artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命
会期:2017/04/07~2017/06/25
八王子市夢美術館[東京都]
デザイン史の本ではおなじみのアール・デコ期を代表する偉大なポスター画家として知られるカッサンドル(1901-1968)。故 松本瑠樹氏によるカッサンドル・ポスターのコレクションをまとまって見るのは、東京都庭園美術館での展覧会(1991/6/2~7/14)以来。展示は初期のポスター作品からファッション誌『ハーパース・バザー』の表紙、書体の仕事などが、ほぼ時系列で構成されている。
展示作品の中で最初期のポスター、パスタの広告《Garres》(1921)や電球の広告《La Lampe Hag ge》(1923)には後にカッサンドルの作品を特徴付ける要素がまだ十分に現れていない。その特徴とはすなわち、幾何学を用いた構成、スピード感やスケール感の表現、大文字のみによるタイポグラフィ。これらの要素の組み合わせはカッサンドルによる「グラフィズムの革命」であり、その弟子、模倣者たちによって時代の様式となった。こうした特徴を備えた家具店のためのポスター《Au B cheron》がデザインされたのは1923年。カッサンドルが22歳のときだった。縦150cm、横400cmのプロポーションに樵と切り倒される木、そして背後に放射線を左右対称に配したデザインのポスターがパリの街に貼り出された当時、ル・コルビュジエはこの作品は「まやかしのキュビズム」と批判している。カッサンドル自身、作品へのキュビズムの影響を語っているが、彼の様式のダイナミズムにはキュビズムよりも未来派との近似性を感じる。はたしてそれは「まやかしのキュビズム」だったのか。このポスターは1925年の現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アール・デコ博)でグランプリを受賞し、カッサンドルの評価を不動のものにした。代表作のひとつ《Nord Express》がデザインされたのは1927年。《Normandie》は1935年。彼のポスターの仕事は1920年代初めから1930年代半ばまでの15年ほど、20代前半から30代半ばまでのころに集中している。それは第一次世界大戦と第二次世界大戦のあいだ、後にアールデコの時代と呼ばれることになる時代のまっただ中だった。カッサンドルがポスターの仕事から離れ、絵画や舞台の仕事を手がけることになったきっかけには1935年の画家バルテュスとの出会いが指摘されるが、時代が求めたスタイルの変化も検討すべきだろう。広告はクライアントあってのものなのだから。
それではそのクライアントは誰だったのか。カッサンドルのポスターが広告したものはなんだったのか。例えばミュシャ(1860-1939)やロートレック(1864-1901)の代表的なポスターは舞台の広告だ。それに対してカッサンドルのポスターにはタバコ、酒、食品など商品に関するものが多い。そこには大量生産、大量消費という欧米における経済活動の変化と、広告されるべきモノの変容を見ることができる。なかでも1932年から始まった「DUBONNET」の一連の広告は、デザインによる企業と商品のブランディング、キャラクター化の例として興味深い。カッサンドルがこのワインの会社のために生み出したキャラクターは、複数のポスターのほか、灰皿や扇子、帽子などにまで展開されたのだ。また電信、鉄道、長距離航路、郵便など、通信・交通インフラの企業ポスターは同時代の技術革新と強く結びついており、やはりその前の時代のポスター画家の作品にはほとんど見られないものだ。
本展は埼玉県立近代美術館からの巡回展(2017/2/11~3/26)。久しぶりに見るこの素晴らしいコレクションが、関東の2館のみの展示で終わってしまったのはなんとももったいない。[新川徳彦]
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松本瑠樹コレクション「ユートピアを求めて──ポスターに見るロシア・アヴァンギャルドとソヴィエト・モダニズム」|SYNK(新川徳彦:artscapeレビュー
2017/06/15(木)(SYNK)
ヴァージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』─時代を超えて生き続けるメッセージ─
会期:2017/06/01~2017/08/09
ギャラリーA4[東京都]
