artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

小川佳夫展

会期:2016/05/28~2016/07/09

un petit GARAGE[東京都]

小川の作品は90年代に何度か見たことあるし、本人と飲んだ記憶もあるが、以後20年ほどごぶさたしていた。経歴を見ると、95年から12年間パリに滞在していたというから、どうりで見なかったわけだ。久々に接する作品は鮮烈だった。それは、かつての抽象表現主義的な絵画からきわめてシンプルな画面に変化したからであり、また、近ごろの日本では珍しいほど色彩や触感に重きを置いているからだ。作品は大小10点ほど。いずれも刷毛で微妙に混色した絵具を厚めに塗り、乾かないうちに上から別の色彩をペインティングナイフでサッと一振りする。一振りといっても往と復でだいたい2本の線として残る。うまくいかなかったら地の色に混ぜ合わせてもういちど繰り返すという。ちょっと李禹煥やフォンタナを連想させないでもないし、ともすれば、禅などの日本文化に結びつけられかねない面もあるが、深みのある色彩と思いきりのいいストロークは見ていて気持ちがいい。

2016/07/01(金)(村田真)

Identity Ⅻー崇高のための覚書

会期:2016/06/24~2016/07/30

nca | nichido contemporary art[東京都]

ゲストキュレーター天野太郎氏の掲げたテーマは「崇高」だが、なんでいま崇高なのかわからないし、出品作品から崇高さが感じられるわけでもないけど、まあいいか。出品は7人。楊珪宋は陶で心臓などの内臓をつくり、極彩色に塗り分けたオブジェ。こういうのに惹かれるのは、もっとも身近にありながらもっとも見えにくいものを視覚化したら、グロテスクなものになったからだろうか。平川恒太は、チューインガムの噛みカスを画面いっぱいに貼りつけて《German Winter Sky》と題したり、スーラの点描画を月明かりで再現したり(ほぼ真っ黒)。これがいちばん「崇高」に近いかもしれない。ほかに川久保ジョイ、小西紀行、對木裕里ら。

2016/07/01(金)(村田真)

ホリー・ファレル「Doll and Book Paintings」

会期:2016/06/17~2016/07/02

MEGUMI OGITA GALLERY[東京都]

バービー人形とともに一世を風靡したタミーちゃん人形や、傷や汚れのついた古本を並べた本棚を描いた小品。ノスタルジー漂うモチーフ、丁寧な仕上げ、小ぶりのサイズ……思わずほしくなる絵の要素が満載。

2016/07/01(金)(村田真)

伏黒歩「2011-2016 Featuring Birds」

会期:2016/06/17~2016/07/02

MEGUMI OGITA GALLERY[東京都]

夜景だろうか、ウルトラマリンの背景に鳥の姿とフェンス、門、鳥カゴなどが描かれている。なにか捕われることのオブセッションでもあるのかもしれないが、それより透明な色彩の美しさに目が奪われる。絵の下には陶でつくった鳥や鳥人間(?)が数十個並んでいて、絵を描きたいのか立体を見せたいのかよくわからない。本人は絵画の純粋化を追求した結果、陶による「立体画」に行きつき、その立体画を再び油彩画に還元しているのだという。

2016/07/01(金)(村田真)

From Life─写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展

会期:2016/07/02~2016/09/19

三菱一号館美術館[東京都]

ジュリア・マーガレット・キャメロン(1815~79)は、19世紀イギリスを代表する写真家である。女性写真家の草分けの一人でもあり、48歳の誕生日に娘夫婦からカメラを贈られたのをきっかけにして、以前から持ち続けていた「美への憧れ」を満たす手段として写真撮影とプリントに熱中する。数年で自分のスタイルを確立し、「肖像」、「聖母群」(聖母マリアと幼子のイエス)、「絵画的効果を目指す幻想主題」(神話や宗教的なテーマに基づく演出写真)という3つのジャンルを精力的に作品化していった。
今回の三菱一号館美術館での展示は、キャメロンの作品を多数所蔵するヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)が、生誕200年を記念して開催した回顧展の掉尾を飾る日本巡回展である。貴重なヴィンテージ・プリント118点をまとめて見ることができる機会は、日本ではもう二度とないだろう。ほかにキャメロンの同時代の写真家たち、ルイス・キャロル、ヘンリー・ピーチ・ロビンソン、ヘイウォーデン卿夫人クレメンティーナらの作品も出品され、「キャメロンとの対話」の部屋には、キャメロンの世界観、写真観と共鳴するピーター・ヘンリー・エマーソン、アルフレッド・スティーグリッツ、サリー・マンの作品も並んでいた。見逃せない好企画といえるだろう。
キャメロンの写真は発表された当時から、ブレやピンぼけ、画像の剥落やひび割れなどの技術的欠陥について、強い非難を浴び続けてきた。だが、いまあらためて見ると、V&Aのキュレーターのマルタ・ワイスが指摘するように、それらの「失敗」が、彼女自身の身体性(「キャメロンの手の存在」)をより強く意識させる役目を果たしているのがわかる。彼女にとって、モデルの外貌を正確に描写するよりも、彼らの存在そのものから発するリアリティを受けとめ、捉えることのほうが大事だったのだ。そんな強い思いが、時には画面からはみ出してしまうような極端なクローズアップや、ふわふわと宙を漂うようなソフトフォーカスの画像によって、生々しく露呈し、強調されているように感じる。キャメロンは、当時の女性としては小柄な方だったという。にもかかわらず、その作品から放射されるエネルギーの総量はただならぬものがある。現代写真にも通じる大胆不敵な描写を、全身で味わっていただきたい。

2016/07/01(金)(飯沢耕太郎)

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