artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

カタログ&ブックス│2019年7月

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
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ART TRACE PRESS 05

責任編集:松浦寿夫、林道郎
発行:ART TRACE
発行日:2019年6月28日
定価:2,300円(税抜)
サイズ:A5判、291ページ

特集「アフェクト・セオリー」
宇野邦一氏、林道郎、松浦寿夫による座談会収録の他、松井勝正氏によるロバート・スミッソン論、荒川徹氏によるゴッホ論、林道郎によるアフェクト理論についての補足的論考を掲載。

欲望の主体 ヘーゲルと二〇世紀フランスにおけるポスト・ヘーゲル主義

著者:ジュディス・バトラー
翻訳:大河内泰樹、岡崎佑香、岡崎龍、野尻英一
発行:堀之内出版
発行日:2019年7月10日
定価:4,000円(税抜)
サイズ:四六判、492ページ

ジュディス・バトラーについては、すでに多くの著作の訳書があり、日本でも受容が進んでいる。しかし、彼女の思想的出発点となったヘーゲル研究については十分な理解が進んでいるとは言えない。バトラーのフェミニズム、クィア理論、さらには政治的主張を理解する上でも、その基礎となっている彼女のヘーゲル理解、そしてそれに基づくフランス二〇世紀哲学についての理解を示した本著の邦訳刊行は、日本における哲学、フェミニズム、政治思想における議論に大きく貢献することになるだろう。

シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略

著者:洞田貫晋一朗
装丁:井上新八
発行:翔泳社
発行日:2019年6月12日
定価:1,600円(税抜)
サイズ:四六判、200ページ

森美術館は2018年美術展覧会「入場者数」1位・2位を達成しました。 その背景には、日本の美術館・博物館の中で最大規模のSNSフォロワー数を活用したデジタルマーケティング戦略があります。 本書では、森美術館がこれまで取り組んできた展覧会におけるさまざまなSNSの取り組みを紹介しています。 現代アートにおけるプロモーションの最前線を知っていただきながら、 アートとSNSの相性のこと、多少の失敗談など、楽しみながら読んでもらえる内容になっています。

マミトの天使

著者:市原佐都子
発行:早川書房
発行日:2019年6月6日
定価:2,160円(税込)
サイズ:20cm、211ページ

日本のみならず、世界から注目される演劇ユニットQを主宰する劇作家・市原佐都子の初作品集。「悲劇喜劇」誌に掲載され話題となった中篇小説「マミトの天使」に加えて、人の自意識と身体性にまつわる懊悩と希望を描いた「虫」と「地底妖精」の3篇を収録する。

アール・ブリュット

著者:エミリー・シャンプノワ
翻訳:西尾彰泰、四元朝子
発行:白水社
発行日:2019年7月3日
定価:1,200円(税抜)
サイズ:新書、150ページ

アール・ブリュットの起源、呼び名、概念、作品の素材や形式、愛好家やコレクター、近年のブーム、美術館や市場までを概説する。

アッセンブリッジ・ナゴヤ2018|ドキュメント

執筆者:川北眞紀子、中根多惠、秋庭史典、中村史子、佐藤知久 編集・発行:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会
発行日:2019年3月
定価:非売品(ウェブサイトよりPDFダウンロード可能)
サイズ:A5判、96ページ

アッセンブリッジ・ナゴヤ2018の活動をまとめたドキュメントブック。

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街の変わりゆく景色をどのように残すべきか|吉田有里:キュレーターズノート(2018年09月15日号)

裏切られた美術 表現者たちの転向と挫折 1910−1960

著者:足立元
発行:ブリュッケ
発売:星雲社
発行日:2019年6月6日
定価:3,600円(税抜)
サイズ:A5判変型、318ページ

戦前から戦後にかけての50年間における、美術・漫画・記録映画と社会運動の危険な交わり。美術を中心に、漫画、映画、アニメーションなどを研究する著者が、2008〜2018年に書いた文章をまとめる。

