artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
驚異の超絶技巧!─明治工芸から現代アートへ─
会期:2017/09/16~2017/12/03
三井記念美術館[東京都]
2014年から翌年にかけて三井記念美術館ほかで開催された明治学院大学山下裕二教授の監修による明治工芸の展覧会「超絶技巧!明治工芸の粋」の第2弾。前回は清水三年坂美術館村田理如館長のコレクションを紹介する構成であったが、今回は村田コレクション以外の明治工芸を加え、さらには現代において「超絶的」ともいえる技巧によって制作している15名のアーティストたちの作品を明治工芸と対比させながら展示している。
「超絶技巧!明治工芸の粋」で話題を呼び、本展でも大きく取り上げられているのは安藤緑山の牙彫。胡瓜、柿、パイナップル、バナナ、葡萄等々、象牙を彫り上げたリアルな造形と彩色、構成の妙に息を呑む。三井記念美術館小林祐子主任学芸員によれば、前回展覧会時に国内において確認された緑山の作品が35件であったのに対し、その後の調査により国内外で82件の作品が確認されているとのことだ(もっとも緑山が制作を行ったのは明治末から昭和初め、作品の受容者が皇室や宮家、一部富裕層だったことを考え合わせると、殖産興業、外貨獲得を目的として海外に輸出された明治期前半の工芸とは時期や文脈が異なることに留意したい)。また前回展(村田コレクション)になかった明治工芸として宮川香山の高浮き彫り陶器が出品されている(真葛ミュージアム所蔵)。
そして「現代アート」である。何をもって「現代アート」とするのか。実は監修者山下祐二氏自身「熟慮した末に『現代アート』という用語を使ったのだが、これには私自身、少々抵抗があることを正直に告白しておこう」と書いている。今回出品している現代作家の多くは「いわゆる『現代アート』を志向しているわけではない」が、このサブタイトルによって現代アートファンの注目を集めることができれば、という趣旨なのだそうだ(本展図録、9頁)。「現代アート」でくくることができない一方で、これらの出品作家の多くはまた「伝統工芸」あるいは「現代工芸」でくくられる人々ではないという点がさらに興味深い。山下氏は「DNA」「遺伝子」という言葉を用いているが、これらの作家と明治工芸の担い手との間には、歴史的、人的、技術的連続性はほとんどない。実際、ここでは「伝統工芸」あるいは「現代工芸」につきものの権威とは無縁の作家が多くフィーチャーされている(出品作家の多くが若手であるということも、権威からの距離をもたらしているかもしれない)。ではそのような近代工芸史の文脈から離れた現代作家の作品と明治工芸とを並列することにどのような意義があるのか。本展覧会序文のテキストを読むと、山下氏は美術優位の下に忘れ去られた明治工芸の再評価と、これらの明治工芸と同様に技巧を極めようとしていながらも既存の権威と離れたフィールドで活動する現代作家にスポットライトを当てることを、この展覧会で同時に行なおうとしているようだ。それはとりもなおさず村田コレクションにおけるバイアスを現代作品に投影するということにほかならない。ただ技巧に優れた作家を取り上げるということではないのだ。出品作家と展示作品を見てその印象を強くした。[新川徳彦]
関連レビュー
超絶技巧!明治工芸の粋──村田コレクション一挙公開|SYNK(新川徳彦):artscapeレビュー
2017/09/15(金)(SYNK)
サーペンタイン・パヴィリオン2017
会期:2017/06/23~2017/11/19
サーペンタイン・ギャラリー[イギリス]
ロンドンの夏の風物詩、今年のサーペンタイン・パヴィリオンを手がけたのは、アフリカ出身でベルリンを拠点に活躍する建築家、フランシス・ケレ。筆者は2012年、ヘルツォーク&ド・ムーロンのパヴィリオンを見て以来、訪れるのは2回目。その限られた経験でいうと、最初はとてもコンパクトでシンプルな構造の建築に見えた。アフリカの布の幾何学的パターンを思わせるようなデザインで木造ブロックを組んだ外壁の色は、インディゴ・ブルー。ハイドパークという緑の木々に囲まれた立地では、非常に鮮やかな色彩だ。上に向かって張り出す木の天蓋は、雨や暑さをしのぐ働きをするのみならず、その機能は建物全体へと拡張している。出入口は多く(4つ)、オープン・エアで、漏斗状の屋根の中央では雨を集めて床に逃がしたうえに、公園敷地の注水に資する仕組み。シンプルな構造に見えながら、変化しやすいロンドンの天候に合わせた合理的な建築だ。建築家は、故郷の自然の「木」をインスピレーションにしたという。アフリカでは、大きな木の下で人々は語り合う。それはいわば日常生活に根差した必須の「場」である。その企図を知ってか知らずか、夏のロンドンの日差しのもと、人々は屋内のカフェでお茶を飲みながら語らい、屋外の芝生では子供たちが楽しそうに遊びまわっていた。[竹内有子]
