artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

絵画展...なのか?

会期:2019/03/21~2019/05/12

川口市立アートギャラリー・アトリア[埼玉県]

絵画とは、なんらかのかたちを平面に描いたもの。なんらかのかたちは具象でも抽象でもかまわないし、「かたち」と認識できなくてもいい。重要なのは「平面」に「描く」ことだが、「平面」は平らな面でなくても凹凸があってもいいし、「描く」のは手でなくて足でも口でもいいし、吹きつけても滴らしてもかまわない。絵画とはずいぶん自由度が高い表現なのだ。同展の出品者は、「画家ではない」といいながら水面を撮った写真に彩色したり、石をつなげて面にしている山本修司、どう見ても彫刻だが、その表面に色彩を施す原田要、キャンバスに絵具を流すだけでなく、ギャラリー内外の壁や椅子にも彩色する中島麦の3人。確かにこれを「絵画展」というのかどうかためらうところだが、別に絵画であろうがなかろうが楽しめる展覧会だから許そう。

2019/03/29(金)(村田真)

竹内公太「盲目の爆弾」

会期:2019/03/08~2019/04/13

SNOW Contemporary[東京都]

第2次大戦末期に日本はアメリカに向けて風船爆弾を飛ばした。といっても、直径10メートルほどの風船につけた爆弾が風に乗って飛んでいくだけなので、どれだけ目標に届いて被害を与えられるかわからない、いわば「盲目の爆弾」だった。実際には9,300発ほど飛ばして相当数が西海岸に着弾し、民間人6人を殺害したという。この計画にどれだけの予算が費やされたのかは知らないが、きわめてコストパフォーマンスの悪い作戦であったことは確かだろう。福島県在住の竹内は、いわき市も放球地のひとつだったことから調査を開始。アメリカの国立公文書館に足を運んで資料を読み、目撃者にインタビューし、実際の着弾点を訪れ、ドローンを飛ばして爆弾が最後に「見た」であろう光景を撮影。今回はそれを編集した映像作品《盲目の爆弾、コウモリの方法》を流している。

だが、風船爆弾の記録を追跡しただけならただのドキュメンタリー映画に過ぎず、わざわざギャラリーで発表することもない。竹内らしいのは、映像の随所に手のひらに目がついた妖怪「手の目」や、目ではなく耳で外界を知るコウモリを登場させていることだ。これは風船爆弾のような「盲滅法」の作戦が、勝算のないまま「手探り」で戦争に突入した日本軍の杜撰な体質に由来することを物語っている。コウモリが登場するのは、風船爆弾から70年以上たって文書を手がかりに目的地にたどり着いたことが、コウモリのエコーロケーションを思い出させるからだそうだ。

2019/03/23(土)(村田真)

ユアサエボシ「プラパゴンの馬」

会期:2019/03/07~2019/03/31

EUKARYOTE[東京都]

「大正生まれの架空の三流画家であるユアサエボシ、今展覧会では2015年に美術出版社から発見された当時の文化人の執筆による原稿資料の公開とともに、1965年に京橋の貸し画廊で行なわれた個展の再現を2Fにて行ないます」という紹介文で始まるプレスリリースを読んで、頭が混乱する。ユアサエボシとは誰なんだ? 作者がユアサエボシか? 何歳なんだ? と思って略歴を見ると……。

1924年生まれ。福沢一郎絵画研究所に入り、エルンストに倣ってコラージュを制作したり、看板屋の仕事をしたり、山下菊二の戦争画の制作助手を務めたり。戦後は進駐軍相手に似顔絵を描き、山下や高山良策らと前衛美術会に参加し、加太こうじから紙芝居の仕事をもらったりしながら渡米、岡田謙三らと交流しつつ作品に使えそうな新聞や雑誌を集めて制作し、京橋の貸し画廊で個展を開く。その後アトリエ兼自宅が全焼し、火傷の後遺症で1987年に没、とある。もちろんこれは架空の画家ユアサエボシの略歴だが、作者はこの画家になりきり、この略歴に則って作品を発表しているのだ。ご丁寧に「ユアサはいつも寝癖が酷く、髪が逆立っていて、烏帽子のようであったことから“エボシ”と呼ばれるようになる。後にユアサエボシを作家名とする」と注釈までつけている。

今回は、1階で戦前のコラージュ作品、2階で貸し画廊の個展に出した紙芝居シリーズを発表、という設定。コラージュはなかなか繊細でエルンストの《百頭女》を彷彿させ、紙芝居は半世紀以上前の懐かしきレトロフューチャーな絵柄。これは惹かれるなあ。気になるのは、作者は自分の描きたいものを描きたいように描いて「ユアサエボシ作」ということにしているのか、それとも、あらかじめ設定した「ユアサエボシ」に自分を当てはめて別人格として描いているのか、ということだ。いずれにせよ作者は二つの人格を生きていることになる。