ゴットを、信じる方法。

企画、編集:中川恵理子
レイアウトデザイン:宮城巧
発行:京都造形芸術大学 ARTZONE
発行日:2019年5月10日
定価:非売品
サイズ:B5版、50ページ

京都のARTZONEで開催された展覧会「ゴットを、信じる方法。」(企画: ゴットを信じる会)のカタログ。

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2019/07/16(火)(artscape編集部)

鈴木敦子『Imitation Bijou』

発行所:DOOKS

発行日:2019/06

「TOKYO ART BOOK FAIR 2019」で目についた一冊。鈴木敦子は福井県在住の写真家だが、携帯電話のカメラで折に触れて撮影した写真を、写真集にまとめた。写っているのはごく身近で些細な経験であり、その意味では、ありがちな「日常スナップ」に見えなくもない。Instagramにアップされていてもおかしくない写真もたくさんある。だが、目に入ってくる事物を捉える眼差しの角度とタイミングに独特のバイアスがかかっていて、写真集のページをめくるうちに、その世界に誘い込まれていく。タイトルの『Imitation Bijou』というのは「模像宝石」という意味だそうだが、写真の内容にぴったりしている。安っぽいけれども切実な、どこか悲哀感を感じさせる輝きが、どの写真にも宿っているのだ。写真の選択と配列が的確ということだろう。

特筆すべきは相島大地によるデザインで、文庫本とほぼ同じ大きさの、小ぶりなサイズにしたのがうまくいった。小さな経験の集積に、小さい写真集が見合っている。通常版のほかに、アクリルのケースに入れた特装版(30部限定)もあるのだが、こちらはプリントが1枚つく。こういう丁寧な造りの写真集を見ていると、日本の写真家、出版社、印刷・製本業者が長年にわたって積み上げてきた写真集制作のクオリティの高さが、揺るぎないものになりつつあることがわかる。いま一番大きな問題は、せっかく完成したいい写真集を、どうやって読者に届けていくのかということだろう。写真集流通の回路作りが、より必要になってきている。

2019/07/15(月・祝)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス│2019年6月

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ART SINCE 1900:図鑑 1900年以後の芸術

著者:ハル フォスター、ロザリンド E. クラウス、イヴ-アラン ボワ、ベンジャミン H.D. ブークロー、デイヴィッド ジョーズリット
編集委員:尾崎信一郎、金井直、小西信之、近藤学
デザイン・組版:金子裕(東京書籍AD)、川端俊弘(WOOD HOUSE DESIGN)
編集協力:今野綾花、小池彩恵子、柴原瑛美
カバー印刷:図書印刷株式会社
発行:東京書籍
発行日:2019年5月20日
定価:12,000円(税別)
サイズ:A4変型、896ページ

世界最高峰の美術史家5名がアートの流れを時系列で詳説した〈アートの教科書〉待望の日本語版。
英語圏を中心に絶大な影響力を誇る「オクトーバー派」。その中心メンバーである、ハル・フォスター、ロザリンド・E・クラウス、イヴ‐アラン・ボワ、ベンジャミン・H・D・ブークロー、デイヴィッド・ジョーズリットが書き下ろした渾身の美術史。
世界各国で反響を呼んだ大著 “ART SINCE 1900” の全訳。


身体と言葉 舞台に立つために──山縣太一の「演劇」メソッド

著者:山縣太一、大谷能生
発行:新曜社
発行日:2019年5月15日
定価:1,500円(税別)
サイズ:四六判、240ページ

劇団「チェルフィッチュ」の名を海外・国内ともに不動にした立役者である看板俳優にして、独立後も演劇界にその名を轟かし続ける山縣太一の独自にして王道の演劇メソッド、満を持して刊行!身体と言葉に関する表現に関わる全ての人必読。


犬たち

著者:マルク・アリザール
翻訳:西山雄二、八木悠允
発行:法政大学出版局
発行日:2019年5月24日
定価:2,000円(税別)
サイズ:四六判、182ページ、上製

