artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

吉野英理香「NEROLI」

会期:2016/07/09~2016/08/06

タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

タイトルの「NEROLI」というのは、「ビターオレンジの花から抽出されたオイル」のこと。「花の蜜に、木の皮や、葉の香りが入り混ざった複雑な香りがする」のだという。吉野が自分の写真を「複雑な香り」に喩えるのは、とても的を射ていると思う。彼女の写真は、身近な日常にシャッターを切っているにもかかわらず、さまざまな視覚的、触覚的、そして嗅覚的な要素が絡み合い、じつに複雑なハーモニーを奏でているからだ。その志向は、やはりタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムで展示された前作の「Digitalis」(2012)から一貫しているが、「2011年から2014年に撮影された作品群」から成る今回の展示では、より洗練の度を増してきた。
鏡、水面、植物、自動車のボディ、あるいは写真や文字といった被写体は、ほぼストレートに撮影されている。にもかかわらず、そのたたずまいがどこか非現実的に見えるのは、画面の中に小さな罠が仕掛けられているからだろう。特に効果的なのは光の反射とボケで、それらの視覚的な操作を的確に使いこなすことで、見慣れた場面が神秘的で謎めいた舞台装置に見えてくる。一枚一枚の写真が映し出している情景に小さな物語が含み込まれていて、それらを繋いでいくと「パッションや偶然性、そして、掴むことのできない大切な、かけがえのない瞬間」が連なる、神話的と言っていいような構造が浮かび上がってくるのだ。
なお展覧会にあわせて、赤々舎から同名の写真集が刊行された。今回の展示作品だけでなく、「Digitalis」のシリーズも含む構成だ。端正な造本のページをめくると、いい匂いが立ち上ってくるように感じる。

2016/07/13(水)(飯沢耕太郎)

木原悠介「DUST FOCUS」

会期:2016/06/29~2016/08/06

POETIC SCAPE[東京都]

何を撮るのかというのはやはり大事だと思う。1977年、広島県出身の木原悠介が、ここ10年あまり撮影し続けているのは、商業施設や飲食店の天井裏にある排気用の「ダクト」である。なぜ、そんな写真を撮るようになったかといえば、アルバイトで「ダクト」の清掃の仕事を続けてきたからだ。その作業をしているうちに、木原は縦横25×35センチほどの狭い空間の眺めに惹きつけられるようになり、それらをレンズ付きフィルム(使いきりカメラ)で撮影し始めた。今回、東京・中目黒のPOETIC SCAPEで開催された写真展では、そのなかから17点が展示されていた。
「ダクト」の形状に微妙な違いはあるが、中央奥に四角い平面が見える遠近法的なスペースである事は共通している。どこか杉本博司の「劇場」シリーズを思わせる同じ構図の写真が淡々と並ぶのだが、見ているうちにじわじわとその面白さが伝わってくる。何といっても圧倒的なのは、写真展のタイトルにもなっている「DUST」の、多様かつ魅力的な存在感だろう。「ダクト」にこびりついた塵芥が、さまざまな形状、フォーカシングで目に飛び込んでくるのだが、それはそのまま、われわれの現実世界のめくるめく多様さに見合っているようでもある。狭い空間に体を捻じ込んで、フラッシュを焚いて撮影している木原の身体感覚が、息苦しいほどのリアリティで伝わってくるのもいい。ユニークな写真作家の登場だ。
なお、展覧会に合わせて、SUPER BOOKSから同名の写真集が刊行された。表紙は顔を布で覆って、目だけを出して「ダクト」に潜り込んで作業中の木原のセルフポートレート。それがとても効いている。

2016/07/13(水)(飯沢耕太郎)

神村泰代展「黙祷 silent prayer」

会期:2016/07/12~2016/07/17

アートスペース虹[京都府]

