artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

仙台沿岸部の震災遺構をまわる

[宮城県]

せんだいメディアテークが推進するアートノード・プロジェクトのアドバイザー会議にあわせて、被災した仙台の沿岸部を視察した。熊本県から贈られ、公園の仮設住宅地につくられた伊東豊雄による第1号の《みんなの家》は、その後移築され、現在は《新浜 みんなの家》として活用されている。ただし、色が黒く塗られて、外観の雰囲気は変わっていた。そのすぐ近くが、アートノードの一環として、川俣正がフランスや日本の学生らとともに、家型が並ぶシルエットをもつ「みんなの橋」を設置する貞山運河の予定地だった。これは数年かかる事業になるだろう。



伊東豊雄建築設計事務所《新浜みんなの家》2017(宮城県仙台市宮城野区)


続いて荒浜に移動し、津波で破壊された住宅の跡をセルフビルドとリサイクルによってスケートパークに改造したラディカルな《CDP》(カルペ・ディエム・パーク)や、家が流され、複数の住宅の基礎だけが残る震災遺構の整備現場、自主的に運営されている海辺の図書館などをまわった(ちなみに石巻でも、被災した大きな倉庫がスケートパークに改造されていた)。



《CDP》(カルペ・ディエム・パーク)の様子



《CDP》(カルペ・ディエム・パーク)の様子


2017年にオープンした《震災遺構 荒浜小学校》も立ち寄った。周囲の家屋は流失したが、小学校は頑丈な躯体ゆえに大破しなかった。建物の手前はアスファルトの駐車場が整備され、観光バスを含めて、多くの来場者が訪れている。筆者が2011年の春に訪れたときは瓦礫や自動車が教室に押し込まれ、当然上階には行けなかったが、いまはすべて除去され、当時、320人が避難した屋上まで登ることが可能である。



《震災遺構 仙台市立荒浜小学校》2017年4月公開(宮城県仙台市若林区荒浜)。破壊の傷跡も生々しい


ここから周囲を見渡すと、復興の様子も一望できる。瓦礫はなくなったものの、1階の教室やバルコニーには破壊の傷跡が残り、2階は廊下の壁に津波の到達線が記されているほか、建築家の槻橋修が始めた失われた街を復元する白模型の荒浜バージョンなどが展示されていた。そして4階は、発災直後の出来事を空撮の映像や回想するインタビューなどによって伝えるドキュメントを流している。復興を勇ましく紹介する中国の四川大地震の震災メモリアルに比べると、全体としては静謐なイメージの施設だった。



《荒浜小学校》津波で破壊される前の様子を再現した模型



《荒浜小学校》4階の映像展示


2019/05/25(土)(五十嵐太郎)

やなぎみわ展「神話機械」、阪中隆文「Outdoor」ほか

商店街の空き店舗を利用したMaebashi Worksのトークイベントに呼ばれ、「『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社)刊行から10年、日本はどうなったか」について語った。当初は文化論を語ればよかったが、いまや空疎な気合主義によるヤンキー政治が増大していることが大きな変化だろう。会場はアーツ前橋が登場したのと同じ頃に動きだしたアートスペースらしい。


「Maebashi Works」の屋上に設置された作品


ほかにも前橋ではいろいろな展開が起きているが、すぐ近くのmap 前橋"市民”ギャラリーでは、阪中隆文の個展「Outdoor」が開催されていた。筆者が審査員をつとめた名古屋のアーツチャレンジの公募において、最後ぎりぎりで落ちてしまったアーティストである。白い壁に数多くの安物、不用品、拾い物を固定し、これらを使って、ボルダリングができる作品だった。アーティストの靴の跡が壁に黒く残っている。またギャラリーの床を切開し、地面に穴を掘って外に脱出した、過去の映像作品なども展示されていた。前者はホワイトキューブで身体を駆使するマシュー・バーニー、後者は建物を刻むゴードン・マッタ=クラークを想起させるが、その進化形でもある。お金がなくとも、展覧会の制度そのものを批評できる作品だった。


「阪中隆文個展 Outdoor」展示風景。無数の安物や不用品、拾い物が白壁に固定されている



「阪中隆文個展 Outdoor」より。白壁に固定された展示物を使って、実際にボルダリングができる


さて、アーツ前橋では、やなぎみわの久しぶりの個展「神話機械」が巡回していた。「エレベーター・ガール」、「マイ・グランドマザーズ」、「フェアリー・テール」など、一貫して女性を題材にしたシリーズを総覧できる内容だが、近年、彼女が力を入れている演劇作品のアーカイヴ、「古事記」に着想を得て桃の木を撮影した写真の近作、そして各地の高専や大学の協力をえた「神話機械」のインスタレーションも紹介している。全体を通して見ると、写真の作品のときから綿密に物語を設定していたわけだから、それが演劇に展開していくのは必然だったことがよくわかる。タイミングよく、「神話機械」の無人演劇を鑑賞することができたが、機械の動作をずっと眺めているうちに、観客も無人の状況を想像したくなった。頭蓋骨を投げる、拍手する瓶、あちこち動いて語るなど、4つのマシンが活躍するのだが、ある意味でもっとも無目的な「のたうちマシン」の動きがシンプルながらとても不気味で、やばかった。