驚くべき頑固さと並外れた繊細さをあわせもち、先史時代よりわれわれの善き友人でありつづけてきた犬たち。ときに幸福な愚か者として描かれ、ときに盲目的な服従者の象徴とされるかれらはしかし、みずからの運命を心から楽しみ、喜びに身を寄せる思想家のように見える。エジプト・ギリシア神話、聖書の世界から現代思想・現代文学にいたる犬たちの物語を読みとき、かれらの幸福のありようを学ぶ哲学的断片。


情報環世界 身体とAIの間であそぶガイドブック

著者:渡邊淳司、伊藤亜紗、ドミニク・チェン、緒方壽人、塚田有那ほか
装画:ひらのりょう(FOGHORN)
本文イラスト:清水淳子(Tokyo Graphic Recorder)
アートディレクション・デザイン:佐藤亜沙美(サトウサンカイ)
印刷・製本:三永印刷株式会社
発行:NTT出版
発行日:2019年4月28日
定価:1,800円(税別)
サイズ:A5判、176ページ

現代の私たちは、テクノロジーで制御された情報に囲まれ、閉じた情報の世界を生きている。こうした状況を生物学者ユクスキュルの概念「環世界」になぞらえ、気鋭の研究者、クリエイターたちが研究会を開いた。本書はその研究会の成果。テクノロジー、人間科学、芸術表現に基づく、人間・社会の新しいビジョンを提示する。


イメージコレクター・杉浦非水展

編集:中尾優衣(東京国立近代美術館)、野見山桜(東京国立近代美術館)
編集協力:吉原佐也香
編集補助:髙橋佑香子、藤田知穂(東京国立近代美術館 工芸館インターン)、松田晶帆(東京国立近代美術館 工芸館インターン)
執筆:中尾優衣、野見山桜
翻訳:株式会社エクシム・インターナショナル、株式会社リベル、山本仁志
デザイン:髙田唯(Allright Graphics)、北條舞(Allright Graphics)、山田智美(Allright Graphics)、鈴木雅和
プリンティングディレクター:浦有輝(株式会社アイワード)
印刷:株式会社アイワード
発行:東京国立近代美術館
発行日:2019年2月9日
定価:2,200円(税別)
サイズ:B5判、208ページ

展覧会について
日本のグラフィックデザインの創成期に、重要な役割を果たした図案家の杉浦非水。当館ではご遺族から一括寄贈された非水のポスター、絵はがき、原画など700点以上を収蔵しています。本展では三越のためのポスターや、数多く手がけた表紙デザインの仕事、原画やスケッチなど、19年ぶりに当館の非水コレクションを一堂に展示します。
さらに今回は、非水が手元に残した海外の雑誌やスクラップブック、16mmフィルムなど、貴重な旧蔵資料も初公開します。図案の創作にいたるまでの「イメージの収集家」としての側面に焦点をあて、杉浦非水の活動を改めて紹介します。

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椅子の神様 宮本茂紀の仕事

鼎談出席・執筆者:佐藤卓、佐藤岳利、梅田正徳、座馬耕一郎、米谷ひろし、藤原敬介、藤江和子
企画:LIXILギャラリー企画委員会
編集:川口ミリ、梶山ひろみ
AD:祖父江慎
デザイン:藤井揺(cozfish)
校閲:立花真紀、立花あかね
印刷:凸版印刷株式会社
プリンティングディレクション:石井龍雄
発行:LIXIL出版
発行日:2019年6月15日
定価:1,800円(税抜)
サイズ:A4判変型・並製・80ページ