2017/09/04(月)(SYNK)
Plywood: Material of the Modern World展
会期:2017/07/15~2017/11/12
ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館[イギリス]
成型合板の椅子は、戦後家具の代表的存在といっていい。軽くて丈夫で廉価、そして曲面の美しい造形を可能にした。本展は、「合板」という素材がいかに現代の生活に貢献してきたかについて、デザイン文化に係る多様な資料をもって検討している。そもそも各種資材としての合板が普及したのは19世紀。第二次世界大戦下の米国では軍需産業でも使われた。本展では、19世紀のシンガーミシンのカヴァーに使われた合板、チャールズ・イームズが傷ついた兵士のためにデザインした合板の添木、マルセル・ブロイヤーやアルヴァ・アールトらモダン・デザインの旗手たちによる流麗な形の椅子、車などの乗り物、図面などが展示されている。木の切削、成型、コンピュータ数値制御システムによるカット作業(CNC Cutting)という、加工プロセスに準じた章立てで展示品を構成しており、近代から21世紀までの製造技術にフォーカスしている。デジタル時代における合板の意味に配慮しながら、ものの「素材性」を際立たせた展覧会。[竹内有子]
2017/09/03(日)(SYNK)
マンチェスター市立美術館
Manchester Art Gallery[イギリス]
産業革命の中心地となった、工業都市のマンチェスター。マンチェスター市立美術館は、シティセンターに偏在する歴史的建築群のなかでも、その威容を誇っている。3棟が連結された建築の主要部は、1823年にチャールズ・バリー卿によって建設されたもの。また同美術館は、とくにラファエル前派のコレクションで知られる。ラファエル前派のメンバーたちと交友関係にあったフォード・マドックス・ブラウンの絵画作品《労働》(1852-1865年)は、その白眉ともいえよう。地方都市に、なぜ19世紀当時の前衛アートが収集されたのか興味深いところであろう。実は同時代美術のパトロンには、中産階級の工場主や製造業者、産業資本家たちが多かった。彼らは、マンチェスターの綿織物に必要なデザインと色彩の美的感覚と趣味を向上させるために、芸術振興にも熱心だったのだ。館内には、ヴィクトリア時代の装飾芸術コレクションもたくさんある。モリス商会やアーツ&クラフツの室内装飾品、唯美主義運動の家具など。筆者が訪れた折には、「南アジアのデザイン」と題された企画展が開催されていた。インド、スリランカやパキスタンの伝統的な工芸品と現代の工業製品が展示され、やはりここでも19世紀に収集されたインドの手仕事による高品質なテキスタイルが際立っていた。[竹内有子]
2017/09/02(土)(SYNK)
Inspired By India展
会期:2017/06/17~2017/09/08
The Silk Museum[イギリス]
会期:2017/6/17~9/8
会場:The Silk Museum
地域:イギリス
執筆者:SYNK
マックルズフィールドは、マンチェスターから南へ電車で30分程行ったところにある。産業革命の渦中の18世紀半ばから20世紀後半まで、絹織物産業の重要な産地だった。「絹博物館」の展示と、隣接する旧工場「パラダイス・ミル」のツアーを通じて、絹織物の製造過程から完成された製品までを見ることができる。工場には木製のジャガード手織機が26台今なお保存されており、機械を動かしながら、当時のデザイナーと職人の仕事がどのようなものであったかについて説明してくれる。絹博物館の建築は、1879年に建造された美術学校に由来する。いかにもヴィクトリア時代らしい赤レンガの建物の1階は、絹織物の製造技術と美術学校の教育資料や絹製品に関わる常設展示、2階が企画展の会場。このマックルズフィールドは実のところ、アーツ&クラフツ運動で知られるデザイナー/ウィリアム・モリス、また彼のテキスタイル制作に協力した染色業者/トーマス・ウォードルとゆかりが深い土地。今回の企画展では、インドが19世紀英国の絹織物に与えた影響をテーマに、ウォードルとモリスに関する資料、美術学校の生徒の作品、インドのパターン・ブックなどを展示していた。実際、当時のデザイン関係者たちはインドの高品質なテキスタイルを称賛し、お手本にしていたのだ。歴史的建造物のなかで地場産業が盛んだったころの息吹を感じつつ、絹織物産業の貴重な資料と歴史を知る事ができるミュージアム。[竹内有子]
2017/09/01(金)(SYNK)