artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
「建築倉庫ミュージアムが選ぶ30代建築家」「ル・コルビュジエ / チャンディガール展」
建築倉庫ミュージアム[東京都]
今春、リニューアルした建築倉庫を訪れた。以前とは入口が変わり、脇からではなく、正面から入場するかたちとなり、企画展示の空間もとても良くなっている(入場料はさらに高くなったのだが、せめて学生割引くらいは導入したらよいのではないか)。展示室Bの「建築倉庫ミュージアムが選ぶ30代建築家─世代と社会が生み出す建築的地層─」展は、昨年のU-35組のメンバーをベースに5組の若手を選出している(齋藤隆太郎、岩元真明+千種成顕、酒井亮憲、三井嶺は、大阪や仙台の巡回展でも展示していたが、今回は藤井亮介が増えた)。齋藤の挨拶文によれば、社会や環境に対する建築的な解答を通して、「新しいチャレンジ」を模索している状況を提示し、上の世代との対話や議論を生みだすことを狙ったという。会場が大きくなったこともあり、新規の模型も増えていた。なお、会場の両側の棚には、企画展の内容とは別に、過去の名作、建築倉庫がセレクトした作品、コンペの模型なども展示していた。
もうひとつ建築倉庫で開催中だったのが、展示室Aの「ル・コルビュジエ / チャンディガール展─創造とコンテクスト─」である。東京大学の千葉学研究室が全面協力し、ル・コルビュジエ研究者の加藤道夫も監修に入る、本格的な企画だった。会場では、まずアプローチにル・コルビュジエがインドで手がけた建築の模型を一直線に並べ(アーメダバードの繊維業会館など)、つきあたりの壁からチャンディガールの紹介が始まる。そしてスケッチやドローイングのほか、大成建設が所蔵する絵画、ホンマタカシが撮影した写真、大型の模型などを展示し、複数のメディアを通じて、都市計画と建築群を紹介する。注目すべきは、床に大きくチャンディガールの平面をプリントし、その上に州議事堂や高等裁判所など、主要な施設の模型を置いたことだ。都市という広がりを想像させる有効な展示手段だろう。
2018/06/24(日)(五十嵐太郎)
平田オリザ『日本文学盛衰史』
吉祥寺シアター[東京都]
高橋源一郎の小説を原作とした平田オリザの演出による演劇『日本文学盛衰史』を見る。数多くの文豪が次々に登場するため(俳優も性別を超えて、役をかけ持ちしたり、最後は胸に名札をつけていた)、最初は誰が誰なのかを把握できず、とまどうが、現代にも射程を伸ばしながら、日本近代文学史の諸問題を考えさせる内容だった。すなわち、明治期の文学者が言文一致を模索し、内面を発見する一方で、国家と言語の関係を意識した歴史を、和風建築の料亭で開催された4人の葬儀を通じて、ポストモダン的に検証していく(ラストは駆け足で、AIが小説を執筆するようなSF的な未来予測も!)。これまでとは異質の語りと身ぶりを演劇において提示したチェルフィッチュの『三月の5日間』も引用されるなど、笑わせるシーンも少なくない。それにしても、原作に込められた濃密な情報量と、さまざまな参照群を演劇化する平田の手腕は見事である。
われわれが当たり前だと思っている、小説という形式や世界の認識。それが近代においてどのように生成したかは、柄谷行人の『日本近代文学の起源』などでも論じられたテーマだが、小説や演劇という方法によっても実験的に表現可能であることに驚かされた。特に演劇はライブであるからこそ、いままさに起きている日々の時事問題も組み込みながら、随時、台詞を改変していく(例えば、開演前のナレーションにおける「日本大学盛衰史」という読み違え)。現在、日本の政治は、言葉と文書を徹底的に軽く扱い、ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984』のような事態がリアルに進行している。そうしたタイミングだからこそ、いま「日本文学盛衰史」が演じられることに大きな意味があるはずだ。ところで、この演劇を見ながら、やはりまったく新しい経験をすることになった日本近代建築でも同じようなことができないかと考えさせられた。
2018/06/23(土)(五十嵐太郎)
サポーズ・デザイン・オフィスの社食堂、「堺町ビルプロジェクト」
[東京都]
代々木上原の谷尻誠、吉田愛が率いるサポーズ・デザイン・オフィスの社食堂にて、ランチを食べる。土曜の昼だったが、かなり賑わっていた。半地下の空間であり、事務所のエリアとの間に間仕切りはなく、食堂から働いている様子がまる見えだった。仙台の卸町の倉庫を転用した阿部仁史のアトリエも、レクチャーの開催時、横でスタッフが仕事をしていたが、社食堂は天井が低い分、もっと近接した感じである。もともとはスタッフもうまくて健康的な料理を食べられるようにと谷尻さんが始めたプロジェクトらしい。飯田善彦の事務所も大量の蔵書があることを活かし、1階をブック・カフェとして開放していたが、これらは《CASACO》が住宅を開くように、事務所を開くタイプの試みと言えよう。