新しいことへの挑戦と実験/素材への探究心/過去、現在、未来をつなぐ、椅子づくり

カッシーナ、B&B、アルフレックス、梅田正徳、藤江和子、隈研吾、ザハ・ハディド...。彼らは、日本初の家具モデラー、宮本茂紀(1937-)がともに椅子づくりに携わってきたメーカーであり、デザイナーたち。一流の面々がこぞって宮本を頼るのはなぜか。2019年4月には、数年越しに完成した佐藤卓デザインによる椅子の開発に関わった。自然素材と伝統技術に拘った最高級のソファ「SPRING」。本書はその「SPRING」を皮切りに、デザイナーと試作開発に取り組んだいくつかの事例から職人としての宮本茂紀の仕事に迫る。ものづくりの現場に約65年。後半では、歴史から椅子の構造の変遷や技術を学び、素材や座り心地を追求し続け、さらに次世代へと継承する宮本の仕事も紹介する。写真家、尾鷲陽介の撮下しによる豊富な図版とともに、新たな角度から椅子の奥深さ、魅力に触れることのできる一冊。

トーキョーアーツアンドスペースアニュアル2018

編集:杉本勝彦、トーキョーアーツアンドスペース(伊藤まゆみ、市川亜木子、竹野如花、渡辺俊夫)
インタビュー:内田伸一
翻訳:ロバート・リード、株式会社アミット
インタビュー撮影:嶋本麻利沙(THYMON Inc.)
撮影:加藤健、佐藤基、髙橋健治、中川周、永田雅裕(スタジオさる)、盛孝大(スタジオさる)、トーキョーアーツアンドスペース
デザイン:漆原悠一、栗田茉奈(tento)
印刷:株式会社 シナノ パブリッシング プレス
発行:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 トーキョーアーツアンドスペース事業課
発行日:2019年5月29日
定価:非売品(ウェブサイトよりPDFダウンロード可能)
サイズ:A4判変型・並製・80ページ

トーキョーアーツアンドスペースの2018年度の活動をまとめた事業報告書。

U-35 展覧会 オペレーションブック 2019

執筆:秋吉浩気、伊藤維、杮木佑介+廣岡周平、佐藤研吾、高田一正+八木祐理子、津川恵理、百枝優
特別寄稿:小松浩(毎日新聞社、岩下博樹(オカムラ)、木村一義(シェルター)、上木宏平(積水ハウス)、菅原俊光(コクヨ)、立野純三(ユニオン)、西岡利明(SANEI)、和田明彦(丹青研究所)、平沼孝啓(平沼孝啓建築研究所)
発行:アートアンドアーキテクトフェスタ
アートディレクション・制作・編集:平沼佐知子(平沼孝啓建築研究所)
印刷・製本:グラフィック
発行日:2019年6月1日
定価:926円(税別)
サイズ:A5判、188ページ

大阪駅前・うめきたシップホールにて開催された「Under 35 Architects exhibition 2019 35歳以下の若手建築家による建築の展覧会2019」のオペレーションブック。審査員は建築史家である倉方俊輔氏。

空白より感得する

企画・編集:三原聡一郎
執筆:青山拓央、フェリックス・ヘス、斉田一樹、鈴木昭男、宮北裕美、大城真、四方幸子、三原聡一郎
翻訳:大城真、石居萌
撮影:後藤圭孝、三原聡一郎、石塚千晃、武本彩子、那木萌美、金子美和
デザイン: d.d.office
発行:公益財団法人西枝財団
発行日:2019年5月30日
定価:3,500円(国内送料、税込)
サイズ:A4判変形、64ページ

2018年10月13日〜11月11日に開催された、メディア・インスタレーションのパイオニア、フェリックス・ヘスと日本のサウンドアーティストによる展覧会カタログ。展示やパフォーマンスの記録写真、アーティストノート、批評等を収録。日英バイリンガル、200部限定。

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「芸術作品」について|中井康之:キュレーターズノート(2018年12月15日号)






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2019/06/17(月)(artscape編集部)

