artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
3つのコレクション展をまわって
20年以上が経ち、最近リニューアルを終えたり、これからリニューアルを行なう、1990年前後にオープンした近現代を扱う大型の 3つの美術館(東京、横浜、名古屋)において、それぞれに工夫を凝らし、コレクションを中心に時代の流れを振り返る展覧会がちょうど開催されている。現代美術も回顧される時期なのだろう。東京都現代美術館のリニューアル・オープン記念展「百年の編み手たち」とコレクション展示「ただいま / はじめまして」は、美術館が位置する木場の風景の変化、版画群、図書館の資料、一部の作家の蔵出し、を紹介し、圧巻のヴォリュームだった。前者は1910年代から現在までの美術史をたどるが、この作品群が一時的な企画展示ではなく、いつも常設で見ることができたら、強力な美術館になるのではないかと思う。また後者は新規購入や修復を終えた作品をとりあげる。もっとも、空間はさほど以前とは変わらず、長坂常が新しいサイン什器を担当していた。
横浜美術館開館30周年記念の「Meet the Collection」展は、全展示室を使い、セクションごとに異なるゲスト・アーティストを迎え、その作品を設置し、展示室に色味を与えつつ、学芸員とともにコレクションを構成している。例えば、女を描いた日本画を並べた束芋の部屋、いつもの円形展示室の空間の雰囲気をがらりと変えた淺井裕介、今津景が試みた作品の対話、菅木志雄による空間への介入だ。ダイナミックなコレクションへの批評である。なお、過去の展示記録の年表を見ると、同館の建築展は1991年のフランク・ロイド・ライトのみで寂しい。
□「百年の編み手たち─流動する日本の近現代美術─」
「MOTコレクション ただいま / はじめまして」
会期:2019年3月29日(金)〜6月16日(日)
会場:東京都現代美術館
□「Meet the Collection─アートと人と、美術館」
会期:2019年4月13日(土)〜6月23日(日)
会場:横浜美術館
□「アイチアートクロニクル 1919-2019」
会期:2019年4月2日(火)〜6月23日(日)
会場:愛知県美術館
2019/04/20(土)(五十嵐太郎)
佐々瞬の借家訪問、鎌田友介ミニレクチャー
東北大学青葉山キャンパス[宮城県]
仙台のアーティスト、佐々瞬が、持ち主から借りている沿岸部・新浜の住宅を、彼の友人である鎌田友介とともに訪問した。これは東日本大震災で半壊したが、当初は再びそこで暮らす意志があり、公費解体を受けず、かといって結局、別の場所での生活を始めたため、そのまま残ったものである。窓や壁の一部は壊れたまま、1階の壁には浸水の到達線も残っているが、だんだん薄くなっているらしい。昨年、荒浜の小学校は震災遺構になったが、生活の空間で解体を免れ、被害の爪痕を確認できる事例はもう少ない。佐々も、この住宅をどうするか決めているわけではないが、とにかく借りることにしたという。いずれ時間が経てば、被災した民間の住宅として重要視されるはずだ。が、すぐにはそうならないだろうから、しばらくは維持する必要がある。また、こうした場所をわれわれが今後どう使うのかも試されているように思う。そこで筆者も大学のゼミで、まずは一度ここを活用することに決めた。
最近はほとんど海外で調査と制作を続けている現代美術家の鎌田が、仙台に滞在するということで、東北大においてミニレクチャーを依頼した。もともと彼は壊れた窓枠が絡まりあう建築的なインスタレーションを手がけていたが、近年は住宅と記憶をテーマにした作品を発表している。とくに日本統治時代の韓国、あるいは日本の移民が渡ったブラジルに建設され、今も残る日本家屋、そして戦時下において、一時アメリカに戻っていたアントニン・レーモンドが軍に協力し、効果的な焼夷弾の開発のために砂漠に建設した日本的な木造家屋を綿密に調査している。が、彼は研究者ではないので、論文を執筆するわけではない。これら一連の日本家屋のリサーチから展開された構造物のシリーズは、国際芸術センター青森のほか、各地で展示されたが、国立現代美術館ソウル館の大きな吹抜けでは、3つの住宅が重なる空間インスタレーションを展開した。すなわち、戦争、植民地、空襲、移民といった20世紀の歴史が交錯する日本家屋である。
