artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
つなぐ日本のモノづくり 〜51 Stories of NEW TAKUMI〜
著者:LEXUS NEW TAKUMI PROJECT
編集・執筆:下川一哉、杉江あこ
発行:美術出版社
発行日:2018/10/31
定価:3,900円(税抜)
サイズ:21.4×21.2×2.2cm、240ページ
トヨタ自動車の「レクサス」は、2016年より、日本全国の若き匠たちを応援するプロジェクト「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」を主催している。ここで匠と称する対象は、伝統工芸や地場産業に携わる職人や伝統工芸士、工芸作家、デザイナーなどで、年齢は30代が中心。本書は2年目となる2017年の同プロジェクトを紹介した書籍で、実は大半を私が執筆した。というわけで、制作側の視点から本レビューを書かせていただく。
タイトルの冒頭の言葉「つなぐ」は、本書の重要なテーマだ。本プロジェクトの流れをざっと説明すると、まず全国47都道府県の匠約50人が選出される。匠が一堂に会すキックオフ・セッションで、全体のオリエンテーションや担当サポートメンバーによる1対1のコンサルティングが行なわれる。その後、匠の工房を担当サポートメンバーが訪問し、コンサルティングを行なうエリア・コンサルティングが実施される。プレ・プレゼンテーションを挟み、最後にプレゼンテーション・商談会が開催される。
これらが1年かけて行なわれるなか、匠は自身の技や表現力をベースにしながら、未来に向かっていかに飛躍するかが試される。主催者から匠一人ひとりに対し、モノづくりのための支援金が一律に支給されるほか、普段はあまり接する機会のない建築やファッション、デザインなどの分野で活躍するプロデューサーやジャーナリストらのサポートメンバーからアドバイスを受けるという機会が用意される。ただしどんなに手厚い支援があっても、受け身でいては飛躍が望めない。匠自らが積極的に動き、試作を繰り返し、生みの苦しみを乗り越えてこそ、未来は開く。その際に手がかりとなるのが、つなぐ行為だ。担当サポートメンバーとのつながり、匠同士のつながり、地元の知り合いや他業種の人とのつながり、そうした人と人とのつながりがモノづくりに大きなヒントをもたらす。
本書では、51人の匠一人ひとりの物語を紹介している。モノづくりに人とのつながりをうまく取り入れた匠もいれば、なかにはほぼ自力で挑んだ匠もいる。いずれも若き匠たちのチャレンジ物語として読んでもらえると嬉しい。と同時に全国47都道府県の伝統工芸や地場産業の現状を知る機会にもなるはずだ。また、田園や藍畑、陶石の採掘場といった日本の風景写真を挟み込み、一次産業と二次産業とのつながりについても少し触れている。このようにいろいろな角度から、つながることのポテンシャルを示した。つなぐ行為はクリエーションの一部なのだ。
発行元公式ページ:http://www.bijutsu.press/books/2018/10/-51stories-of-new-takumi.html
LEXUS NEW TAKUMI PROJECT:https://lexus.jp/brand/new-takumi/
2018/11/04(杉江あこ)
天文学と印刷
会期:2018/10/20~2019/01/20
印刷博物館[東京都]
ポスターを見て、40年ほど前に工作舎が出した奇書『全宇宙誌』を思い出した。漆黒の宇宙を背景に古今の図像を散りばめ、中央に「全宇宙誌」と縦書きされた杉浦康平デザインの表紙は、同展ポスターとほとんど同じ。ちなみに同書は本文も黒地に白抜きで文章中にまで星や図像が紛れ込み、読みづらいったらありゃしない。そこがいいんだけどね。ま、とにかくそんなわけで見に行った次第。
コペルニクスを原典とする15世紀の『アルマゲスト概要』から、16世紀の『時禱書』、デューラーの天球図、ヴェサリウス『人体の構造について』、17世紀のティコ・ブラーエ『新天文学の器具』、ケプラー『宇宙の神秘』まで、近世の天文学書が並んでいる。あれ? これって9月に上野の森美術館で開かれた「書物が変えた世界」とずいぶん被ってね? だが、たしかに『アルマゲスト概要』など何冊かは金沢工大から借りた古書だが、こちらは理系稀覯書の紹介より、これらの書物が学者と印刷者の共同出版であることから、天文学の発展に果たした印刷者の役割を再認識しようというのが趣旨だ。もうひとつ、同展では「日本における天文学と印刷」と題して、江戸時代の司馬江漢による『和蘭天説』や渋川春海による『天文分野之図』といった日本の天文学書も展示している。まあこれは蛇足だな。展示空間も暗く、マニエリスムの香りが漂ういい展示だった。
