波紋」はそのワタリウム美術館の主催だ。
まず、青山一丁目から246(青山通り)を渋谷方向へ歩くと、イチョウ並木入り口の左右に築かれた段ボールとブルーシートのお城が見えてくる。「パビリオン・トウキョウ」のひとつ、会田誠の《東京城》(2021)だ。ホームレス愛用のチープで丈夫な素材を使って、中心が空っぽなハリボテの「東京城」を建てるという発想が秀逸だ。以前、ホームレスのたまり場だった新宿西口にゲリラ的に段ボールのお城《新宿城》を築いたことのある会田だが、今回は明治天皇の事績をたどる聖徳記念絵画館を正面に見据える絶好のロケーションに、東京都のお墨付きを得て設置。プランを出した会田もエライが、それを実現させた事務局や関係者もエライ。ちなみに、この日は台風の去った後だけに吹き飛ばされてないか心配だったが、表面は段ボールとブルーシートだけど内部は補強してあるため、ちゃんと建っていた。安心した反面、ちょっぴり不満でもあったのは、吹けば飛ぶような東京城であってほしかったからだ。積み上げた段ボールがつぶれていく過程を見せた野村仁のように、この「東京城」も崩壊していく姿を見たいなあ。
246を少し入った梅窓院の岩の周囲に、時代物の扇風機を並べたのはデイヴィッド・ハモンズ。《ロックファン》(1995)という題名を聞くと脱力してしまうこの作品、前にも見たことあるなあと思ったら、26年前にヤン・フートを総合監督に招いて行なわれた「水の波紋95」に出品されたものの再展示だった。再展示作品はほかにも、簡易物置小屋をインスタレーションに使った川俣正の《プレファブリケーション・東京/神戸》(1995)、その屋根の上にピンク色のいびつな物体を載せたフランツ・ウエストの《たんこぶ》(1995)など、いくつかある。この川俣+ウエストの作品がある246の一本裏は昔、都営団地が建っていたところ。その半分はいつの間にか取り壊されてきれいに再開発されていたのだ。その外苑寄りには解体を待つ無人の都営団地がひっそりとたたずみ、路地に面して小さな公園がある。梅沢和木はそこの遊具をコラージュした巨大壁画《くじら公園アラウンドスケープ画像》(2021)を掲げている。これは力作。(上記3点は「水の波紋展2021」)
246を渋谷方面に進むと、国連ビルの前に巨大なお椀が見えてくる。木材をつなぎ合わせて穴だらけの半球体にした平田晃久の《Global Bowl》(2021)だ。その先の、閉鎖されたこどもの城とその前に立つ岡本太郎のモニュメントのあいだには、木を組んで植木鉢を並べた藤原徹平の《ストリート ガーデン シアター》(2021)がある。この2人は建築家で、どちらも「パビリオン・トウキョウ」の出品作品。よくも悪くも建築家の作品は優等生的で、会田誠のようなトゲがない。
さらに渋谷方向に進んで右に折れると、学校跡地を利用した渋谷区の分庁舎があり、その前に車体を巨大カメラに改造した軽トラが止まっている。フランスのアーティストJRが世界各地で展開している《インサイドアウトプロジェクト》(2011-)で、希望者のポートレートを撮影し、大きく引き伸ばして屋外に展示していく作品だ(「水の波紋展2021」)。庁舎内では「パビリオン・トウキョウ」の草間彌生、「水の波紋」の笹岡由梨子や竹川宣彰らが展示していたが、屋内作品は割愛。
パビリオン・トウキョウ2021
会期:2021/07/01〜2021/09/05
会場:新国立競技場周辺エリアを中心に東京都内各所
ビクタースタジオ前/明治神宮外苑 いちょう並木入口/国際連合大学前/旧こどもの城前/渋谷区役所 第二美竹分庁舎/代々木公園 パノラマ広場付近/kudan house庭園/浜離宮恩賜庭園 延遼館跡/高輪ゲートウェイ駅 改札内
公式サイト:https://paviliontokyo.jp/
水の波紋展2021 消えゆく風景から — 新たなランドスケープ
会期:2021/08/02〜2021/09/05
会場:東京・青山周辺 27箇所(岡本太郎記念館、山陽堂書店、渋谷区役所 第二美竹分庁舎、テマエ、ののあおやまとその周辺、梅窓院、ワタリウム美術館とその周辺)
公式サイト:http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202108/
2021/08/10(火)(村田真)
画廊からの発言 新世代への視点2021
会期:2021/07/17~2021/10/17
藍画廊+GALERIE SOL+ギャラリーQ+ギャラリー58+ギャラリーなつか+ギャラリイK+ギャルリー東京ユマニテ+コバヤシ画廊[東京都]
真夏恒例の「新世代への視点」展。銀座・京橋界隈の画廊まわりも近年めっきり減ってしまったが、せめてこの企画展だけは見に行くようにしている。貸し画廊から出発したギャラリーが10軒ほど集まって「新世代への視点」を始めてから早30年近い。初回より参加しているオリジナルメンバーは半減したが、うれしいのはそれぞれの画廊のおねえちゃんおにいちゃんが、もはやおばあちゃんおじいちゃんと呼んでも差し支えない年齢になっても相変わらず顔を出してくれること。もちろんそういうぼくも彼女ら彼らと同じく歳を重ねているわけで、だからこそ気になるのは「新世代への視点」がボケてこないかということだ。
同展は40歳以下の新鋭作家を対象にしており、当初は画廊のオーナーと同世代か少し下の「新世代」を選んでいたのに、年を経るごとに作家との年齢差が開き、いまや自分の子かヘタすりゃ孫くらい歳の離れた「新新世代」を選ばなくてはならなくなっているのだ。急いで断っておくが、だからといって早く引退しろとか、「孫世代への視点」にタイトルを変えろとかいいたいのではない。ただぼく自身が近ごろ感じるように、いつの間にか時代に取り残されていないだろうかと一抹の不安を感じただけなのだ。もちろん漠然とそう思ったのではなく、作品を見ての感想だ。
今年は昨年と違い、出品作家は男女半々で、作品も絵画、版画、彫刻、漆芸、アニメ、インスタレーションと多岐にわたっている。なかでも、一見プリミティブな風景画ながら、色彩といいタッチといい実に巧みな衣真一郎の絵画(藍画廊)や、リアルな情景描写にマンガチックな表現を組み合わせた芦川瑞季のリトグラフ(ギャラリーなつか)、動物の頭蓋骨やコロナウイルスを緻密に描き出す豊海健太の漆芸(ギャルリー東京ユマニテ)などは、技術的にも時代の表現としても見応え十分。でもそれ以外は技術的に稚拙だったり、なにも伝わってこない作品もあったりして、やや不満が残った。「新世代」もがんばってほしいが、「新世代への視点」も研ぎ澄ませてほしい。
公式サイト:http://galleryq.info/news/news_newgeneration2021.html
2021/08/04(水)(村田真)