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マルク・アリザール『犬たち』

訳者:西山雄二、八木悠允

発行所:法政大学出版局

発売日:2019/05/20

本書の著者マルク・アリザール(1975-)は、これまでポンピドゥー・センターやパレ・ド・トーキョーをはじめとする文化施設で、おもに現代美術に関連する仕事に従事してきた異色の哲学者である。ここ数年は本格的に執筆活動に転じ、『ポップ神学』(2015)、『天上の情報科学』(2017)、『クリプトコミュニズム』(2019)といったユニークな著書を立て続けに発表している(いずれも未邦訳)。とくに本書『犬たち』(2018)は、150頁ほどの小著でありながら、その主題の近づきやすさもあってか、フランス本国で大きな話題を呼んだ。後述するようにけっして易しい内容ではないものの、原書の売り上げは、哲学書としては異例の1万部に達したという。

そんな本書は、人間にとって犬という存在がいかに重要なものであるかを論じる、哲学的動物論である。本書を構成する各章では、クリフォード・シマックのSF小説『都市』や、フランツ・カフカの未完の短編「ある犬の探求」、ジル・ドゥルーズやダナ・ハラウェイによる犬をめぐる哲学的考察、さらにはディズニーの『わんわん物語』やエルジェの『タンタンの冒険』のような子供向けの作品までもが、次々と呼び出される(ちなみに本書には狛犬や忠犬ハチ公も登場する)。そればかりではない。はじめに見たこの著者の経歴から予想されるように、古典絵画(デューラー、ヴェロネーゼ、ベラスケス……)から現代美術(ジャコメッティ、ヘルマン・ニッチュ、ピエール・ユイグ……)に至るまで、芸術作品における犬の表象がふんだんに参照されていることも、本書の大きな特徴である。

著者アリザールの基本的な考えを要約するなら、ほかならぬ「犬」こそがわれわれ人間を作り出したのだ、ということになる。とりわけ、犬の人間に対する信仰が、人間の神に対する信仰と相同的であり、「犬、人間、神のあいだで互いに模倣し敵対し合う三角関係」こそ、「私たちが犬たちと結ぶ愛と憎しみの近代的な関係」の起源である、という一節などは印象的だ。より平たくいえば「神に愛されたいと望むように、私たちは犬を愛し始めた」のであり、一神教とともに「私たちは犬をもうひとりの自分として扱い始め」、それによって「幸福な愚か者という犬の近代的な形象が現れたのだ」(39-40頁)。

前出のハラウェイに代表されるように、犬が人間とともに進化してきた動物である、ということはこれまでにもしばしば言われてきた。アリザールもまたそれに同意するのだが、彼はそこから一歩すすんで、犬が人間の「誕生」に果たした役割を次のように言い表わしている。曰く「人間はある他の動物から進化した動物ではありえず、二つの動物のあいだでつくり出された関係の産物」にほかならない。そうだとするなら、「まさに自分の主人を発明した・・・・・・・・・・ことこそが、犬がおこなった真に決定的なこと、つまり犬の謎なのだと言わなければならないのではないだろうか」(77頁)。

以上のような明快な立場とは裏腹に、本書の道程はけっしてなだらかではない。挙げられる事例の多さに比して、ごく圧縮された短い考察をテンポよく繰り出す本書の文体は、おそらくそれなりに読者を選ぶものであるように思われる(商業的な成功を収めた哲学書の常として、フランス語で書かれた本書のレビューのなかには、絶賛に混ざってそれなりの数の呪詛が見受けられる)。また、犬にまつわる挿話を世界の神話、宗教、文学から幅広く渉猟する本書の拡がりは、著者が犬の美徳として挙げる「頑固さ」と「繊細さ」を、読者に対してもただしく要求することになろう。その道行きを助けてくれるのが、本書のほぼ全頁に見える充実した訳註である。原著には図や註のたぐいはいっさい見当たらないが、その不便を補うべく、本書にはいたるところに適切な図版と側註が添えられている。それらを導きの糸として、著者が十分に掘り下げていない犬をめぐるさまざまなトポスを開拓するのも、本書の楽しみ方のひとつであるだろう。