「やなぎみわ展 神話機械」展示風景より



「やなぎみわ展 神話機械」展示風景より


やなぎみわ展 神話機械

会期:2019年4月19日(金)~6月23日(日)
会場:アーツ前橋(群馬県前橋市千代田町5-1-16)
公式サイト:http://www.artsmaebashi.jp/?p=12932

2019/05/24(金)(五十嵐太郎)

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櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展

会期:2019/04/12~2019/05/19

Gallery AaMo[東京都]

櫛野展正が刊行した書籍『アウトサイド・ジャパン』(イーストプレス、2018)と同じタイトルであり、章名や順番も一致するものが多く、ある意味で彼が出会ってきた日本各地のアウトサイダー・アートの総集編的な内容だったが、やはり展覧会において実物を鑑賞できるインパクトは大きい。とくに緻密に描きこまれたり、執拗に反復された表現などは、小さな紙面では迫力が十分に伝わらないからだ。また展覧会の序文に書かれていたように、会場に作家が毎日やってきて絵を描いたり、自作の下駄を交換するプロジェクト、青森に行くツアーを企画するなど、ホワイトキューブからの脱出を試みている。

総勢70数名の表現者が参加しており、彼が拠点とする広島圏が多いように思われたが、おそらく今後もさらにリサーチを継続すれば、全国にもっと見つかるだろう。ともあれ、彼が福山市に開設したギャラリー「クシノテラス」はそれほど大きなスペースではなかったので(今後、常設の展示室がつくられる予定)、東京でこれだけ一堂に会する展示を見ることができるのはありがたい。



「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展」より。食事のイラストと感想メモを綴る、小林一緒のコーナー



「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展」より。絵具やテーピングでマニアックな顔真似にチャレンジする、スギノイチヲのコーナー。右端に安藤忠雄の顔真似があり、とても似ている!

近年、オリンピック、パラリンピックにあわせて、文化政策として「アール・ブリュット」がよく使われ、メジャーになっているが、櫛野はあえて「アウトサイダー・アート」の語でないと伝わらない表現者の活動に注目している。日本では、1990年代に展覧会を通じて、「アウトサイダー・アート」が知られるようになったが、近年は障害者のアートに焦点があたるとともに、「アール・ブリュット」が一般化した。が、もともとデュビュッフェが命名した「アール・ブリュット」は、美術の正規教育を受けていない人の作品を指しており、必ずしも障害者のアートだけを指すものではない。ゆえに、櫛野は前掲書において「そもそも障害がないと優れた作品が生み出せないわけじゃない。……障害者の表現だけが優遇され、障害のない表現者は周到に排除されている日本の現状」に叛旗をひるがえす。つまり、飼いならされた日本版「アール・ブリュット」からもはみでる「アウトサイダー・アート」なのだ。



「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展」より。デコトラから右翼の街宣車まで、あらゆる特装車の模型を自作する、伊藤輝政のコーナー



「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展」装飾過剰のコーナーより


2019/05/10(金)(五十嵐太郎)

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那須の建築をまわる

《アートビオトープ那須》にある石上純也の《ウォーター・ガーデン(水庭)》(2018)を見学するために、ランチ付きのツアーに参加した。おそらく、もっと緑の多い時期に訪れたほうが良さそうだったが、やはり新鮮な体験だった。土地の高低差はあまりない平場において、彼の傑作《KAIT工房》の柱の本数とほぼ近い約300本の樹木をすべて独自に配置しながら、それらのあいだに鏡面と化す大小の水庭を迷路のように散りばめる。屋根はないから、《KAIT工房》のときのような構造計算の必要はないが、複雑性への志向は同じだ。当然、これは明快な軸をもった幾何学式の庭園ではない。かといって風景式の庭園に比べると、ある種のルールをもち、自然に発生しない状態になっており、自然と人工の中間だ。また通常の生態系ならば、生まれるであろう背の低い植物も、視界を確保するためなのか、排除されている。なお、《ウォーター・ガーデン(水庭)》の向かいには坂茂による新しいコテージが登場する予定らしい。



《ウォーター・ガーデン(水庭)》2018(栃木県那須郡那須町)

