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原三溪の美術 伝説の大コレクション

2019年08月01日号

会期:2019/07/13~2019/09/01

横浜美術館[神奈川県]

開館30年を迎えた横浜美術館では今年、コレクションを巡る3本の企画展を並べた。1発目は6月まで開かれていた「Meet the Collection」で、自館の収集作品を紹介するもの。2発目が、今回の原三溪(1868-1939)が集めた「伝説のコレクション」の全貌に迫ろうという展覧会。そして3発目が秋の「オランジュリー美術館コレクション」展だ。人が入りそうなのはルノワールを目玉にした「オランジュリー」だが、展覧会としてはなんといっても「原三渓」がおもしろそう。たまたま同時期に国立西洋美術館で開かれている「松方コレクション展」と同じく、大コレクションを築きながら歴史の波に飲まれて大半を失ってしまうという波乱のドラマが秘められているからだ。


原三溪こと青木富太郎は、横浜で生糸業を営む原家に婿入りし、生糸の貿易や銀行業にも事業を拡大する一方、社会貢献として古美術品の収集と公開、美術家への支援にも熱心に取り組んだ実業家。もともと美濃の豪農の家に生まれた青木は、南画家だった母方の祖父や伯父に幼少期から絵画や詩文を学んだというから、彼自身も美術家(のはしくれ)だった。だから彼のコレクションは、ありがちなようにだれかの入れ知恵で集めたものではなく、みずからの趣味と審美眼で選んだものなのだ。また、同世代の岡倉天心(1863-1913)とも親交を結び、日本美術院を支援。さらに、当時の成功した実業家の常として茶の湯に親しみ、茶道具を集め、茶会を催し、茶人としても名を成していく。

こうしたことから同展では、三渓の全貌を「コレクター」「茶人」「アーティスト」「パトロン」という4つの側面に分けて紹介する構成となっている。ちなみに「アーティスト三溪」の章には50歳をすぎてからの書画が何点か出ているが、彼が集めた鉄斎などに比べれば児戯に等しい。まあ比べるのも酷だけど、まだ16歳時の手習いの水墨画のほうが一途に描いていて好感が持てる。

ともあれ、三溪のこうした文化活動も関東大震災により自粛せざるをえなくなり、復興事業に専念することになる。こうして彼の集めた5千点以上ともいわれるコレクションは、ひとつの美術館に収まることなく散逸し、現在は東博や京博をはじめ根津美術館、大和文華館、ミホミュージアムなど各地の美術館に収まっている。これを見ながら、やはり同世代の松方幸次郎(1866-1950)を思い出してしまった。松方も社会貢献として西洋絵画を集めたものの、不況と大震災によってコレクションを散逸させてしまったところは同じ。大きな違いは、松方がおもに西洋の近代美術を集めたのに対し、三溪は日本の古美術に特化していたこと。しかし、西洋美術を日本人に見せようと美術館の建設を計画した松方の野望も、廃仏毀釈から古美術を守り、近代日本画を後押しした三溪の信念も、明治・大正期の実業家が共通して持っていたフィランソロピー精神に根ざしたものに違いない。いや、もっと砕いていえば、旦那の心意気ってやつか。

2019/07/12(金)(村田真)

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