ヴァージニア・リー・バートン(1909-1968)の『ちいさいおうち』は、子供のころに読んで印象に残っている絵本のひとつだ。いまでも手元にある。主人公は田舎の丘の上の小さな家。季節がめぐり、月日が経っても、小さい家はそのままだったが、周囲では次第に開発が進み、田舎の町が大都市へと変貌するなか、ひとり取り残されてしまう。20世紀初頭のアメリカにおける人々や街の変化を描きつつ、普遍的な物語に仕上げた傑作だと思う。バートンは自身の家を曳家で移動させた経験からこの物語を構想したそうだ。本展は代表作である『ちいさいおうち』を中心に、ヴァージニア・リー・バートンの生涯と作品を紹介する企画。展示は絵本作品の原画やスケッチ、ダミーブック、ハートンが中心となって立ち上げた芸術集団「フォリーコーブ・デザイナーズ」によるテキスタイル作品や、リノリウム版画とその原版、長男の彫刻家・アリスティデス・デメトリアスへのインタビュー映像などで構成されている。読書コーナーには英語版と日本語版両方の絵本が揃っている。そしていちばん奥の部屋には高さ2メートルほどの「ちいさいおうち」の模型(残念ながら中には入れない)。バートン作品の日本語版の翻訳者である石井桃子氏がバートンから贈られたテキスタイルで仕立てたジャケットとワンピースもある。L字型の展示パネルは開いた絵本を模した洒落たデザイン。会場内は撮影可。子供から大人まで楽しめる、入場無料とは思えないほど充実した展覧会だ。[新川徳彦]
2017/06/13(火)(SYNK)
オープン・スペース 2017 未来の再創造
会期:2017/05/27~2018/03/11
NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)[東京都]
今年もメデイア・アートの新作が揃うが、過去にもあったような試みのバージョンアップ的なプロジェクトよりも、その作品自体が科学や社会のトピックに絡み、なおかつ美しさをもつタイプが好みである。それゆえ、アメリカにおける女性と銃弾に関する意外な切り口を提示するオーラ・サッツの《銃弾と弾痕のあいだ》の映像とインスタレーションが印象に残った。
2017/06/09(日)(五十嵐太郎)
マネキンミュージアム
七彩アーカイブス 彩sai[大阪府]
洋装の登場とともに急速に需要が高まったマネキン。戦後、パイオニアであった島津マネキンは製造を中止し、代わって京都に設立されたのが七彩工芸(現 七彩)だった。同社の初代社長向井良吉は東京美術学校で彫刻を学んだ人物で、洋画家の向井潤吉の弟である。マネキンミュージアムでは、七彩が所蔵する日本最古のマネキン、また50年代から現在までの各時代のマネキンの変遷、写真家ベルナール・フォコンが収集したアンティーク子供マネキン、同時代の資料等を展示している。向井が最初期に制作したマネキン(素材:楮製紙)と、当時大ヒットとなった婦人マネキンFW-117の彫刻的フォルムの古典的な美しさから、その歴史は始まる。60年代には膝小僧を出してミニスカートを流行させた決めポーズをしたマネキン、70年代には百貨店からの希求によってより人間化したリアルなマネキンが製造された。80年代には、ヨーガン・レールとの共同開発で生まれた「空間をシンボリックに存在するモニュメント」として、日本人らしく顔が大きめでフラットな人体、自然なポーズをしたマネキンも現れた。同社と京都服飾文化研究財団およびメトロポリタン美術館衣装部門と共同で開発された博物館用モデル、時代衣装用のマネキンは現在、西欧10か国以上で使用されているそうだ。時代を追っていくと、素材の変化、目を開いたままの人間から型取りした(Flesh Cast Reproduction)技法の革新、女性の表象やイメージの変遷、数多くの時代を代表する美術家/デザイナー/洋装学校教育者たちの関与等、鑑賞の切り口がたくさんある。[竹内有子]
2017/06/07(水)(SYNK)
ヨコオ・ワールド・ツアー
会期:2017/04/15~2017/08/20
横尾忠則現代美術館[兵庫県]
横尾忠則がこれまでに経験した世界各地への「旅」が、デザイナー&アーティストとしての活動にいかなる影響を及ぼしたかについて探る展覧会。展示品は、作家によるジャンルを超えたさまざまな作品に加えて、個人的な旅行記録や収集品、世界の著名なミュージシャンと交流した私信までをも含む。旅を通じて彼のキャリアをたどる興味深い内容となっている。横尾は1964年、和田誠・篠山紀信らとともにヨーロッパ6か国へ初旅行をして以降、アメリカ、インドへの旅は、彼の制作とキャリアに大きく影響を与えてきた。とりわけ60-70年代の西洋でポップアート、若者文化を現地で体験したことは、作家にとっていかばかりの刺激だったろうか。67年には個展のために渡米し、ニューヨークに魅了されて4カ月滞在、アンディ・ウォーホルやジャスパー・ジョーンズらと会ったという。70年代には、ビートルズとの出会いを通じて、インドへの傾倒をみせる。おりしも作家は国際的な評価を受けていたこのころ、精神世界や自己の内面への探求に向かった。旅で得たイマジネーション──神々、UFO、楽園風景等の不合理なイメージ──は、時空を超えて画面上に自由自在に編集されて繰返し現出する。横尾の異世界へのまなざしと作品群を通して、同時代の空気感を肌で感じることができる展覧会。[竹内有子]
2017/06/03(土)(SYNK)