2018/11/03(村田真)
植本一子『フェルメール』
発行所:ナナロク社/Blue Sheep
発行日:2018/10/05
植本一子は一般的には写真家というよりは『かなわない』(2016)、『降伏の記録』(2017)などのエッセイ集の作者として認知されている。僕自身もそんなふうに思っていた。だが新作の『フェルメール』を手にして、彼女がとてもいい写真家であることをあらためて認識した。
植本は編集者の「草刈さん」と「村井さん」、デザイナーの「山野さん」とともに、世界中に点在するフェルメールの全作品、35点に「会いにいく」旅に出る。2018年3月20日〜26日および同年5月9日〜16日に、オランダ、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館からアメリカ、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館まで、17カ所の美術館を巡り、現存するすべてのフェルメールの作品を撮影した。この撮影旅行が、どんな動機と目的で行なわれたかについての詳しい説明は最後までない。だが、掲載された写真を見て「旅の記録」として綴られた撮影日記を読むと、あえてそのことを詮索する必要もないように思えてくる。
植本は「末期ガンで入退院を繰り返していた」夫を亡くしたばかりで、この仕事が「新しい旅」へのスタートとなった。撮影にあたって、デジタルかフィルムのどちらで撮影するか迷いに迷って、結局フィルムに決める。本書の図版ページには、フェルメールの作品だけでなく、絵を見る観客たちの姿や旅の途中のスナップも挟み込まれ、そのことによって、旅のプロセスが立体的な膨らみを伴って浮かび上がってくる。写真と文章とを行きつ戻りつすることで、読者はあらためてフェルメールの絵の魅力に気づくとともに、ひとりの表現者の再出発に立ち会うことになる。判型は小ぶりだが、写真家としての次の仕事もぜひ見てみたいと思わせる、極上の出来栄えの写真集だった。
2018/11/02(金)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2018年10月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます
Architectural Workshop Ise 2018 DOCUMENT BOOK
建築学生ワークショップ伊勢2018 ドキュメントブック
2018年開催の聖地は伊勢。全国から集った53名の大学生が、建築の実現化を図る。
マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ
──アート、アーティスト、そして人生について
1964年にデュシャン宅で行われた伝説のインタビュー、その全貌が初めて公に。終始リラックスした雰囲気で交わされる3つの対話篇は、彼の生き方のまったき新しさを明らかにする。
世界でいちばん素敵な西洋美術の教室
ダ・ヴィンチ、フェルメール、ゴッホ、ルノワール、モネ……。これまでヨーロッパでは何人もの巨匠が登場し、数多くの名画を生み出してきました。日本でも有名画家の展覧会が開かれれば、押すな押すなの大行列。“人類の遺産”が間近でみられるのですから、心が踊り、胸がときめくのも当然でしょう。でも、絵画を始めとする西洋美術は簡単に理解できるものばかりではありません。歴史や技法、画家の来歴などを知らないとせっかくの名画が単なる1枚の紙切れになってしまうかも……。本書はあなたの好みの名画がより美しく、楽しく鑑賞できるようになる1冊です。
「京都・醍醐寺展─真言密教の宇宙─」展 公式図録
図版や作品解説、醍醐寺関連年表など、本展覧会の魅力がぎっしりと詰まった図録です。
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2018年10月01日号オススメ展覧会「京都・醍醐寺—真言密教の宇宙—」(サントリー美術館)
「バウハウスへの応答」展 図録
1919年、今からほぼ100年前に先進的な総合芸術学校バウハウスが、ドイツのヴァイマールに設立されました。設立に際し、初代校長ヴァルター・グロピウスは「バウハウス宣言(Bauhaus-Manifest)」を公にします。そこには、建築・絵画・彫刻の三つのジャンルを表す尖塔をもつゴシック様式の聖堂を描いた、ライオネル・ファイニンガーの木版画が添えられました。あらゆる造形活動を手仕事の訓練と習得を通して統合し、新たな時代・世界に相応しい建築さらには社会の創造を目指したバウハウスは、その教育理念と独創的なカリキュラムによって、ドイツ国内のみならず、ひろく世界に大きな影響を及ぼしました。本展は、そのバウハウスの今日的意義を再考する国際プロジェクト「bauhaus imaginista(創造のバウハウス)」の一環として開催されるものです。
