artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

スティーヴン・エリック・ブロナー『フランクフルト学派と批判理論──〈疎外〉と〈物象化〉の現代的地平』

訳者:小田透

発行所:白水社

発行日:2018/11/10

こんにち「Critical Theory」という言葉から、人はいかなる内容を連想するだろうか。それは「批判」理論として、あるいは「批評」理論として受け止められるべきものだろうか。この場合、「critical」という形容詞を「批判的/批評的」と訳し分けてきた近代日本語の伝統が、事態の正確な把握を困難にしている。本当のところを言えば、そもそも「批判/批評」とは互いに異なる二つのものではない。なぜなら「critical」とは、既存のいかなる価値も尺度も前提とせず、その物事をあらしめている土台や根拠を疑ってかかることの謂いだからである。

オックスフォード大学出版会の名シリーズ「Very Short Introductions」の一冊として刊行された本書は、政治学者スティーヴン・エリック・ブロナー(1949-)による批判理論(Critical Theory)の入門書である。ここでいう「批判理論」とは、邦題に明示されているように、第一にはアドルノやホルクハイマーに代表されるフランクフルト学派の理論を指している。現に、狭義の「批判理論」の入門書は、しばしばフランクフルトの社会研究所に集ったドイツの思想家たちの紹介に終始する。反対に、広義における「批判理論」を相手取ろうとする場合、そこでは必然的にフランクフルト学派という限定的なサークルにとどまらず、マルクス、ニーチェ、フロイトらを淵源とするより広範な思想を扱う必要に迫られるだろう。本書はその両者を絶妙なバランスで按配しつつ、フランクフルト学派の名とともに歴史に登記された「批判理論」のポテンシャルを現代に甦らせようとする一書である。

そして以上の特徴はそのまま、本書の内容にも反映されている。本書で著者ブロナーは、フランクフルト学派やその周辺の思想家(ホルクハイマー、フロム、マルクーゼ、ベンヤミン、アドルノ、ハーバーマス……)、および「疎外」や「物象化」といった彼らの諸概念について過不足ない説明を加えるいっぽう、「文化産業」批判をはじめとする彼らの理論に対しては仮借のない批判を加える。たんなる礼賛ではないその批判的再読を通じて、著者は批判理論を──彼らがもっとも痛烈に批判した──啓蒙の問題へと(再)接続する。フランクフルト学派の功罪を明らかにするとともに、そこから現代における新たな展望を示す、見事な手続きである。

なお、本訳書は初版(2011)ではなく、昨年刊行されたばかりの第二版(2017)を底本としている。この第二版で追加された章(第3章「批判理論とモダニズム」)は、文学や芸術におけるモダニズムと批判理論の関係について、簡にして要を得た見取図を提供してくれる。「批判理論をモダニズムのまた別の表出と理解することさえできる」(51頁)という著者の見解に何か感じるところのある読者には、まずこの章の一読を勧めたい。

2018/12/11(火)(星野太)

『プロヴォーク 復刻版 全三巻』

発行所:二手舎

発行日:2018/11/11

さる6月、世田谷区の古書店・二手舎から受け取った一通のメールに目が止まった。よくある営業メールならばざっと読み流すところだが、そこにはなんと、かの写真雑誌『プロヴォーク』を復刻・販売するという驚くべき内容が含まれていたのだ。いくぶん訝しく思いつつ読み進めてみると、このたび復刻されるのは二手舎にたまたま流れ着いた『プロヴォーク』全3巻(古書)であり、同舎はこの稀覯本をただ市場に流すのでなく、なるべくオリジナルに忠実に再現することを選択したのだという。意気に感じてすぐさまプレオーダーに応じ、つい先頃手元に届いたのがこの3冊揃(+英語訳・中国語訳付)の書物である。

累々説明するまでもなく、『プロヴォーク』とは岡田隆彦、高梨豊、多木浩二、中平卓馬の4名によって1968年に創刊された同人誌である。前述の4名のほか、2、3号には森山大道や吉増剛造も作品を寄せたことで知られている。詩・評論・写真からなるその前衛的な内容もさることながら、同人であった上記メンバー、とりわけ「アレ、ブレ、ボケ」の定型句で知られる中平・森山の写真が世界的な名声を獲得したことにともない、『プロヴォーク』の存在も次第に伝説的なものとなっていった。結果、長らく稀覯本と化していた同誌が、こうして気軽に手に取れるようになったのは慶賀すべきことである。原著に見られた特殊な判型や帯をはじめ、その再現度についても申し分ない(本書の特設サイトには、2001年に国外で刊行されたファクシミリ版との異同についての言及もある)。また本体とは別に、全テクストの英語訳・中国語訳を収めた別冊が添えられているという事実は、同誌を未来の読者に開いていこうとする発行者の熱意を何よりも雄弁に物語っていよう。