2019/06/09(月)(星野太)

筒井宏樹編『スペース・プラン 鳥取の前衛芸術家集団1968-1977』

発行所:アートダイバー

発売日:2019/04/15

スペース・プランとは、谷口俊(1929-)、フナイタケヒコ(1942-)、山田健朗(1941-)らによって結成された鳥取の芸術家集団である。1968年の「脱出計画No.1 新しい芸術グループ結成のために」という檄文をもって活動を開始したこの集団は、68年から77年にかけて、県内で計13回の展覧会を実施した。そのなかには、当時アメリカで勃興して間もないミニマリズム的な様式が数多く見られる。のみならず、その発表の場に選ばれた鳥取砂丘や湖山池青島での野外展示も、当時としてはきわめて先進的な試みであったはずだ。にもかかわらず、ほぼ一貫して鳥取を舞台としたこの芸術家集団の活動は、これまで専門家のあいだでもほとんど知られていなかった。その彼らの活動に光を当て、長期にわたる調査を経て本書を世に送り出したのは、ひとえに編者である筒井宏樹(鳥取大学准教授)の功績である。

本書の元になったのは、昨年鳥取で開催された展覧会「スペース・プラン記録展──鳥取の前衛芸術家集団1968-1977」(2018年12月7日(金)〜19日(水)、ギャラリー鳥たちのいえ)である。この展覧会は、前述のように一般には(あるいは専門家のあいだでも)知られざる存在であったスペース・プランの活動を紹介した、世界でもはじめての展覧会だった。筆者は幸いにしてこの展覧会を実見することができたが、2週間弱の会期のうちに、遠方から足を運ぶことのできた来場者はごく一握りだったのではないか。そうした事情も勘案すれば、同展に出品された多くの記録が、こうして一冊の図録としてまとめられたことの意義はかぎりなく大きい。

しかしそもそも、今あらためてスペース・プランという半世紀前の芸術家集団に注目する意義とは何なのか。そう訝しむ読者には、まずは編者による序論「スペース・プランとその時代」(6-11頁)の一読をすすめたい。そこでは、この地方の芸術家集団がなぜ68年という早い時期にミニマリズムへと接近しえたのか、そして、いかなる経緯により69年の鳥取砂丘での展示が可能になったのかが客観的な裏づけとともに語られる。なかでも、美術家・福嶋敬恭(1940-)を媒介とした、京都の「北白川美術村」とのつながりは興味深い。美術コレクターのジョン・パワーズの導きで64年に渡米した福嶋は、同地で兆しつつあったミニマリズムの萌芽をその目に収めている。その福嶋の中学時代の美術教師であったのが前述の谷口俊であり、その実弟が、同じくスペース・プランのメンバーであった福嶋盛人(1941-)であったというわけだ。北白川で聞いた福嶋の話に大きな衝撃を受けた谷口は、68年に《BLUE MEDIA》というミニマリズム的な作品を発表する。スペース・プランはこれを機に結成され、以後10年におよぶ数々の野外展示が実現されていった。

以上のエピソードは、関係者の多くが存命であるがゆえに可能になった、戦後美術の一側面を示す貴重な証言であろう。これ以外にも本書は、ひとりの研究者がいなければ確実に埋もれていたであろう、数々の貴重な資料に満ちあふれている。地方の前衛芸術家集団の再評価、ということで言えば、今から数年前に行なわれた「THE PLAY since 1967 まだ見ぬ流れの彼方へ」(国立国際美術館、2016-2017)を連想させなくもない。その「THE PLAY」展と同じく本書のデザインを手がけた木村稔将は、スペース・プランにまつわる雑多な写真や文書を巧みに配することで、忘却からかろうじて救い出された過去の記録に新たな生を与えている。現代美術における「地域性」や「コレクティヴ」があらためて問いただされる昨今の状況に鑑みれば、本書の刊行はまことに時宜を得たものであると言えよう。

2019/06/01(土) (星野太)