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2018年09月15日号artscapeレビュー|杉江あこ:「バウハウスへの応答」展
※「honto」は書店と本の通販ストア、電子書籍ストアがひとつになって生まれたまったく新しい本のサービスです
https://honto.jp/
2018/10/15(artscape編集部)
ジョージ・クブラー『時のかたち──事物の歴史をめぐって』
訳者:中谷礼仁、田中伸幸
翻訳協力:加藤哲弘
発行所:鹿島出版会
発行日:2018/08/20
待望の翻訳である。アメリカの美術史家ジョージ・クブラー(1912-1996)が1962年に刊行した本書は、小著ながら、20世紀に書かれた美術をめぐるもっとも重要な著作のひとつに数えられるだろう。本書の帯文における「革命的書物」(岡﨑乾二郎)という言葉はけっして誇張ではなく、刊行から半世紀を経た今日においても、本書のもつ輝きはまったく失われていない。
本書のテーマは、副題にもある「事物の歴史」である。もう少し限定するなら、「人間の手によって作られた事物の歴史」こそが本書の主題である、と言ってもよい。本書において、クブラーは「芸術」概念を「人間の手によってつくり出されたすべての事物」に広げてみることを提案する。すなわち「美しいものや詩的なものに加えて、すべての道具や文章までも」芸術に含めてみることを提案するのだ(14頁)。そのような前提から出発し、最終的にはあらゆる事物(人工物)の歴史を把握するための適切な方法を探し出すことが、本書では試みられる。
クブラーが仮想敵とするのは、芸術を「象徴的言語」(カッシーラー)とみなし、そこに含まれる意味を見いだすことに躍起になるイコノロジーや、各時代の「様式」を所与のものとみなす旧態依然とした美術史研究である。これに対し、彼が提案するのは、「意味」ではなくあくまでも「かたち」の観点から事物の歴史を精査していくというスタンスだ。ここには、『かたちの生命』(1934)の著者にして、ヨーロッパからの亡命中にイェール大学でクブラーを指導したアンリ・フォシヨン(1881-1943)の影響を見ることもできるし、彼自身が先コロンブス期のアメリカ美術を専門とする美術史家であったがゆえの洞察と見ることもできる。
シリーズとシークエンス、自己シグナルと付随シグナル、素形物と模倣物といった独自の概念によって、事物から事物への「かたち」の伝播を把握するための方法論を描き出していく本書の知見は、美術史研究にとどまらず、広く人工物を対象とする私たちの思考を今なお刺激してやまない(余談ながら、ジョン・バルデッサリやロバート・スミッソンなど、本書に影響を受けたアーティストもそれなりの数におよぶ)。しかし本書の何よりの魅力は、前述の概念群をもとに展開された思索を支える、簡潔かつ詩情に富んだ文体にある。「現在性とは、灯台からの閃光と閃光の合間にできる暗闇」である(44頁)といった記述などが、おそらくそのひとつの例になりうるだろう。適切な訳註を備えた本訳書にもまた、そのようなクブラーの筆遣いは十全に反映されている。
最後に、いささか長くなるが、ここまで述べてきた本書の問題意識の核心を伝えていると思われる一節を引用して締めくくりたい。ここでクブラーが「海」に喩えている事物の総体は、今では当時とはまた異なった姿をまとっているはずである。しかしその事実が、この警句の意義を減じることはいささかもない。問題は、私たちがそれを、どれほど真剣に受け止めることができるかという点にこそかかっている──「これまで生み出された時のかたちは、限られた数の類型から派生した無数の形態で占められた、海のようなものである。それらをつかまえるには、今使われているものとは違う編み目を持った網が必要なのである。様式概念はそのような網にはなりえない。[……]建築、彫刻、絵画や工芸についてのこれまでの歴史学では芸術的行為の些細な細部も、主要な細部も、いずれをも取り逃してしまう。単体の芸術作品を取り上げた研究論文は、積み上げられた壁の所定の位置に嵌め込むために整形された嵌め石のようだ。しかし、その壁自体は、目的も計画もなしに建造されているのである」(72-73頁)。
参考
アートワード「『時のかたち ものの歴史についての覚え書き』ジョージ・キューブラー」(沢山遼)
2018/10/08(月)(星野太)