artscapeレビュー
飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー
明石瞳「流れ者図鑑」
会期:2018/12/11~2019/12/23
サードディストリクトギャラリー[東京都]
明石瞳は1980年、千葉県生まれ。2002年に東京ビジュアルアーツ写真学科を卒業し、2004年にリクルートが主催するガーディアン・ガーデン「第23回写真ひとつぼ展」でグランプリを受賞している。その後はあまり発表の機会を持つことがなく、今回のサードディストリクトギャラリーでの個展は、東京では13年ぶりになるという。
壁に横一列に並ぶモノクロームのプリントを見て、その変わりのなさに驚きとともに安心感を覚えた。明石は主に身の回りの人物たちにカメラを向け、彼らの呼吸を感じられるようなごく近い距離で、その身振りや表情に鋭敏に反応しつつ、衒いなくシャッターを切っていく。ヌードの写真が多いのは、性愛にかかわる場面の切実さ、テンションの高さに強く惹かれるものがあるからだろう。30歳代後半になり、東京から福岡に移り住むなど、彼女を取り巻く環境そのものは変わってきているが、写真との付き合い方には揺るぎないものがある。むしろ「流れ者」としての自分の生のあり方を全うする覚悟を決めた、明るい肯定感が会場全体に漂っていた。
切れば血が出るような生々しい身体性、他者との不器用な関係の持ち方にこだわり続けている写真家も、考えてみれば随分少なくなってきた。今や絶滅危惧種とでもいうべき、純血プライヴェート・フォトの可能性を、これから先も個展や写真集の形で、ぜひ体現し続けていってほしいものだ。
2018/12/17(月)(飯沢耕太郎)
澤田知子「影法師」
会期:2018/12/01~2019/12/28
MEM[東京都]
澤田知子の新作は映像作品である。東京・恵比寿のギャラリーMEMの会場では「影法師」と題する「4分31秒ループ」の作品が上映されていた。和紙のようなざらついた質感の白い平面に「影法師」がぼんやりとあらわれ、間をおいて少しずつ消えていく。シンプルな構成だが、さまざまな形の「影法師」があらわれては消えていく様には、観客のイマジネーションを刺激する奇妙な魅力が備わっていた。静止画像の写真作品では、その微妙な揺らぎが失われてしまうわけで、動画の映像作品にする必然性があったということだろう。
ところで、映し出される「影法師」の正体は澤田知子自身だと思うのだが、そのことはどこにも明示されていない。前作の「FACIAL SIGNATURE」(2015)から、澤田は「どうやって人は人を判断するのか」というテーマに取り組んでいるが、本作もその一環だという。たしかに、「影法師」はリアルな写真による描写よりも曖昧であり、不確定性が強まっている。その捉えどころのなさこそが、澤田が本作を制作した最大の理由だろう。結果的に、そのコンセプトが映像作品としてとてもうまく実現していた。
澤田の写真を通じての自己探求の営みも、もう20年以上続いている。そのあいだ、作品のクオリティをしっかりとキープし続けているのも驚くべきことだ。そろそろ、まとまった展示を見てみたいのだが、どこか名乗りをあげる会場はないのだろうか。
2018/12/13(木)(飯沢耕太郎)
題府基之「untitled(surround)」
会期:2018/12/02~2019/01/20
MISAKO & ROSEN[東京都]
題府基之は本作「untitled(surround)」からデジタルカメラで制作し始めた。多くの写真家にとってそうだが、デジタルカメラが「きれいに写り過ぎる」ことは、むしろ作品作りを難しくするようだ。題府はデジタルカメラの「ホワイトバランス」機能を逆用することで、その難題を切り抜けようとした。色味の設定をカメラまかせにすることで、画面全体が青みがかったり、逆に赤みが強まったりする。それとともに、フレーミングをわざと不安定にすることで、「崩れたバランス」を取り込もうとしている。結果的に、彼の新たな試みは、これまでとはやや違った雰囲気のシリーズとしてまとまった。
被写体そのものも、かなり違ってきている。これまでは部屋の中で撮影することが多かったが、今回は横浜市青葉区の実家の周辺を中心に、「郊外」の光景にカメラを向けている。本人のコメントによれば、「撮影エリアがホンマタカシと中平卓馬の中間」ということのようだ。だがエリアの問題だけでなく、縦位置に引き伸ばした、住宅や自販機やブロック塀など、身も蓋もない、そっけない眺めは、たしかにホンマや中平の写真を彷彿とさせるところがある。とはいえ、題府の「untitled(surround)」には、「いま」の空気感が確実に写り込んでおり、被写体の選択、配置もじつに的確だ。新たな「郊外写真」の可能性を感じさせるシリーズとして、成長していきそうな予感がする。