ぼくが最初にユアサの作品を見たのは、2年前の岡本太郎現代芸術賞展に出していたとき。150枚の瓦にGHQのポートレートを描いた力作だったが、これも略歴にあるとおり戦後の作品ということになる。この略歴が絶妙なのは、ユアサが昭和という時代を丸ごと生きてきたこと、登場する福沢や山下や高山らが戦争(および戦争画)に関係していたこと、展覧会も実在し、ユアサの行動や出来事もいかにもありそうなことだ。これからもこの略歴に沿って制作し、発表していくんだろうか。

2019/03/21(木)(村田真)

クリスチャン・ボルタンスキー ─Lifetime

会期:2019/02/09~2019/05/06

国立国際美術館[大阪府]

「ボルタンスキー展」は東京にも巡回するが、インスタレーションが中心なので会場ごとに作品の様相が変わるし、とくに大阪は力が入っていると聞いたので見に行く。ボルタンスキーといえば、国内では水戸芸術館、越後妻有、瀬戸内、庭園美術館などで発表しているけど、ある程度まとまった回顧展としてはこれが初めて。正直にいうと、ボルタンスキーってどこがいいのかわからない。闇のなかに死んだ子供の写真を並べてランプで照らし出すなんて、いかにも思わせぶりな演出だ。たしかに第2次大戦末期ユダヤ人を父に生まれた彼は、ぼくなんかには想像もつかないような体験を見聞きしてきたはずだが、それをこんなにわかりやすくストレートに出してしまっていいの?
 って思ってしまう。こけおどしに感じられるのだ。とブツクサ言いつつ見てみたら、なかなかどうして、悪くないんですねこれが。そう思えるのは、一つひとつの作品が独立していながら全体としてもつながっていて、ひとつの大きなインスタレーションとしても見ることができるからだろう。1点1点の細かい意味などどうでもよくなって、まるでお化け屋敷でも巡るかのようなスリリングな体験が味わえるのだ。ボルタンスキーの作品にもっともらしい解釈を加えたり、意味を読み取ろうとしないほうがいい。


クリスチャン・ボルタンスキー《モニュメント》1986 作家蔵
[© Christian Boltanski / ADAGP, Paris, 2019 撮影:福永一夫]


2019/03/15(金)(村田真)

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フェルメール展

会期:2019/02/16~2019/05/12

大阪市立美術館[大阪府]

「フェルメール展」は東京のプレス内覧会でも見たが、作品が何点か入れ替わったので様子を見に行く。《牛乳を注ぐ女》はオランダに帰ってしまったが、ドレスデンから《取り持ち女》が来ているので楽しみ。東京では大混雑が予想されたため予約制だったが、大阪は予約なしで見られるので気楽だ。でも多少は混んでるだろう、20-30分は並ぶかなと覚悟していたら、ぜんぜん並ばずに入れた。大阪人はフェルメールに興味ないんかい!?
展示構成は、まず左側のギャラリー4室で17世紀オランダの肖像画、物語画、風景画、静物画を見てから、右側のギャラリー1室で風俗画を鑑賞。残る3室でフェルメール6点だから余裕の配置だ。と思ったら、メツーの《手紙を読む女》と《手紙を書く男》の対作品がフェルメール部屋にあった。フェルメールとの表現の差異を際立たせるにはいいアイディアだと思ったが、おそらくフェルメール部屋がスカスカに空きすぎたんで持ってきたに違いない。

東京展の内覧会のときになかったのは《取り持ち女》と《恋文》の2点。後者は何度か日本に来ているが、《取り持ち女》は日本初公開という。ぼくはドイツが統一してまもない91年にドレスデンまで見に行ったので(ドレスデン国立古典絵画館にはもう1点《窓辺で手紙を読む女》がある)、28年ぶり2度目の対面。この作品は宗教画から風俗画に移行する初期の作品と見られ、サイズも大きいが、昔見たときより色がずいぶん鮮烈に感じられたのは気のせいだろうか、あるいは統一後、作品の洗浄が行なわれたのかもしれない。と思ってカタログを見直したら、果たして2002-04年に修復が行なわれたという。フェルメール作品は青以外、色彩についてはあまり語られないけど、こんなに鮮やかな色づかいをしていたとは驚き。

2019/03/15(金)(村田真)

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