本書は2018年11月、すなわち『プロヴォーク』の創刊(1968年11月)からちょうど半世紀後に復刻された。その創刊号を締めくくる多木浩二の文章(「覚え書・1──知の頽廃」)は、当時絶頂の最中にあった全共闘運動をめぐる所感に加え、来たる1970年の大阪万博への批判に多くの紙幅を割いている。その「頽廃」を伝える多木の苦々しい思いは、たとえば次のようなエピソードに端的に表われている──「『要するにお祭ですよ』というのを、私はEXPO’70に参加しているデザイナーたちから何度もきいた。それは、大したことではないのだから、そう角をたてるなという意味でもあり、そこで大へんな金が使えるから、『やりたいこと』を部分的にやればいいのだという意味でもある」(68頁)。

いかにもありそうな話だ。むろん多木が「頽廃」と呼んで批判しているのは、「要するにお祭ですよ」というこの種の「思想の欠落」にほかならない。具体的に多木は、当時の第一線の建築家(丹下健三、大谷幸夫、磯崎新)、デザイナー(杉浦康平、粟津潔、福田繁雄)、さらには映像作家(松本俊夫、勅使河原宏)にいたるまでの「一切が万博へと組織されてしまった」ことを批判している。そのことがもたらす帰結に対して、多木の筆致は次のごとく辛辣だ。「私は建築家やデザイナーはいま、ほとんど永久に復権する機会を喪ったと考える。それはかれらの内部において喪われたのであり、それだけに回復は不能である」(同前)。

奇しくも筆者は、2025年の万博の開催地が大阪に決まったことを告げるニュースを聞きながら、この小文を書いている。多木が目撃した一度目のそれが悲劇なら、私たちはそれを喜劇として目撃することになるのだろうか。いずれにせよ、多木が指弾した「頽廃」はその後ましになるどころか、当時から半世紀を経ていっそう深刻さを増している。そのことを確認できるだけでも、この『プロヴォーク』復刻版が私たちの眼前に現われた意味がある。刊行に尽力された関係諸氏の努力を讃えたい。

参考

アートワード『プロヴォーク』(土屋誠一)

2018/12/11(火)(星野太)

『プロヴォーク 復刻版 全三巻』

発行所:二手舎

発行日:2018/11/11

『プロヴォーク(PROVOKE)』は、いうまでもなく、1968〜69年にかけて中平卓馬、多木浩二、高梨豊、岡田隆彦、森山大道(2号から)を同人として刊行された、伝説的な写真雑誌である。わずか3冊しか発行されなかったにもかかわらず、時代の息吹を体現した「アレ・ブレ・ボケ」の表現スタイルと、高度に練り上げられたテキストによって、同時代の日本の写真表現のあり方に決定的な影響を及ぼした。まさに現代日本写真の起点となった重要な出版物だが、発行部数が少なかったこともあって、古書価格が高騰し、普通にはとても手に入らない「幻の雑誌」になっていた。

今回、二手舎から刊行されたのは、その『プロヴォーク』3冊の復刻版である。じつは以前、カール・ラガーフェルドが企画した日本の重要な写真集をおさめた『THE JAPANESE BOX』(Steidl, 2001)でも、『プロヴォーク』の復刻が企てられたことがある。ところが、そこにおさめられたヴァージョンでは、同人のひとりである岡田隆彦のテキストが、著作権継承者の意向で全部抜け落ちていた。だが、今回はテキストと写真作品も含めて文字通り完全復刻されている。さらに大事なのは、収録されているテキストが、すべて英訳および中国語訳されていることである。そのことで、日本語が読めない読者にも『プロヴォーク』の革新性がより直接的に伝わるようになった。

近年、『プロヴォーク』の再評価は世界各地で急速に進みつつある。2015年には、アメリカのヒューストン美術館ほかで「For a New World to Come: Experiments in Japanese Art and Photography, 1968-1979」展が開催され、2016〜17年には、オーストリア・ウィーンのアルベルティーナ、スイスのヴィンタートゥール写真美術館などを大規模な「PROVOKE」展が巡回した。また、今年10〜12月に開催された香港国際写真フェスティバルでも「プロヴォーク特集」が組まれ、中平卓馬の個展やシンポジウムが開催された。『プロヴォーク』への関心は、今後さらに高まることが予想される。本書も基本的な文献資料として重要な役割を果たしていくのではないだろうか。

2018/12/06(木)(飯沢耕太郎)

草野庸子『Across the Sea』

発行所:roshin books

発行年:2018

昨年3月に東京・池ノ上のQUIET NOISEで個展「EVERYTHING IS TEMPORARY」を開催し、同名の写真集も刊行した草野庸子が、新作写真集を出版した。その『Across the Sea』はロンドン旅行で撮影したスナップ写真で構成されている。

淡いオレンジが黄緑へと移ろっていく「空」の写真からスタートし、旅先で出会った人、モノ、光をちりばめながら進んでいって、再び「空」の写真で終わる写真集の構成は、センスがいいとしか言いようがない。前作と比べると、ロンドンという時空間に限定されていることもあって、かなり異質な写真がせめぎ合っているにもかかわらず、すっきりとしたまとまりを保って目に飛び込んでくる。見ること、撮ることの弾むような歓びが感じられるいい写真集だった。