2019/04/18(木)(五十嵐太郎)
VTN以外のベトナムの現代建築
[ベトナム]
ベトナムでは、コンペがあまり有効に機能せず、公共施設では見るべき現代建築は多くない。したがって、どうしても住宅や民間のプロジェクトをまわることになる。今回、VTN以外の作品もいくつか見学したが、とくにダナンのトロピカル・スペースによる成熟した建築に感心させられた。両親の家である《テルミタリー・ハウス(Termitary House)》(2014)は、ベトナムでは通常は隠す煉瓦の壁をあらわにし、それが美しい多孔質のスクリーンとなり、さらにもう一層のスキンを重ねたデザインである。また中央に吹き抜け、両端にトップライトと二階の居室を配し、地域性を備えたシンプルな現代建築だった。
トロピカル・スペースの《テラコッタ・スタジオ(Terra Cotta Studio)》(2016)は、陶芸家のアトリエだが、正方形のプラン、一・二階をつなぐ円形の穴による吹抜け、軸線をつくる水庭により、宗教的とでも言うべき美しい象徴的な建築を実現している。さらに隙間を効果的に設けた煉瓦の外壁、木製の棚・階段・回廊によって、4本の柱が支えるコンクリート・スラブを入れ子状に包む。
1+1>2事務所によるダナンの《コミュニティ・ハウス(Cam Thanh Community House)》(2015)は、室内に入ると、急傾斜の屋根が落ちる2つの中庭が展開する。フォトジェニックなデザインだが、訪問した日は結婚式が開催されていたにもかかわらず、屋外が舞台であり、全然内部が活用されていなかったのは残念である。
またハノイのH&P Architectの《ブリック・ケイブ(Brick Cave)》(2017)は、藤本壮介の《HOUSE N》のように、穴をあけた塀が延長し、建物全体を包み、内側のレンガの外壁とのあいだに中間領域をつくる。道路からは三層に見え、日本的なスケール感だが、室内は二層でやはりベトナムらしく天井が高い。
今回、もっとも衝撃を受けたのは、V-architectureである。彼らの住宅兼旧事務所、《ジェントル・ハウス(gentle house)》は親密なスケール感をもち、デザインの巧さが光っていたが、その近くに完成したばかりの新事務所があまりにラディカルだったからだ。まったく作風が違う驚異のリサイクル&セルフ・ビルド建築であり、即興的かつアート的な要素も多い。しかも、まともな壁がない。だが、単なるカオスとならず、「建築」として成立しており、批評的だった。
2019/04/05(金)(五十嵐太郎)
ヴォ・チョン・ギアの作品を見学する
[ベトナム]
久しぶりにベトナムを訪れ、各地で現代建築を見学した。最大の理由は、ヴォ・チョン・ギアの作品を見学すること。彼は1976年に生まれ、東京大学や名古屋工業大学などで学んだ後、2006年に帰国して事務所を立ち上げ、海外からも注目される活動を展開している。その特徴は緑を抱え込む建築であり、とりわけ竹を使うデザインがよく知られている。例えば、ホーチミンの郊外に新しく建設した自社ビル《アーバン・ファーミング・ハウス(Urban Farming Office)》は、食べられる植物を含むプランターを大量に吊るしたインスタ映えするファサードで事務所スペースを覆う。一方、内部はシンプルで細かいデザインはなく、大きな吹き抜けを中心に挿入している。