なお展覧会と同時期に、フランスの小説家、詩人のミシェル・ウェルベックと共作した写真文集『大型スーパー 11月(Hypermarché-November)』が「The Gould Collection Volume Three」としてパリと東京で発売された。題府の「Project Family」、「Still Life」、「untitled(surround)」の3シリーズから抜粋した写真と、ウェルベックの詩が合体している。写真とテキストとの絡みが絶妙で、見応え、読み応えのある本に仕上がっていた。
2018/12/13(木)(飯沢耕太郎)
小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家vol.15
会期:2018/12/01~2019/01/27
東京都写真美術館[東京都]
この展覧会のタイトルを聞いた時に「またプライベート・フォトが並ぶのか」と思った。日本の現代写真において、私的な領域にこだわる写真がかなり多くの部分を占めていることは否定できない。「私写真」「日常写真」などと称される写真群は、たしかに身近な他者や日々の出来事を思いがけない角度から照らし出す新たな視点をつくり上げていった。だがそれらがいま、特に若い写真家たちのなかで、ある種のクリシェと化しつつあることも否定できない。本展もその流れのなかで企画されたのではないかと、やや危惧していたのだ。
ところが写真展に足を運び、森栄喜、ミヤギフトシ、細倉真弓、石野郁和、河合智子の作品を見て、それが杞憂だったことがわかった。ゲイにとっての家族のあり方を、セットアップした場面を設定して掘り下げていく森、やはり同性愛者の視点で、暗い部屋の中でひとりの男性と向き合う経験を視覚化するミヤギ、さまざまな階層、国籍、年齢の人々が入り混じって住む川崎という地域にスポットを当てた細倉、居住するアメリカと日本人という出自のギャップを、巧みに構築されたモノたちの写真であぶり出していく石野、ベルリンという都市の歴史・文化を、建築や彫刻をテーマに浮かび上がらせる河合──彼らの作品は、むしろ日常を支える社会的構造をしっかりと見据えて制作されていたのだ。個の領域は、歴史や社会との緊張関係を踏まえなければ明確には見えてこない。彼らには、その認識がきちんと共有されている。
石野以外の出品者が、写真とともに映像(動画)を展示に組み込んでいることも興味深い。流動化しつつある現実をつかみ取り、定着するのに、静止画像だけではもはや間に合わなくなってきているということだろうか。
2018/12/07(金)(飯沢耕太郎)
『プロヴォーク 復刻版 全三巻』
発行所:二手舎
発行日:2018/11/11
『プロヴォーク(PROVOKE)』は、いうまでもなく、1968〜69年にかけて中平卓馬、多木浩二、高梨豊、岡田隆彦、森山大道(2号から)を同人として刊行された、伝説的な写真雑誌である。わずか3冊しか発行されなかったにもかかわらず、時代の息吹を体現した「アレ・ブレ・ボケ」の表現スタイルと、高度に練り上げられたテキストによって、同時代の日本の写真表現のあり方に決定的な影響を及ぼした。まさに現代日本写真の起点となった重要な出版物だが、発行部数が少なかったこともあって、古書価格が高騰し、普通にはとても手に入らない「幻の雑誌」になっていた。
今回、二手舎から刊行されたのは、その『プロヴォーク』3冊の復刻版である。じつは以前、カール・ラガーフェルドが企画した日本の重要な写真集をおさめた『THE JAPANESE BOX』(Steidl, 2001)でも、『プロヴォーク』の復刻が企てられたことがある。ところが、そこにおさめられたヴァージョンでは、同人のひとりである岡田隆彦のテキストが、著作権継承者の意向で全部抜け落ちていた。だが、今回はテキストと写真作品も含めて文字通り完全復刻されている。さらに大事なのは、収録されているテキストが、すべて英訳および中国語訳されていることである。そのことで、日本語が読めない読者にも『プロヴォーク』の革新性がより直接的に伝わるようになった。
近年、『プロヴォーク』の再評価は世界各地で急速に進みつつある。2015年には、アメリカのヒューストン美術館ほかで「For a New World to Come: Experiments in Japanese Art and Photography, 1968-1979」展が開催され、2016〜17年には、オーストリア・ウィーンのアルベルティーナ、スイスのヴィンタートゥール写真美術館などを大規模な「PROVOKE」展が巡回した。また、今年10〜12月に開催された香港国際写真フェスティバルでも「プロヴォーク特集」が組まれ、中平卓馬の個展やシンポジウムが開催された。『プロヴォーク』への関心は、今後さらに高まることが予想される。本書も基本的な文献資料として重要な役割を果たしていくのではないだろうか。
2018/12/06(木)(飯沢耕太郎)