ただ、その先を見てみたいという思いがどうしても強まってくる。草野がなぜロンドンに行かなければならなかったのか、なぜこの写真集をまとめなければならなかったのか、その切実な理由がまったく伝わってこないのだ。あとがきにあたる「彼方へ」と題する文章で、彼女はこんなふうに書いている。

「彼方へ、遠くへ行きたいような、/此処に居続けていたいような、いつだって何もかもを/捨てられる身軽さに憧れ、その反面じめじめとした/ねちっこい執着も持っていたい。同じところをぐるぐるまわっている。」

素直な感慨だと思うが、「同じところをぐるぐるまわっている」だけでは仕方がないだろう。センスのよさだけで勝負できる時期はそれほど長くはない。そろそろ気合いを入れて、「初期代表作」に取り組んでほしいものだ。

2018/12/06(木)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス│2018年11月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます

建築×写真 ここのみに在る光

発行:millegraph
企画・構成:藤村里美[東京都写真美術館]
企画補助:石田哲朗[東京都写真美術館]
執筆:藤村里美 石田哲朗
翻訳:ハート・ララビー
デザイン:小池俊起
発行日:2018年11月10日
定価:2,778円(税抜)
サイズ:22.4×29.7cm、ソフトカバー、200ページ

東京都写真美術館による、初の建築写真をテーマとした展覧会のカタログ。写真黎明期から現代まで、建築と写真は蜜月関係にあり、幾多の建築物、構築物、都市が写真の被写体となってきた。本書は、写真美術館のコレクションを中心に構成された全出展作品を収録。

BEPPU PROJECT 2005-2018

著者:山出淳也
発行:NPO法人 BEPPU PROJECT
デザイン:井下悠
発行日:2018年10月13日
定価:1,500円(税抜)
サイズ:新書判、348ページ

大分県において別府現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』『in BEPPU』など、アートフェスティバルや芸術文化振興事業を立ち上げ実行してきたアートNPO、BEPPU PROJECT。その発起人であり代表理事の山出淳也が、組織の立ち上げから13年間にわたって展開してきたアートと社会を接続する活動を振り返り、等身大の視点と表現で綴りました。
少年期におけるアートとの出会いからアーティストとしての経験や学び、そして地域においてアートフェスティバルを作りあげていく経緯やその内情、近年のクリエイティブを活かしたソーシャルベンチャーともいえる活動のアイデアの源泉なども網羅。アートマネジメントやまちづくり、地域と深く関わるビジネスに従事する方やこれから立ち上げる方などに、自らの経験を通じてエールを送ります。

幻の万博 紀元二千六百年をめぐる博覧会のポリティクス

著者:暮沢剛巳、江藤光紀、鯖江秀樹、寺本敬子
発行:青弓社
発行日:2018年9月25日
定価:3,000円(税抜)
サイズ:四六判、並製、298ページ

1940年、東京オリンピックとともに開催が計画され、総合芸術の一大イベントだった紀元二千六百年記念万国博覧会。日中戦争の激化に伴って、オリンピックともども実質的な中止に追い込まれた「幻の万博」は、いったい何を目指していたのだろうか。
紀元二千六百年の奉祝行事だった「幻の万博」は、海外の多くの参加国や来場者を見込み、教育や産業振興はもちろん、当時の実験的な芸術や新しいメディアを数多く披露しようとしていた。芸術やアトラクションを通じて、国内外へのプロパガンダを企図していたのである。
同時代のパリ万博やローマ万博と比較し、満州国美術展覧会や満州映画協会との関連も調査して、戦争と抜きがたい関係性にあった「幻の芸術の祭典」の実態に迫る初の研究書。

制作へ 上妻世海初期論考集

著者:上妻世海
発行:エクリ
発行日:2018年10月23日
定価:3,200円(税抜)
サイズ:21×12.5cm、320ページ

さまざまな仕方で制作的身体をつくってきた上妻世海による、2016年から現在までの論考をまとめる。書き下ろしと、書籍や雑誌、Webメディアなどで発表したテキスト、あわせて全13本を収録。

「1968年 激動の時代の芸術」展覧会カタログ

発行:千葉市美術館、北九州市立美術館、静岡県立美術館
発行日:2018年9月19日
定価:1,500円(税抜)
サイズ:25.2×18.8cm、300ページ

20世紀の歴史の転換点とされ、現代美術にとっても重要な年となった1968年の芸術状況を、ちょうど50年が経過した2018年の時点から回顧する展覧会。現代美術のみならず、写真、デザイン、建築、演劇、舞踏、音楽、映画、漫画にも視野を広げ、作品のみならず多彩な資料も交えつつ多角的に展示します。この時期、磯崎新、赤瀬川原平、高松次郎、横尾忠則、寺山修司、唐十郎、森山大道、土方巽をはじめ、個性的な面々が分野を超えて活躍しました。万博、学生運動、アングラ、カウンターカルチャーで燃え上がる熱い時代のエキセントリックな1968年芸術を、ぜひご覧ください。

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2018年10月01日号artscapeレビュー|村田真:1968年 激動の時代の芸術




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2018/11/15(木)(artscape編集部)