展示室には約50個の金色のオルゴールが天井から吊られていた。壁面には造花を刺したオルゴールも数台あるが、これは装飾といった感じ。オルゴールを避けながら奥へと進むが、間隔が狭いので時々当たってしまう。しかし、振り子のように揺れるオルゴールも、それはそれで音楽的だ。オルゴールのねじを巻いてみたが、音はしない。櫛歯の部分をずらして、シリンダーと接触しないよう細工されているのだ。どうやら1個だけ音の出るオルゴールがあるらしい。では、その1個を探し出すのが本展のテーマなのか。否、無音を聞くこと、沈黙の時間を黙祷と見なし、小さな祈りを捧げることが本展のテーマなのだ。唯一音が出るオルゴールは希望を象徴しているらしい。だとすれば、その1個を探し出すことも、あながち間違いとは言えないのかも。そんな思考の堂々巡りをしながら本展を楽しんだ。

2016/07/12(金)(小吹隆文)

安田佐智種「VOID」

会期:2016/07/04~2016/07/30

BASE GALLERY[東京都]

現在ニューヨーク在住の安田佐智種は、2012年にBASE GALLERYで開催した個展で、今回も出品された「Aerial」のシリーズを展示したことがある。その時も、高所から見下ろしたビル群をデジタル処理してつなぎ合わせた画像の、めくるめくような視覚的効果に驚嘆したのだが、それから4年が過ぎて同シリーズはさらに進化しつつある。
前回は東京、ニューヨーク、神戸で撮影された作品だったが、今回はさらにケルン、長崎、パリの眺めが加わった。高層ビルが針を植えたように林立する都市の一角を、ただ単に切り取ったというだけではなく、より地勢学的に都市全体を俯瞰する視点があらわれてきている。また、撮影の足場になる地点が「空白(VOID)」のスペースとして表示されるのが、今回の展示のタイトルの由来なのだが、そのポイントの選び方(例えば東京スカイツリーやエッフェル塔)にも配慮が行き届いている。
さらに今回の展示で重要なのは、「Aerial」のシリーズのほかに、東日本大震災の被災地で撮影された「Michi」と題する作品も出品されていることだろう。福島県南相馬市の沿岸部の、津波で流失した家屋の土台部分を撮影した写真画像をつなぎ合わせた120×420センチの大画面の作品は、家屋自体の撤去作業が急速に進むなかで、震災の記憶を保持していくためのモニュメントとしての意味を強めつつある。2013年から制作が開始され、「今後も制作続行予定」というこの作品がどんな風に姿を変えていくのか、また「Aerial」のシリーズと、どのように関連しながら展開していくのかが楽しみだ。

2016/07/11(月)(飯沢耕太郎)

よみがえれ! シーボルトの日本博物館

会期:2016/07/12~2016/09/04

国立歴史民俗博物館[千葉県]

江戸後期、2度にわたり来日し、長崎・出島のオランダ商館を拠点に日本の自然や文化を調査したドイツ人の医師シーボルト。その彼がヨーロッパに持ち帰った厖大な資料をオランダ、ドイツの各都市で展示し、西洋で初の日本紹介となった。最終的にはミュンヘンに日本博物館の建設を構想したが、果たせずに死去。同展はこれらのコレクションの一部を公開し、シーボルトが思い描いた日本像を紹介するもの。まず初めに出会うのが、胸にたくさん勲章をつけた威厳たっぷりの《シーボルト肖像》。油彩で写実的に描かれており、その後に出てくる日本人が描いたマンガみたいな《シーボルト肖像》と比べると、19世紀の日本と西洋の文化の落差に唖然とさせられる。ほかに、出島で一緒に暮らした日本人女性タキや、ふたりのあいだに生まれた娘イネ(のちに日本初の西洋医学を修得した女性医師となる)の肖像画、帰国後ふたりに宛てた手紙など。さらに、1度目の帰国後に出版した『日本』『日本植物誌』『日本動物誌』の3部作、1度目の滞在で国外退去の原因となった日本地図など。ここまでがプロローグで、本題の「日本博物館」はここからなのだが、実のところこの先は歴史博物館や民俗資料館に行けばいくらでも見られるような日用品、工芸品が並んでいて、ちょっと退屈。そりゃ19世紀のヨーロッパでは珍しがられたかもしれないけど、当時の日本人にとってはありふれたものだからね。でも洋風画を得意とする長崎の絵師、川原慶賀に描かせた《人物画帳》がおもしろい。町人、花魁、大工から盗人まで109人の日本人がフルカラーの全身像で描かれているのだ。これは必見。

2016/07/11(月)(村田真)

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