広島市において、サポーズ・デザイン・オフィスによる「堺町ビルプロジェクト」を見学した。場所は川を隔てて、《広島平和記念公園》のすぐ近くである。自社運営(!)のホテル《THE PLACE》を建設する前に、敷地にある解体予定の古いアパートを活用し、10組のクリエイターの表現スペースとして開放するプロジェクトだ。したがって、期間限定である。劇団が活用する部屋は上演中のため、室内を見ることができなかったが、401号室の竹村文宏の「絵画を構築する」、402号室のCarlosによる「解体を構築する場R」、ほかに2A号室のmasmによる絵画と空間インスタレーションなどが印象に残った。いずれもホワイトキューブではなく、さらに現状復帰も要請されない条件を生かし、建築空間と深いつながりをもつアートを展開している。ただし、ゴードン・マッタ=クラークのような壁や床を切りとるほど、ラディカルな介入ではない。それでも、「解体を構築する場R」は、畳や押し入れなど、日本のアパートならではの部位をうまく読み替えていた。サポーズ・デザイン・オフィスは、モノのデザインだけではなく、コトを起こすことに長けている。
2018/06/23(土)(五十嵐太郎)
白井晟一の「原爆堂」展──新たな対話にむけて
会期:2018/06/05~2018/06/30
Gallery5610[東京都]
311の原発事故を経て、新しい意味を獲得したことから、「白井晟一の『原爆堂』展」が、表参道のGallery5610で開催された。丹下健三の《広島平和記念資料館》(1955)とほぼ同時期に、白井が構想した原爆に対する建築からのもうひとつのアンサーである。誰かに依頼されたわけではない、半世紀以上も前のアンビルドのプロジェクトだが、もともと時流を意識せず、時代を超越したデザインのため、いま見ても古びれていない。目玉のひとつは、岡崎乾二郎の監修によって武蔵野美術大学の展示の際に制作された模型が出品されていること。これはすぐに壊れそうないわゆる建築系の白模型ではなく、重厚感をもち、モノ自体がアート的な迫力を獲得していた。また今回のために新規に制作された竹中工務店によるCGのムービーは、入口から地下にもぐり、螺旋階段を昇って、展示室に至るシークエンスを表現している。特にテクスチャーにこだわった仕上がりで、白井の実作を参考にしたせいかもしれないが、《松濤美術館》を想起させる。会場では、ほかにスケッチ、図面、年表、筆者を含む石内都や宮本佳明らへのインタビュー映像などが展示された。じっくりと図面を見ると、地下に2箇所、男女共用のトイレも設計されており、左側はおそらく事務方、右側は来館者用のようで、リアルに設計されていたことがうかがえる。
6月24日のトークイベントでは、白井の原爆堂が獲得した普遍的な意味について、原発/原爆問題に取り組む医師の稲葉俊郎と対談を行なう。稲葉さんからは科学史を振り返り、死と医療、墓とシンボルなどについて語り、筆者からはコミュニティ以外にもあるはずの建築の力に触れた。それにしても「原爆堂」というのは、すごい名前である。大阪万博でさえ、展示で原爆を入れようとしたら、アメリカへの忖度から政府が変更させたというから、公共施設としては、絶対に成立しなかったネーミングだろう。
2018/06/13(水)(五十嵐太郎)
《丘の上の寺子屋ハウス CASACO》《WAEN dining & hairsalon》《ヨコハマアパートメント》
[神奈川県]
五十嵐研のゼミ旅行の2日目は、横浜・日ノ出町にて、tomito architecture(冨永美保+伊藤孝仁)が設計した《丘の上の寺子屋ハウス CASACO》に集合し、世界の朝ご飯を食べるイベントに参加した。構造補強として鉄骨のフレームを挿入しながら、木造の二軒長屋の壁や2階の床を抜き、前面の道路から奥まで視線が抜ける開放的な空間を実現している。吹抜けにおいてシンボリックに存在する階段は、二軒長屋の間の壁がなくなったことで、ダブルで並ぶが、現在、片方は本棚として使われていた。日曜の朝だったが、本当に近隣の子供が集まる場になっていた。なお、2階は留学生が暮らす場であり、全体としては地域に開かれたシェアハウスである。またtomito architectureの事務所もすぐ近くに構え、この建物がどのように使われるか、というソフトの面で積極的に関わっている。
続いて、伊藤孝仁さんに日の出町を案内してもらい、やはりtomito architecture が手がけた《WAEN dining & hairsalon》を見学する。古い一軒屋をリノベーションし、1階をヘアサロン(奥)+カフェ(手前)に改造したものだが、長い時間をかけないと成立しない庭の緑環境が、建築を引き立てる。ここから駅に向かって降りる坂道の途中にも、リノベーションで面白くなりそうなさまざまな物件があった。若手の建築事務所が関わっていくことで、この町の将来がどのように変化していくかが興味深い。
日ノ出町から移動し、オン・デザインによる《ヨコハマアパートメント》を見学した。3度目の訪問だが、もう完成して10年近くが経過している。下の共有空間を囲む大きなビニールはさすがに少しくたびれていた。現時点から振り返ると、これはシェア感覚の空間を建築的な手法で解いた、いち早い事例である。また、いまは独立した中川エリカが事務所に入ってすぐに担当した物件らしい。そしてオン・デザインが担当スタッフと連名で作品を発表するようになったのも、この頃である。
2018/06/10(日)(五十嵐太郎)