続いて、宮晶子のデビュー作、《那須の山荘》(1998)を見学した。隣地に他の建築が増えないであろう恵まれた自然環境に囲まれた、家型をもつ縦長・細長のヴォリュームである。1階は床が段々に上がることで地形を吸収しつつ、内壁を袖壁で分節し、さまざまな場をつくり、前後は大きなガラスの開口によって視線が建物を貫通する。2階はチャーミングな動きをする開口を全開にすると、樹上に浮かぶフロアに変化する。また屋根をスライドさせてから登ることができる屋上も楽しい。


宮晶子 / STUDIO 2A《那須の山荘》1998(栃木県那須郡那須町)


《那須の山荘》の内装


帰路の途中、明治建築である《旧青木家那須別邸》(1888)を見学した。正直、なめていたが、いずれもドイツに留学した施主の青木周蔵、設計者の松ヶ崎萬長ともに、創成期の日本建築学会にとって重要人物だったことを知る。別荘も当初はシンメトリー重視で矩形の観念的なプランだったが、のちの増築によって左右のウィングともに、かなり奇妙な和洋折衷の空間やズレが生じ、ヴェンチューリ的だった。この建物の背後には、奈良美智の作品やコレクションを展示している、イシダアーキテクツスタジオ設計の《N's YARD》(2017)という美術館もある。



松ヶ崎萬長《旧青木家那須別邸》1888(栃木県那須塩原市)


《旧青木家那須別邸》内装



イシダアーキテクツスタジオ《N’s YARD》2017(栃木県那須塩原市)

2019/05/01(水)(五十嵐太郎)

高雄の現代建築をまわる

[台湾]

約10年ぶりに台湾の高雄を訪れた。主な目的はオランダのメカノーによる《衛武営国家芸術文化センター》がオープンしたからである。が、これ以外にもいくつものインパクトがある大型の建築プロジェクトが進行しており、高雄は変貌の最中だった。一方でグローバル時代の都市間競争を考えたとき、東京は開発の数こそ多いけれども、注目すべき建築がほとんどないことが心配になる。

さて、コンピュータ時代のぐにゃぐにゃの造形をもつメカノーの新作は、伊東豊雄の《台中国立歌劇院》と同様、矩形の輪郭だが、垂直方向ではなく、うねりながら水平に広がり、公園に接続している。ホール群の内部は見学できなかったが、その余白には広い共有空間があり、建築を楽しめるのが良い。実際、台湾の各地から多くの観光客が集まっていた。施工の粗さは気になるが、意気込みを感じる巨大な実験建築である。



Francine Houben / メカノー《衛式営国家芸術文化センター》2017(台湾、高雄市)


《衛式営国家芸術文化センター》内装


《衛式営国家芸術文化センター》外観

高雄駅と周辺の大開発も、メカノーが担当しており、部分的にダイナミックな空間が完成している。完成予想図を見ると、日本統治時代につくられた小さな《旧高雄駅》が再び曳家され、都市の中心軸に配置されるようだ。




メカノーによる高尾駅周辺の開発


海辺にも新しい風景が出現している。ウォーターフロントの倉庫群は、芸術特区となり、あちこちに飲食店とアート作品が散りばめられ、賑わっている。また一角にある《鉄道館》のミニ鉄道が外にも飛びだすのが楽しい。平田晃久がコンペで二位だった《海洋文化及流行音楽中心》は工事が進み、幾何学形態を組み合わせながら、海を囲む建築の姿がだいぶわかるようになった。ライザー+ウメモトによる大型のクルーズ船を意識した《高雄港国際線旅客船ターミナル》も、かなり完成している。その近くにたつCOXによる《高雄展覧館》(2013)や李祖原の《高雄85ビル》(1997)も、巨大建築だ。



Manuel Alvarz Monteserin Lahoz + 翁祖模建築師事務所《海洋文化及流行音楽中心》建設中(台湾、高雄市)


ライザー+ウメモト《高雄港国際線旅客船ターミナル》建設中(台湾、高雄市)


《高雄市立図書館 総館》(2014)は《せんだいメディアテーク》とよく似た外観だが(逆に違いを比較すると興味深い)、伊東の名前もクレジットされており、計画に関わっているらしい。ちなみに、和洋の《高雄市歴史博物館》(1939)のほか、哈馬星のエリアにも独特の柱をもつ《高雄武徳殿》(1924)、《臺貳樓(旧山形屋書店)》(1920)、貨幣博物館になった銀行、駅舎など、日本統治時代の建築がよく残り、うまく活用されていた。



伊東豊雄建築設計事務所+劉培森建築事務所《高雄市立図書館 総館》2014(台湾、高雄市)



《高雄市歴史博物館》1939(台湾、高雄市)

2019/04/28(日)(五十嵐太郎)