初期の作品、《ウィンド・アンド・ウォーター・カフェ(Wind and Water Cafe)》(2006)は、ギアのトレードマークである竹を生かした建築だ。それが囲む水盤と大樹の組み合わせが、心地よい空間を生みだす。またぐるりと湾曲した屋根の構成は、ギアが学んだ内藤廣の《牧野富太郎記念館》も想起させる。この発展形というべき、ハノイの《バンブー・ウィング(Bamboo Wing)》(2009)と《ダイライ・カンファレンス・ホール(Dailai Conference Hall)》(2012)は、細かい竹を束ねていく、純正な竹構造であり、その魅力を引きだした空間に好感を抱いた。他にダナンの《ナムアン・リトリート・リゾート(Naman Retreat / Naman the Babylon)》(2015)で竹の建築をいくつか見学したが、こちらは装飾的な扱いを含む。
やや異色だったのは、大きな靴工場に附属する従業員のための幼稚園、《ファーミング・キンダーガーテン(Farming Kindergarten)》(2013)である。手塚建築研究所の《ふじようちえん》は、屋根に登ることができる楕円のリングによる平屋だが、それを二層化しつつ、ひねったループとし、立体交差させながら、多様で複雑な場をつくる。意外にありそうでなかった構成ゆえに、楽しい空間の体験をもたらす。ベトナムは暑いために日本の《ふじようちえん》と違い、休み時間に屋根の上を走るという感じにはならないようだが、代わりに農地を設けている。もっとも、訪問時にはあまり緑が育っていなかった。ともあれ、緑を使うことは共通しつつ、異なるタイプの作品が存在するが、それは彼が様々な日本人の建築家と共同して設計していることに起因するように思われた。
2019/04/05(金)(五十嵐太郎)
ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツと日本人建築家
[ ベトナム]
今回、ベトナムの各地で日本人の建築家と会い、見学を手伝ってもらった。ホーチミンでは、実験的なリノベーションのプロジェクトに挑戦する西島光輔、東京理科大学で小嶋一浩に師事していた佐貫大輔、安藤忠雄の事務所から独立した西澤俊理、そしてハノイでは、現在もヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ(VTN)のパートナーをつとめる丹羽隆志である。彼らに共通するのは、全員がヴォ・チョン・ギアに誘われて、ベトナムでいっしょに設計を行なったことだ。なお、ICADAの岩元真明も、元パートナーであり、ファーミング・キンダーガーテンなどを担当している。そうした意味では、ひとりのベトナム人が日本で学んだことがきっかけとなり、じつに多くの日本人がベトナムと縁を持ち、今も現地で設計活動を続ける建築家がいるほか、筆者のようにベトナムに足を運ぶ建築の関係者が生まれたと言える。
VTN+佐貫+西澤による《ビンタン・ハウス(Binh Thanh House)》(2013)は、西澤が設計と現場の管理を担当した二世帯の都市住宅である。下部に施主がそのまま暮らしているが、上部は住民が入れ替わったことにより、現在は地下の天井高が低いガレージを西澤のオフィスに改造しつつ、上層を彼の住居としている。全体の構成としては、宙に曲面をもつコンクリートのヴォリュームを浮かし、そのあいだに風を通す共有スペースを入れる。ベトナムの文脈において現代建築を実現させた力作だった。
佐貫が設計し、自らも暮らす《ビンタンのアパート(Apartment in Binh Thanh)》は、彼がベトナムでスペースブロックを探求したこともあり、細長い敷地において部屋数を抑えつつ、豊かな共有空間のヴォリュームによって、中庭やテラスをかきとる構成が印象的だった。
また彼の新作《NGAハウス(NGA House)》(2018)は、細い路地を進み、街区の真ん中に突如、ヴォイドが旋回しながら、予想外の大空間が斜め上の方向に出現する。ちなみに、ベトナムは施主が天井高を求める傾向があるという。また建物の角を斜めにカットし、直射光を制御する。ゲストルームの数が多いのも、ベトナムの特徴らしい。
2019/04/05(金)(五十嵐太郎)